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王太子 ー王命 1ー

「バーラン・ニハマータ、ケラスオ・オンクラサ、ユーリン・ミッタム。前へ」


 ロレンツオは目を見張った。何故、三人の名前が呼ばれたのか分からない。浮きそうになる腰は、刺すような王妃ニコラの視線で止まる。前に出てきた三人を凝視することしか出来なかった。三人とも覚悟を決めた顔をしていた。


「バーラン・ニハマータ」

「はっ」


 二人から一歩前に出てバーランが跪く。


「サリアーチア・マルシナの護衛としてガルシア国へ赴き、王太子妃となった後もその任に就くように。三年後に帰国を許す」


 国王ラムスの言葉にロレンツオは馬鹿なと思った。バーランがサリアーチアに婚姻を望むほど好意を持っていたのは国王ラムスも知っていたはずだ。嫁ぎ先に護衛として付き添わせるなどバーランを傷つけるだけだ。


「御意。……、一つ質問が」


 バーランの言葉にウラルが頭を掻きながら答える。


「あー、三年後何があるか、だろ」


 それはロレンツオも気になっていた。


「処刑だよ、異母兄上(おうたいし)の。俺たちと賭けをしてさー、三年間で国に必要だと示せなかったら処刑することになっている」


 まず無理だけどな。その言葉にガルシア国第一王子の処刑はほぼ決まっているのが伺えた。第一王子は何をした?


「妃になられますサリアーチア様は?」


 聞くバーランの声が震えている。普通は連座で処刑となる。だが、この場合は?


「連座だな。まあ、異母兄上(あにうえ)諌め(ささえ)、それが無理でも国に貢献しようと続けていたら免れるかもなー」


 でも無理かな。とウラルは呟いた。


「アイツ、自分の行動になんか言われるの一番嫌うんだよな。それに嗜虐趣味も持ってるからさー、少しでも気に入らないと側近でもボロ雑巾のようになるまで甚振ってるんだ。今まで通りにしていたら処刑という頭も無いみたいだし」


 サリアーチアが再び奇声をあげた。体を大きく揺らし嫌だと言っているようだ。マルシナ公爵も愛娘の未来に呆然となっている。


「まっ、この国にいても罪人。極刑ですぐ首が飛ぶ可能性があったんだ。王太子妃としての待遇は保証するからさー。命が三年延びるか、もっと延びるかはお前次第だな」


 涙を流しながらサリアーチアは周囲を見回していた。ロレンツオは慌ててサリアーチアから視線を外そうとしたが目が合ってしまった。その目は助けてと訴えていた。可哀想と思う気持ちは少しあるが、自業自得と感じる方が大きい。それに調印でサリアーチアがガルシアに嫁ぐことは既に決まっている。ロレンツオごときが覆すことなど到底出来ない。ウラルの言う通りサリアーチアは罪人、三年命が伸びたと考え、連座とならぬよう努力するのが最善と思えた。

 それよりもバーランだ。バーランは大丈夫だろうか?


「バーラン、サリアーチアが我が国、ガルシア国の恥とならぬよう見張れ。恥となるようなら………、許す」

「ぎ、御意」



 バーランは頭を低く下げて勅命を重く受け止めた。サリアーチアからは視線を感じない。救いを求めて視線を彷徨わせているだろうにバーランの方を()()()()()。きっと恋人だったバーランよりも先にロレンツオの方に助けを求めているだろう。頭を深く下げてから立ちあがり一歩下がる。そして視線をサリアーチアに向けた。


 ぐしゃぐしゃの髪、血走った目、猿轡を噛まされた口、バーランが知っている愛らしいサリアーチアとはかけ離れた姿だった。


 サリアーチアは壇上のロレンツオに縋るような視線を向けていた。バーランはロレンツオを見た。もしサリアーチアの懇願にロレンツオが頷くのなら……。手に力が入る。直ぐに動かなければならない。この場で斬り捨てられてもこれ以上バーランのせいでロレンツオに間違いを起こさせてはいけなかった。


 小さく顔を左右に振りサリアーチアとの視線を外したロレンツオがバーランを見た。バーランはホッとしてロレンツオと視線を合わせた。大丈夫と思わせたくて小さく頷く。必ず任務を全うすると決意して。この地を再び踏むことがなくてもバーランの主君ロレンツオの名に恥じない働きをする。


 こんな場なのに感情を露にロレンツオは心配そうにバーランを見てくる。苦笑を浮かべたくなるのを我慢して視線をサリアーチアに戻す。縋る目をしたサリアーチアがやっとバーランを見つめていた。


 惨めな姿をしていてもその視線はバーランの庇護欲を刺激する。それが間違いだと分かっていても庇い守りたい気持ちが湧き起こる。サリアーチアはバーランのお姫様だった。気持ちが引き摺られないよう真っ直ぐサリアーチアを見た。助けることはしないと射抜くように強い視線で。絶望に染まったサリアーチアの目を可哀想だと思いながら視線を前に戻す。バーランはもう間違えられなかった。


 バーランはあの時、自分だけのお姫様を見つけた、と思った。従兄弟のロレンツオだけお姫様がいてズルいといつも思っていた。だから、泣いていたサリアーチアを茂みの奥で見つけた時、物語に出てくるお姫様そのものの姿に心奪われた。そして、バーランのお姫様を守らなければいけないと思った。それが間違いだった。


 サリアーチアの言葉を鵜呑みにし、異母姉(ティーティア)を悪とした。親たち(まわり)の諌めに耳を傾けず、サリアーチア(おひめさま)を守ることに酔いしれていた。ロレンツオたちもすすんでバーランに協力してくれた。だから、王太子妃(ティーティア)が悪だとバーランがロレンツオに思い込ませてしまった。ロレンツオにあんな態度をとらせてしまった。


 バーランは薄々分かっていた。サリアーチアが本当のお姫様である異母姉(ティーティア)に嫉妬していたことを。どれだけマルシナ公爵(ちちおや)に可愛がられていても血筋では異母姉(ティーティア)に敵わない。だがら、異母姉(ティーティア)より高い身分になることを望んでいた。この国ではロレンツオより高い身分は国王しかいない。周りからは恋人と言われていてもサリアーチアにとってバーランは使い勝手のよい″繋ぎ″でしかなかった。国王の甥、王太子の側近、そして継ぐ可能性は低いが王位継承権を持っている、だから付き合っているだけの存在。そして、次期国王(ロレンツオ)に近付くための足掛りだった。

 そして今も盟約のためだけに嫌々婚姻した異母姉(ティーティア)ととって変われると信じてバーランを切らなかった。次期国王(ロレンツオ)に近付くために。


 そう分かっていてもサリアーチアを愛していた。誰からも愛されて当たり前と思っている馬鹿なサリアーチアが可愛かった。今もあれだけの罪を犯しながらも自分は悪くない、助かるべきだと思っている愚かすぎるサリアーチアが愛しい。だから、命がけで任務を全うする(まもる)。せめて、ガルシア国に輿入れするまではサリアーチアを殺さずに済むように願いながら。


 バーランはもう一度ロレンツオを見た。もう二度と会わない友の姿をその目に焼き付けるために。

お読みいただき、ありがとうございます。


バーランのケジメの話。ざあまになるのか分からない話になってしまいました。申し訳ありません。


誤字脱字報告、ありがとうございます。

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