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王太子 ー真偽の水晶ー

 教えを乞うていた頃より年を取ったテラオスにロレンツオは頷いた。このテラオスがこんなことで嘘をつかないことは分かっている。


「シィスツサ殿下の仰ったことは全て真実でございます。あの日、妃殿下に私がお頼みいたしました」


 ロレンツオは茫然とその言葉を聞くしか出来なかった。それが真実だとしても信じられない、いや、信じたくない。


「私とそこにいるネルインがその場におりました。カサリン様がどう王太子殿下にお伝えしたかは存じませんが、妃殿下はカサリン様に側妃教育を邪魔した非礼も詫びていらっしゃいました」


 ロレンツオはあの時のことを思い出そうとした。

 今日のアルシアのように突然執務室に飛び込んできたカサリン。青白い顔をして身体を震わせて辛そうに傷ついた目に涙をいっぱいにして…、ティーティアに貶められたと泣きついてきた。自分だけではなく一緒にいたシィスツサにもきつい言葉を投げつけていた、と。


「…、勉強を頑張っているのに全くしていないように言われた、と…」


 ポツリと呟いてしまった言葉に何故かしまったと思い蓋をするように口に手をやってしまう。


「そ、そのときはカサリン様にガンダル共国のお茶の作法を覚えていただくはずでした。カサリン様が愛用の取っ手のついたカップを使われていたので妃殿下がご注意なされただけです」


 少しオドオドした女性がその時の話を口にする。カサリンにお茶の作法を教えている講師ネルインだ。

 側妃であっても他国の王族や特使をもてなすことがあり、各国の作法も覚える必要があった。隣国ガンダル共国は取っ手のない大きな茶器を使う独特の作法がある国であった。


「妃殿下は、ガンダル共国の慣れない茶器は大きくて重たいので使って慣れたほうがよいと仰られておりましたな。注意というより助言ですな」


 テラオスがやんわりとネルインの言葉を訂正する。注意と助言では大きく意味が変わってくる。注意は咎める意味も含むが、助言は字の通り助けになろうという思いがある。

 それが本当ならロレンツオがしたことは…。


「シィスツサ…」


 ロレンツオは腕の中にいる弟を見た。ティーティアの部屋に向かう時、廊下にいたシィスツサに聞いたのだ。本当にティーティアに酷いことを言われたのか、と。シィスツサは確かに頷いた。怯えた顔をしていたのは、慕っていたティーティアに傷つけられたからだと思っていた。


