王太子 ー王命 2ー
蛇・蜘蛛・蛙などが出てきます。ご注意下さい。
同日に次話『王命3』を投稿してます。
「ケラスオ・オンクラサ」
「はっ!」
短いオレンジ色の髪をしたケラスオが一歩前に出て跪く。
「スイリル・マルシナに付き、ラハメムト国へ留まることを命じる」
「御意」
国王ラムスの言葉にマルシナ公爵はホッと肩を下ろした。騎士が護衛に付くということは貴賓としてラハメムト国に行くということだ。色々有ること無いことで脅してきたが王族である自分を蔑ろに出来るはずがないのだ。この落とし前をどうつけるのか、簡単には許してやらないと意気がっていた。
「こやつを恨む者も多い。ケンスタント大公閣下の元へ無事送り届けるのはむろんのこと、大公閣下がこやつの住む場所を用意してくださっている。そこの管理を任せる」
マルシナ公爵は今頃体裁を整えようとしても遅いと心の中で息巻いていた。叔父である私に無体を働き侮辱したことは決して許されるべきではない。そんなことを命じる前にまずすべきことは、この縄と猿轡を解き誠心誠意を込めて自分達に謝罪すべきだ。
「ええ、素敵な飼育小屋を準備しておくと言ってました。ケラスオとやらはそこで飼育されるペットを絶対に逃がさぬようにしてくれ」
マルシナ公爵は耳を疑った。聞いた言葉が信じられない。飼育小屋だと! そんな場所に誰が住むのだ。冗談にも程がある!
全身を使って抗議する。口に噛まされていた猿轡がフッと弛んだ感じがした。大きく頭を振ると猿轡がズルっと外れる。周りで慌てる気配がするが、マルシナ公爵は腹に力を入れて叫んだ。
「飼育小屋だと!」
「おや、鎖に繋いで外で飼われたほうがよいと」
ホストルが嘲笑いながら答えていた。
「叔父上が引退してまで可愛がりたいペットだからと、特別仕様で建てたのに」
その言葉にマルシナ公爵はまた顔を赤黒くさせる。そんな侮辱はもう沢山だった。
「ペ、ペ、ペットだと。私は王族だぞ」
頭を下げたままのケラスオはチラリと醜く騒ぐ男を見る。綺麗に整えられていた髪も豪華な服も乱れ、唾を飛ばし叫ぶ姿に気品の欠片さえも見つけられない。ラハメムトはペットとして飼うつもりのようだが甘やかされた駄犬より質が悪そうだ。駄犬でも生存本能は働く。負けが決まっている相手には歯向かわず尻尾を撒いて逃げるだろう。
「王族である私をペット扱いなどしよって戦でも起こすつもりか」
「戦になどならない。お前はラハメムトへの献上品だからな。
良かったな。優しい叔父上はペットが寂しくないように各地から玩具や生き物も取り寄せているようだよ」
マルシナ公爵の言葉を否定しホストルは楽しそうに話している。その言葉に慌てた声を上げているのは、大公閣下の息子の声か?
「おかしなものは!」
「さすがに毒蜘蛛とか毒蛇、逃げ出して駆除が面倒なものは許可していない」
頭を下げたままのケラスオにはホストルの様子は分からない。だが、声の調子からとても楽しそうなのは分かる。
そして、その飼育小屋にはとんでもないものが集められていそうな感じも。飼育小屋を管理する者としてはあまり面倒なものは集めて欲しくない。
「ど、ど、ど、く、ぐ、ぐも、だと……」
「出来るだけ長く飼うつもりだから、即ダメになるようなものは無いよ。何にでも巻き付く蛇とか、噛まれると痛い大蜘蛛とか、臭い匂いを出す蛙とか……、無害のものばかりだね」
嬉々と話す声にケラスオは何を言う権利もない。ただ黙って聞くだけ。毒がなくてもそれらは民にとって十分害となる生き物だ。飼育小屋から逃げ出さないように厳重に管理しなければならない。
「大公閣下に満足いただけるようこやつの管理を頼む」
「はっ!」
立ち上がったケラスオは再び深く頭を下げて元の場所に戻った。
ケラスオはもう一度現実を理解せずいつまでも騒ぎ続ける男を見た。
マルシナ公爵が押さえつけられて再び猿轡を噛まされている。それでも静かにはならず、相変わらず奇声をあげ、暴れていた。
マルシナ公爵は血走った目で周りを睨み付けている。この期に及んでもまだ自分は王族なのだ。そんな待遇はおかしい。と全身で訴えている。ラハメムトまで連れていくのに苦労しそうだと思うと天を仰ぎたくなる。
大公閣下がすぐに遊べる状態で届けなければいけない。ということは大きな怪我はさせられない。逃げ出そうとしている男の足を折ることもできない。そして、大公閣下の楽しみのためにマルシナ公爵の心を折ることも出来ない。難易度の高い任務に吐きたくなった息を呑み込んだ。眠り薬くらいは使わせてもらえるだろうか?
ケラスオは視線を動かし、この男の愛娘を見た。男と同じように猿轡を噛まされたサリアーチアは絶望に顔を歪ませ、それでも縋るようにバーランを見つめていた。その瞳は父親と同じように今の立場を何一つ認めていなかった。
サリアーチアと視線が合う。その目は助けてと、助けるべきだと訴えてきた。
ケラスオはロレンツオと同じように小さく首を横に振る。キッと睨まれたが王命に逆らえる者がいると思うほうがおかしい。
そうサリアーチアの言動はいつも何処かおかしかった。その違和感を覚えていたのに周りが言わないから何もしなかった。面倒になるのが嫌で。それが間違いだった、周りを大きく間違わせてしまった。
ケラスオは壇上のロレンツオを見た。
心配そうにバーランを見ていたロレンツオの視線が自分に移る。
大丈夫だと口角を少しだけあげる。ロレンツオが心配するようなことは何もないのだと伝えるために。
お読みいただき、ありがとうございます。
ケラスオのざあまですが、楽天家なのでこのような感じになりました。飼育小屋に集められている生き物は毒はないですが害にはなります。
巻き付き蛇は首に巻き付き窒息死、大蜘蛛は噛みつかれ痛みでショック死、臭い蛙は顔に張り付かれ呼吸困難・・・。ケラスオは休む暇なくマルシナ公爵を助けなければなりません。マルシナ公爵を生かすも殺すもラハメムト国が決めることなので。
誤字脱字報告、ありがとうございます。