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王太子 ー身代りー

「ち、ち、うえ?」


 ロレンツオは顔を上げ国王ラムスを呆然と見つめた。耳にした言葉が信じられなかった。


「さっき、仕向けた、と…」


 国王ラムスは新しく注がれたお茶に口を付けながら片眉を上げた。


「ああ、言った。お前にも影がついている。あんな茶番劇、普通なら始めさせもしない」


 ロレンツオは怒りで頭の中が真っ白になる。あの時、ティーティアを断罪した卒業パーティーがなかったら今と違う状態になっていたかもしれないのに。


「不服そうだな。あれを止めていたら、バーランがティーティアの横に立っていた。屑と同じように盟約を軽んじる者は。ともっともらしく理由をつけよってな。バーランがその屑の娘に懸想しているのはお前を罰したら覚めるからと」


 優雅に茶器をテーブルに戻しながら、国王ラムスは重い息を吐いた。


「そ奴らを黙らせるのは簡単だったが、今後も口を出させぬようお前たちにラハメムトを動かすほどのバカをやらせることにした。バーランも同罪とするほどの、な」


 ロレンツオは踊らされていたことに奥歯を噛み締めることしか出来なかった。ラハメムトの軍が素早く動いたのも話がいっていたからかもしれない。


「にしてもお前たちがこれほど節穴だとは思わなかった。影の報告を使うなとしたがあれほど見事に踊ってくれるとは」


 わざと大きく吐かれた息にロレンツオは身を小さくするしかない。

 誰からも違うと言われなかった。だから、調べた結果が正しいと思った。ティーティアがカサリンと二人きりの時だけ態度を豹変させて虐げていたのだと。その直後の様子を見た者たちの証言はどれも微妙だったのに、それを無視した。ただカサリンの言葉(しんじたいもの)を信じただけだった。


「まあ、あの小娘は異常過ぎる。それも今の今まで気付けなかったとは」

「ティーティアにも真偽の水晶を使っていれば………」


 ティーティアとカサリン、二人とも嘘を吐いていないと分かれば、ロレンツオたちも調べ直し断罪など行わなかったかもしれない。

 国王ラムスはそれは有り得ないと言いたげに首を左右に振る。


「ティーティアに真偽の水晶を使っていたら、あの小娘が異常だと気付くことなく、それこそお前たちは鬼の首を取ったようにティーティアを責めただろう」


 ロレンツオは意味が分からず国王ラムスを凝視した。真偽の水晶は嘘を吐いていたら赤くなるだけではなかったのか?


「やっていなくても″もしかしたら″という思いがあれば、僅かに赤くなるのだ、あれは。だが、あの小娘はそれさえもなかった」


 分からないか? と聞かれロレンツオは息を呑む。明らかにカサリンの方が悪く注意と思われることでも彼女が手を置いた水晶に微かな色が付くことはなかった。カサリンがティーティアにされることを全て悪意、自分を虐める行為と思い込んでいる証拠だったのに。


「ティーティアは自分の言い方や態度があの小娘に虐められたと、そう感じさせたのかもしれないとほんのり赤くなった。あのような質問にはそれが普通で正常だ」


 あの時、ティーティアに真偽の水晶を使っていたら……。きっと僅かでも色が変われば責め立てただろう。カサリンでは全く色付かなかったから余計に。

 ロレンツオたちはカサリンが嘘を吐いていないことが証明されたことを喜んだが、水晶を管理している者たちの反応がおかしかったことに今更ながら気が付いた。彼らはとても複雑な表情をしていた。その理由を聞いたとして、ロレンツオたちが聞き入れたかどうか……、恐らく盟約のためにティーティアを庇っていると思っただろう。


「あの小娘、今もティーティアに嵌められたと騒いでいるぞ」


 その言葉に何も言えない。ロレンツオはあれからカサリンに一度だけ会いに行った。側妃に出来ないことを告げるために。カサリンは聞き入れなかった。ティーティアの陰謀だと真偽の水晶で無実を証明すると言うだけで、カサリンが側妃教育を怠けた結果だと指摘してもそれさえも陥れられたことと言っていた。


「カサリンは…、彼女はどうなるのですか?」

「あれは、屑どもと同じだ。自分の意に沿わないものは認めない。俗世に二度と出ることはないだろう」


 つまり何処かに幽閉されるか、一生修道院に閉じ込められるか。恐らくは二度と出ることの出来ない修道院に送られることになるだろう。


「で、あの三人だったな」


 ロレンツオはやっと本題に入ったことにゴクリと唾を呑んだ。


「側近が他の家臣より優遇される意味が分かるか?」


 ロレンツオはそんなことを考えたことはなかった。


「一番身近にいるからでは……?」

「そうだな、家臣の中で一番主の近くにいる。だから、お互い信も忠も厚い。それ故責も重い」


 アルシアの言葉を思い出す。


『バーラン様、ケラスオ様、ユーリン様、あなた方はお兄様が間違えてはならないから間違えることがないように補佐をされるために側にいらっしゃいます。それが為されなかった』


 だから、あの三人は……。


「バーランたちだけの責では!」

「当たり前だ。だが、責を取らねばならない。お前の名に傷をつけた責をな」


 最後に決断したのはロレンツオだ。だから、一番罪が重いのはロレンツオなのに。


「そ、それでも重すぎます」

「仕方あるまい。主の代わりに責を負うのも側近の仕事だ。あやつらもそれを望んだ」


 ロレンツオはその言葉に目を見開いた。


「使命を果たし、お前の名の傷を少しでも薄くしようとしている」


 三人は怯むことなく勅命を受け入れていた。その先に死が見え隠れしていることを知りながら。それが全てロレンツオのためだというのか。


「父上! 私はそのようなことは」


 そんなことを望んでいない。それを口にする前に国王ラムスが諭すように話し始めた。


「お前はお前の責で友でもある側近を失い、その未来を閉ざした。そして、その命もどうなるか分からぬ。そうしてしまったことを決して忘れるでない。そして、新たに側近となる者たちに同じ轍を踏ませるな」


 国王ラムスは話は終わりだというように右手を軽く振った。退出を促す合図だ。

 国王ラムスの従者たちが退席を促してくるが、ロレンツオはどうにかして三人を、バーランたちを、救いたかった。


「父上!」


 国王ラムスは首を横に振った。勅命は覆さないと。


「これがお前への罰だ。過ちを犯したが、あやつらほどお前の側近に相応しい者はいない。それをお前の責で失った」


 ロレンツオの体から力が抜ける。何も出来ずにただ見送ることしか出来ないのが自分への罰なのだと悟った。席を立たされ扉に誘導される。


「ロレンツオ、よき友を持ったな。あやつらが罪を被ったのは側近よりもお前の友であるからだ。あやつらの思いを無駄にせず、あやつらの恥とならぬようにせよ」


 国王ラムスの言葉を背中に受け、ロレンツオは項垂れて部屋を出るしかなかった。固く手を握り締めながら。

お読みいただき、ありがとうございます。


ロレンツオの罰は軽いと思われるかもしれませんが、このようになりました。あと1~2話くらいで王太子のサブタイトルは終わります。


誤字脱字報告、ありがとうございます。

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