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王太子 ー回想ー

 ロレンツオたちは、王太子妃のティーティアの部屋に向かっていた。

 従者からあの時から臥せているとは聞いていたがそんなことになっているとはロレンツオは知らなかった。いや、知ろうとしなかった。従者が何か言いたそうにしていたのは気がついていたが言わせなかった。頬を腫らしても執務室でする仕事くらい出来るだろうと思っていたが、叩いてしまった腹いせだろうと思って聞く気もなかった。

 あの時はあっという間に着いた王太子妃の部屋だが、今日はやけに遠く離れているようにロレンツオは感じていた。



 ロレンツオとティーティアはお互いが生まれる前から婚約者となることが決まっていた。それは、ロレンツオたちが住むクランシルト国とラハメムト国の盟約によって定められていた。


 長年争ってきたクランシルト国とラハメムト国は脅威となっていたセンスタ帝国に対抗するため同盟を結ぶこととなった。同盟の証として、クランシルト国の王女がラハメムト国の王太子に嫁ぎ、ラハメムト国の王女がクランシルト国の王太子に嫁ぐ。どちらの国も次代の王は二国の血を引く者となるはずだった。しかし、クランシルト国の王太子には皇国の皇女が正妃になることが既に決まっていた。弟王子たちもこの同盟を成功させるための駒としての婚姻が決まっており、婚約者がいない王族は後のマルシナ公爵となる現王の叔父スイリルだけだった。


 スイリルはロレンツオの曾祖父、先々王ムータムの末息子だった。譲位してから出来た子でロレンツオの父である現王ラムスよりも二歳年下であった。年老いてから出来た子供であったためかとても甘やかされて育てられた。


 当時スイリルは城で下女として働いていた没落寸前の男爵令嬢ノチナタと恋仲であった。ノチナタは身分だけではなく作法や教養全てにおいて王族に嫁ぐには相応しくないとされ、その恋は周囲から反対されていた。だが、スイリルは頑なにノチナタを妻とすることを望んでいた。


 ロレンツオの祖父に当たる先王ハムラカはラハメムト国との政略結婚を受け入れ条件を満たしたのなら、ノチナタをスイリルの側室にすることを認めた。条件とはラハメムト国の王女クインとの間に女児を、次代の王太子の婚約者を作ることであった。

 スイリルがラハメムト国の王女クインを娶り、王太子が皇国の皇女ニコラを娶った。二年後、王太子のところにロレンツオが生まれ、二ヶ月後にスイリルに娘ティーティアが生れた。二人の婚約は直ぐに結ばれた。


 スイリルは義務は果たしたと直ぐ様別邸に住まわせていたノチナタを側室とし、本邸には近付かなくなった。一年も待たずにノチナタはティーティアの異母妹となるサリアーチアを産んだ。

 ティーティアの母親は彼女が五歳の時に流行り病で亡くなり、彼女は広い本邸に一人住んでいた。


 センスタ帝国はその後様々な国に戦を挑み領土を広げていったが、近年ガルシア国に大敗したことにより一気に勢力を落としてしまった。ガルシア国とクランシルト国は友好関係にあり、センスタ帝国の脅威はなくなっている。だから、ロレンツオはティーティアの婚姻に拘る必要などないと感じていた。それにティーティアが幼い頃から異母妹サリアーチアを苛めており、学園ではカサリンを虐げ、自分の妃、未来の国母に相応しくないと思うようになっていた。


 それを父である王や母の王妃に何度訴えても聞き入れてもらえなかった。

 だから、ロレンツオは強行手段に出た。学園の卒業パーティーでティーティアの罪を暴露し婚約破棄を宣言した。だが、それは直ぐ父である王と貴族たちにより撤回された。勝手に盟約を破ろうとするクランシルト国にラハメムト国が黙っていなかったのだ。


 有無を言わさず予定より早くロレンツオとティーティアは婚姻させられ、早々に後継者を作るように言われた。今までのことでラハメムト国が挙兵の準備をしていると聞かされたらロレンツオも渋々従わざるをえなかった。



 ティーティアと無理矢理婚姻させられたロレンツオはマルシナ公爵スイリルを恨んでいた。マルシナ公爵がティーティアの母親を蔑ろにしていなければ婚約を破棄できたかもしれない、と。

 ロレンツオは自嘲の笑みを浮かべた。マルシナ公爵と同じことを自分がしていたのに気がついたからだ。政略で嫁いできた王太子妃ティーティアを蔑ろにし、側室候補のカサリンを大事にしていた。結局同じ種類の人間だったということだ。


「マルシナ公爵家を調べたものがあるなら借りてきてくれ」


 後を付いてきている従者の一人に声をかける。公爵家でティーティアが本当にサリアーチアを苛めていたのか知らなければならない。


「ロン!」


 バーランが抗議の声をあげるが無視する。


「バーラン、僕たちは知らなければなりません」


 力のない声でユーリンが諭すように言った。


「ティーティア妃殿下は本邸、サリアーチア嬢は別邸にお住まいでした。本邸と別邸は垣根で隔てられており、ティーティア妃殿下は垣根を越えることは許されていませんでした」


 ポツリポツリとユーリンが話す。


「それって、サリアーチア嬢がティーティア妃殿下のとこに行かなきゃ苛められなかった、てことじゃん」


 ケラスオの言葉にロレンツオは頷いた。冷静に見ればおかしいと分かる。


「サリが、サリアーチアがティーティアに呼び出されて!」

「行かなければいいのです。マルシナ公爵はサリアーチア嬢の味方なのだから。それにアルシア、いえ、アルシア殿下はティーティア妃殿下が呼び出したことはないと言っていました」


 バーランの言葉はユーリンに一蹴されてしまう。


「あの時、確かに泣いていたんだ。ティーティアに意地悪されたって…」


 バーランが呟く。その現場にロレンツオたちも居合わせたから知っている。


 それは、彼らがまだ少年と呼ばれる七歳の頃のことだった。マルシナ公爵家の庭の奥で隠れるようにサリアーチアが泣いていた。最初に泣き声に気がついたのはバーランだった。茂みに隠れて可愛い女の子が大きな目を真っ赤にして泣いていた。

 彼らが何故泣いていたのか聞くと最初は口を噤んでいたが、ポツリポツリと姉ティーティアに異母妹だからと苛められていると話すようになった。ロレンツオたちは少年らしい正義感で直ぐにティーティアを責め立てた。ティーティアが知らないと泣き出しても無理矢理サリアーチアの元に連れていき謝らせた。けれど、公爵家に行く度にサリアーチアは泣いていた。ロレンツオたちがティーティアに注意すればするほど酷いことを言われる、されるようになったと。そこにサリアーチアの侍女やサリアーチアの母親のノチナタ、大人の証言も加わるようになった。正義感の塊だった少年たちは可愛い女の子を守る騎士になるべく団結していった。ティーティアは可愛い妹を苛める悪となっていった。

 視野の狭い少年の正義感で今までティーティアを悪としてみていた。成長して視野が広くなると幾つもの矛盾が見えていたのに気づかなかった。いや、幼い正義感に酔ったままで見えてないふりをしていた。


 ロレンツオたちは固く閉ざされた扉の前にやっと辿り着いた。四日前は制止の声を振り切り無理矢理押し入った。

 ゴクリ。

 ロレンツオは唾を飲み込み扉が開かれるのを待った。

お読みいただきありがとうございます


皇国>クランシルト国=ラハメムト国<センスタ帝国の力関係です


誤字脱字報告ありがとうございます

訂正後ありがとうございます

ティーティアの母親の死因を『事故』から『流行り病』に直していただきました

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