「兄上が凄く怒っていたから…。ぼく、兄上に怒られたくなくて…。ティーおねえさまに叱られたのは本当だったし」


 俯いて答える小さな身体は震えている。あの時確かにロレンツオは凄く怒っていた。周りにいた者が怯えるほど。


「キツイ言い方したんじゃないの」

「妃殿下は幼子に言い聞かすように優しく仰られていましたよ」


 ケラスオが吐き捨てるように言ったが、すぐにテラオスに覆されている。


「それは人がいたからじゃない? 学園でもそうだったじゃん」


 バーランの言葉にアルシアは振り向いて従者に頷いた。従者はアルシアに数枚の紙を差し出す。


「その学園のことだけど」


 アルシアはバンと机に叩きつけるようにその紙を置いた。


「調べなおしてみたの」

「アルシア、僕を疑って?」


 ユーリンが心外だと声を震わせていた。学園で起こったことを調べたのはユーリンだ。


「真偽の水晶を使ったわ」

「アルシア!」


 真偽の水晶は嘘の証言をすると赤く光る神具の一つだ。それを使ったということはユーリンが調べた証言が信じられなかったということだ。


「ユーリン様、心配ならさずともあなた様が集められた証言通りでしたわ」


 ユーリンはホッと息を吐いた。けれど、アルシアがユーリンを疑ったという事実は消えない。婚約者(アルシア)の行動に怒りを感じる。


「カサリン様が正しいと証言している者たちは実際にその場に居合わせておらず、偶然その場に居合わせた者たちはティーティア様の言葉は正論だった、と」

「人が居た時はそうしていただけさ。カサリン嬢と二人っきりの時しか本性を出さなかっただけで」


 ケラスオは汚い奴だとティーティアを罵っている。


「ケラスオ様、それを()()()()()()()()()? 証人となる者が誰もいませんのに」

「カサリン嬢がそうだったと証言して」

「バーラン様、ティーお姉様はその様なこと成さっていないと仰っていたのでしょう?」


 そうだった。ティーティアとカサリンの証言は正反対だった。だから、ロレンツオも真偽の水晶で確認した。


「アルシア、カサリンの言葉は真偽の水晶で嘘ではないと証明された」

「お兄様、ティーお姉様にも真偽の水晶を使われたの?」


 ロレンツオはフッと笑った。片方が真実を言っているのにもう片方を調べる必要などない。真偽の水晶は嘘を見抜くのだから。


「それにな、ティーティアはサリを、サリアーチアを異母妹だからと虐めていたのだ!」


 バーランの思い人であるマルシナ公爵令嬢であるサリアーチアから、幼い頃から姉のティーティアから虐げられていると聞かされていたからだ。


「バーラン様、それもサリアーチア様が仰っているだけですわ。それに私、学園でのサリアーチア様しか存じませんが虐められて大人しくされているような方ではありませんわ」


 アルシアは呆れたように息を吐いた。


「十日前のお茶会。お兄様はサリアーチア様の髪留めを見て何も感じませんでしたの?」


 ロレンツオの腕の中でシィスツサの身体がビクンと跳ねた。それを訝しげに思いながら、どんな髪留めをしていたのか思い出そうとした。内輪だけのお茶会でカサリンを参加させたため、ティーティアはいなかった。


「あれはサリアーチアが職人に特注で作らせたと」


 バーランがそれがどうしたとアルシアを睨み付けていた。


「私とシィスツサが去年のお誕生日に贈った物にそっくりで。ティーお姉様にどうされたのかお聞きしたら真っ青になられて…、部屋に戻られてしまいましたわ」


 バーランの目が大きく見開かれた。


「ま、まさか…、二人が贈った物だと?」

「二人でティーお姉様のためにデザインしてお兄様にもお見せしたはずでしたのに。同じ物があるとは思えません」


 そ、そんなはずは…。バーランは違うはずだと首を横に振っている。ロレンツオはサリアーチアと会うとき、ティーティアの表情が一瞬曇ることに気が付いていた。マルシナ公爵に可愛がられている妹に嫉妬しているからだと思っていたが…。


「それに父親のマルシナ公爵に可愛がられているサリアーチア様をティーお姉様が虐げることが出来ると本当にお思いなのです? あきらかに差別されていますのに」


 マルシナ公爵が政略結婚で出来たティーティアよりも側室の子サリアーチアを可愛がっていることは周知の事実であった。そのことについて国王が叔父であるマルシナ公爵に苦言を言っていることも。


「でも、サリが、サリアーチアが…」

「それこそ真偽の水晶で確認されたら? ティーお姉様は真偽の水晶で()()()()()()()()()()()と証明されましたわよ。本邸に呼び出したことは一度もない、と」


 狼狽えるバーランにアルシアは侮蔑の視線を投げ掛けてはっきりとそう告げた。


「アルシア、カサリン嬢のことも真偽の水晶で…」


 ユーリンはある可能性に気がついた。まさかそんなとは思うがアルシアの毅然とした態度がそうだったと答えている。


「そ、そんなことが…」

「ユーリン、どうした?」


 ロレンツオは顔色悪いユーリンを訝しく思い声をかけた。


「ロン、もし、もし真偽の水晶がティーティア妃殿下がカサリン嬢を虐げていないと言っていたら…」


 どうします? 最後は囁くような声でユーリンは問い返した。

お読みいただきありがとうございます


誤字脱字報告ありがとうございます

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