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王太子 ー婚約解消ー

「ロン、もし、もし真偽の水晶がティーティア妃殿下がカサリン嬢を虐げていないといっていたら…、どうします?」


 その言葉に最初に反応したのはケラスオだった。


「はぁ? それは可笑しいだろ。カサリン嬢は嘘を言ってないのだから」


 何言ってるんだ。とケラスオはポンとユーリンの肩を叩いた。


「そう、真偽の水晶はカサリン嬢は嘘を言っていないと出ました。ティーティア妃殿下には真偽の水晶を使いませんでした。もし、使っていて虐げていないと出ていたら?」


 ケラスオとバーランは顔を見合わせた。

 あり得ない。そう思うがもしそうだとしたら…?


「もしそうだとしたら、ティーティア妃殿下が傲慢だからそう信じこんでいただけさ」

「そうそう、自分が悪いことなどしていないと思い込んでいたら真偽の水晶も赤くならないかもね」


 ケラスオの言葉にバーランが続いた。ロレンツオはその言葉にある可能性に気付き息を飲んだ。


「カサリンが私の婚約者であるティーティアに、当然虐められているものだと信じ込んでいたら?」


 だとしたら、私が、私たちがしたことは…。

 ロレンツオは頭を振った。それはあり得ない。


「い、いくら、嫌っている相手だからって、注意と悪意の違いくらいは分かるだろ」

「そうそう、小さい子じゃないんだからさー」


 ケラスオとバーランは考えすぎと笑おうとするが、その場の雰囲気でうまく笑うことが出来ない。


「あのお方ならあり得ることでしょうな」


 テラオスがフムフムと頷いた。


「はあ? あり得るわけない」


 ケラスオが声を荒たげるがテラオスは逆に不思議そうに問い掛けた。


「シィスツサ殿下が仰っていたではないですか?」


『嫌なことをさせるのは嫌がらせ』


「カサリン様にとって、妃殿下の注意や助言の内容は『嫌なこと』で『したくないこと』でもあったのでしょう。それを気に入らない相手、妃殿下から言われたのなら酷い嫌がらせと思われてもおかしくはありませんな」


 そう言ってフムフムと納得しているテラオスにケラスオは口を開けては閉じて言うべき答えを探している。違うと言いたいのにうまく言葉が纏まらない。


「だ、だが、水晶は少しも赤くならなかったんだぞ」


 バーランが叫ぶように言うが、テラオスにさらりとご自身が仰ったではないですか。と返されてしまう。


「そう思い込んでいたら真偽の水晶も赤くならない、と。たぶん、四日前のことも真偽の水晶を使っても虚偽の証言をしたとは出ないでしょう」


 ロレンツオたちは何も言えなかった。あの時のカサリンは嘘を吐いているようにはとても見えなかった。真偽の水晶を使っても赤く染まらなかっただろう。だが、四日前のことは…。


 アルシアが従者から新たに紙を受け取り、机の上に置いた。


「四日前のことを調べた結果です。あの場にいたティーお姉様とカサリン様以外の、シィスツサ、テラオス様、ネルイン様、侍女たち、ティーお姉様とシィスツサに付いている影たちの証言をまとめてあります」


 アルシアはもう一枚紙を机の上に置いた。


「こちらは、お兄様たちがお調べにならなかった()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」


 ロレンツオは後から置かれた紙を奪うように取ると書かれた文字に目を走らせた。


「(証言する者が)誰もいなかったとされる時間のことだけ抜き出してありますわ」

「ば、ばかな…」


 紙を持つ手に力が入りくしゃりと紙が歪む。


「ロ、ロン、やはり…」


 力ない手で差し出された紙をユーリンは受け取り見た瞬間固まった。ユーリンの後ろからケラスオとバーランも覗きこみ息を飲んだ。


「……」

「…、まさか」

「…、そんな」


 ロレンツオは顔を覆おうとして目の前に持ってきた右手を止めた。この手でティーティアに何をした?


