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王太子 ー王命3ー

同日に前話『王命2』を投稿しています。そちらを先にお読みください。

 ユーリンは全てを悔いていた。

 父からは全てのことに疑いを持ちよく調べ考えてから動くように。と教えられて育ってきた。自分の考えはもちろんのこと主君となるロレンツオの言葉さえも疑い、ロレンツオが間違うことがないようにするのが使命だと言われていた。

 ユーリンはそれを怠り、己たちが正しいと驕ってしまった。その結果、ユーリンは愛しい人を失った。



「ユーリン・ミッタム」

「はっ」


 一歩前に出て跪く。バーランやケラスオの様に騎士ではないからユーリンが誰かの護衛の任務は出来ない。


「ガンダル共和国への留学を命じる」

「御意」


 ガンダル共和国は国土のほとんどが森に覆われていて、森の中に点々と集落があり部族ごとに暮らしている。ガンダル共和国はこの部族が集まって出来た国であった。

 ガンダル共和国独特のあの大きな茶器は部族の族長たちが一つの器で一度だけ注いだ酒を回して呑むために出来たと伝えられている。


 ユーリンはホッとした。バーランのように元婚約者(アルシア)の側付きを命じられラハメムトに行くことになったら、と恐れていた。アルシアには誰よりも幸せになってほしいが、不幸になる姿はもちろんのこと自分以外の手で幸せになっている姿を見るのは嫌だった。そんな想いも傲慢だった自分の自惚れだと自嘲する。マルシナ公爵のことがあるのに不穏な噂の元となりそうな男をアルシアの側に置くはずがない。考えればすぐに分かることだ。


「ガンダルの最奥にいる部族が人を苗床にして育つ草だけを枯らす研究をしていると聞いた。その研究に参加し、()()()()()()()()()()()()

「はっ」


 ガンダル共和国の森は奥に行けば行くほど道らしい道がないという。馬車は使えず馬で進むことも難しくなるらしい。害になる植物や猛獣も多く危険な旅になりそうだ。


「あの草が生えると体力のある者で約十年、子供や女性は三年から七年。()()()()()()()。あの屋敷で二十人程、種を植え付けられたばかりの者はうち七人程。ガサ入れしたら他所の屋敷でも栽培しているかもしれない」


 フードを深く被った者が静かに告げた。室内でビクリと震えた者の元に兵が駆け寄って行く。

 ユーリンは急ぐ必要があることを自覚した。どこまで研究が進んでいるのかは分からないが、犠牲者をこれ以上増やさないようにしなければならない。


「あの子供、それだけ持つか?」


 ウラルが顔を歪めてフードを被った者に聞いている。その中に子供もいたようだ。


「十歳未満の子供に。それこそ禁忌中の禁忌。草が育つ前に体の方が持たない」


 痛ましそうに告げられた言葉にユーリンは息を呑む。そんな年齢の者さえ欲の犠牲に。


「ラムス陛下、私もその女に植える種を選びに行く。同行しても?」


「ユーリン」


 名を呼ばれ、ユーリンは顔をあげた。国王ラムスが頷いたのを確認して口を開く。


「その子供は旅をさせても大丈夫でしょうか?」

「私が診るからある程度は大丈夫だと。それでも間に合わないかもしれない」


 その()()()()()()()()()()になるだろう。けれど、少しでも助かる可能性があるのなら……。


「よろしくお願いいたします」


 ユーリンはそう言ってまた頭を下げた。


「あー、こいつの残務が終わったらすぐに出発する(でる)から準備しといてくれ」


 ウラルの言葉にユーリンは、承知しましたと頷いた。屋敷に戻ったらすぐにでも出れるように準備しなければ。


「下がってよい」


 ユーリンは一礼してバーランたちの元へ戻った。視線を感じ壇上を見る。王太子の仮面が剥がれたロレンツオが顔を歪ませてユーリンたちを見ていた。

 二人と同じようにロレンツオに大丈夫だと笑う。ロレンツオの元側近、いや友人として恥じないよう与えられた任務をこなしてみせる。だから、その成果を楽しみに待っていて欲しい。


 ユーリンは視線をアルシアへ向けた。心配そうにユーリンを見ている。文官で体力のないのユーリンはガンダルへの旅は過酷なものとなるだろう。それを心配しているのかもしれない。


 あの日、アルシアが言ったことで間違っていることがあった。


『婚約者の私の言葉よりもカサリン様(ほかのじょせい)の言葉に信を置く者を信頼し添い遂げることができましょうか?』


 ユーリンはアルシアよりカサリンの言葉を信じたのではない。アルシアが慕うティーティアを信じていなかっただけ。悪女ティーティアなら必ずしている、と。

 どれだけアルシアに悪女が非道な人間だと伝えても違うと言って慕うことを止めなかった。善良なアルシアを騙している悪女と心の底から思っていた。悪女に騙されているアルシアを救わなければと間違った正義心を持ち続けた。だから、カサリンの言葉はすんなり受け入れることが出来た。

 悪女に騙されている可哀想なアルシアと知らず知らず見下していた。だから、アルシアが何を言ってきても、騙されているのだから仕方がないと聞き流した。アルシアの言葉を真摯に聞き、どうしてそう言うのか色々と調べていたらこうなっていなかっただろう。

 自分の考えに慢心していた。その結果だ、婚約解消となってしまったのは。


 アルシアの新しい婚約者がユーリンの視線からアルシアを隠し睨んできた。

 ユーリンも睨み返す。幸せにしないと許さない、と。そして唇だけ動かす。


 お幸せに……


 そして、心の中で呟く。


 さようなら、愛しい人。

お読みいただき、ありがとうございます。


ユーリンにアルシアが幸せになる姿を見せるのが一番の罰になりますが、アルシアのためにそれは無しになりました。


誤字脱字報告、ありがとうございます。

ルビ(振仮名)ですが、今は性能がよくなり漢字でも表示出来るようになりました。どちらの方が良いのか毎回悩んでいますが、古い人間なので平仮名や片仮名、アルファベットをなるべく使うようにしています。

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