「ミッタム伯爵令息ユーリン様」


 アルシアが正式名でユーリンを呼んだ。

 ユーリンはゴクリと喉を鳴らしてアルシアを見た。はらりと手から紙が落ちる。


「あなたとの婚約を解消します」

「アルシア!」


 ロレンツオは何を言い出すのだと咎めるように名を呼んだ。

 ユーリンは力なく項垂れ、ケラスオとバーランは突然の宣言に唖然としている。


「お兄様、陛下とミッタム伯爵の了承を得ています」

「アルシア、何故だ?」


 ロレンツオが問い掛ける。ユーリンとアルシアの仲は良かった。こんなことでその仲が壊れては…。


「お兄様、王族の、お兄様の言葉がどれだけ重く周りに影響するかお分かりですよね。だから、私たち王族は発言に気を付けなければなりません」


 ロレンツオは頷いた。ロレンツオの言葉一つで人の人生を大きく狂わせてしまう。


「バーラン様、ケラスオ様、ユーリン様、あなた方はお兄様が間違えてはならないから間違えることがないように補佐をされるために側にいらっしゃいます。それが為されなかった」


 ケラスオとバーランも視線を宙に彷徨わせた。


「アルシア、これは私の罪だ。ユーリンは…」

「お兄様、ティーお姉様がほとんどの貴族たちの間でなんと思われているかご存知ですか? 王太子妃として敬われてないことも」


 ロレンツオはグッと言葉を飲み込んだ。貴族たちが表面上だけティーティアを王太子妃と認めていることは知っている。そうなるようにしたのは己だということも。


「だが、それはお前とユーリンの婚約には…」


 ロレンツオの言葉にアルシアは首を横に振った。


「お兄様、カサリン様とお兄様たちが話されていたことを私が知らないとでも?」


 その言葉に反応したのはユーリンだった。


「アルシア、あの会話を聞いて…」


 アルシアはユーリンを見ると悲しそうに笑った。


「私は学園でお兄様の側にいるカサリン様を見て、カサリン様にお会いしお話しして、あの方とは相容れないと感じました。それをお兄様にもユーリン様にもお話ししました」


 ロレンツオはアルシアが何を聞いたのかに思い当たった。それが思い過ごしだとアルシアの勘違いだと言うことが出来なかった。


「お兄様たちはカサリン様のお言葉を信じていらっしゃいます。私がカサリン様を厭うのはティーお姉様のせいだと、ティーお姉様がカサリン様を悪し様に言い、私にそう思わせている、洗脳していると」

「それは言葉の綾で…、アルシアとティーティアが仲がいいから悪口を聞かされていると思って」


 バーランの言葉にアルシアはゆっくりと頭を振った。


「その言葉にお兄様たちは納得されていました。

 婚約者の私の言葉よりもカサリン様(ほかのじょせい)の言葉に信を置く者を信頼し添い遂げることができましょうか?」


 アルシアの言葉はそのままロレンツオに突き刺さった。婚約者であったティーティアの言葉を全く信じ(きか)なかったロレンツオ。国のためだからと仕方なく婚姻したがロレンツオは不本意であることを隠しもずティーティアを冷遇している。そんなロレンツオを夫にせざるをえなかったティーティアの心情など考えたことなどなかった。


「ティーお姉様はカサリン様を悪く言われたことはないよ」


 シィスツサが口を開く。

 ロレンツオはその言葉に何も言えない。カサリンはティーティアがアルシアたちにカサリンを悪く言っていると泣いていた。それを信じていたが、それは本当に真実だったのか揺らぎ出している。


「ぼくがカサリン様のことを聞いたら、会って話して僕が決めることだっておっしゃっていたし。カサリン様は聞いてもいないのにティーお姉様を悪く言ってくるけど」


 嫌そうな顔でシィスツサは言うが、アルシアにそのカサリンの所に逃げていたのは誰? と叱られている。


「婚約の件は後だ。まずはティーティアに話をしに行く」


 ロレンツオは兎に角ティーティアから話を聞かなければと思った。四日前のこと、学園のこと、聞く気などなかったティーティアの話を最初から聞いてみなければならない。


「お兄様?」


 アルシアが凄く驚いた顔をしていた。


「ティーお姉様が今どんな状態かお分かりになっていて?」

「私が叩いてしまったから臥せているのだろう。話くらいは出来るはずだ」


 ロレンツオと会いたくないかもしれないが話し合わなければならない。


「…、お兄様は本当にティーお姉様を厭うていらっしゃったのですね」


 視線を落としたアルシアの言葉にロレンツオは眉を寄せる。何が言いたいと。

 ゆっくりとアルシアが口を開いた。


「お姉様はあの日倒れられてからお目覚めになられていません」

お読みいただきありがとうございます


誤字脱字報告ありがとうございます

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