王太子 ー苗床ー
残酷な場面があります。
ロレンツオは壇上から見ているだけしか出来なかった。
『悪い、悪い。これが報告書通りか確認したくて、な。そのまんまだな』
その言葉はロレンツオの自尊心を粉々に打ち砕いた。
他国がこの国を調べるのは当たり前のことだ。この国も他国に何人も間者を送り込んでいる。ましてや襲撃しようとする場所。事細やかに調査しただろう。
他国の者は知っていた、サリアーチアの本性、本質を。それをロレンツオは知らなかった。幼い頃の印象のまま騙され続けていたことに羞恥と怒りで体が震えた。そして他国からの己の評価に恐怖した。
その思考をノチナタの恐怖に染まった悲鳴が遮る。悄然としていたロレンツオはその甲高い声に片目を瞑り耳を押さえた。
「そんな声をあげるとは…、忘れていなかったようですね」
フードを脱いだ者は呆れた声をノチナタにかけていた。
「う、うそよ。お、おまえはし、しんだはず…」
「ええ、妹は死にました。貴女に売られて」
マルシナ公爵も驚いた顔をして固まっていた。
「あの幻覚剤は我が一族の物で門外不出で、特別な時にしか使用しないものでした」
その者はノチナタにグッと顔を近づけた。
「この者と祖父が迷い込んできたのですよ、一族の里に。センスタの者に追われて匿ったのですが、恩を仇で返されました」
ノチナタは引き攣った顔をして仰け反っている。少しでもその者から離れようとするかのように。
「この者の祖父は里からあの幻覚剤を盗みだし事もあろうかセンスタに売ったのですよ。そのお陰で里はセンスタに攻められ、一族はバラバラに逃げなければなりませんでした。この国にいた妹はお前にセンスタに売られ…、あの幻覚剤を作る苗床にさせられました」
ノチナタは違うと言いたげに首を左右に振っている。
苗床と言う言葉に広間は騒然となるが、国王ラムスが手を上げるとピタリ静かになった。
「何処が違うのです? お前の祖父は見ていなかった。幻覚剤を使うところを。あの幻覚剤を使った場所にいたのはお前です」
「ち、ちがう! わ、わたしは…」
ノチナタの言葉にその者はふんと鼻で笑った。
「あの幻覚剤には本当は巫女と呼ばれる者の生き血を混ぜて使うのです。だから、巫女がいなければ使えない物でした」
女性の悲鳴が上がった。血が必要と聞いて貴婦人たちがよろめき、慌ててパートナーの者が支えていた。
「センスタは巫女を捕らえ、その体に幻覚剤の元となる草を植えました。それにより巫女の生き血が無くても幻覚剤が使えるようになり、その威力は生き血を使う物よりも強力になりました」
それはゾッとする話だった。生きている人間に薬草を植え付けるなど、人間がすることではない。
「センスタは巫女を探しました。一族の女なら巫女になれるわけではないので。それでも何人か一族の女で試したらしいですよ」
また悲鳴が上がり担架を求める声が起こる。だが、退出することは許されなかった。壁際に並べられた椅子に顔色の悪い貴婦人たちが座り始めた。中には男性も交じっている。
「お前は思い出しました。妹と私が双子で妹が幻覚剤を使えたことを。妹が次代巫女であることを」
「妹はこの国の小さな薬屋で見習いとして働いていました。我が一族は薬草の取り扱いに長けていまして、よく効くと評判になってしまい店を訪れたお前に見つかってしまいました」
その者はマルシナ公爵の方を見た。マルシナ公爵もそのことは覚えていた。ノチナタに頼まれて薬師として雇った女は薬の調合に失敗して死んだと聞いていた。その女とそっくりな顔を見て驚いていただけだ。
「その男に薬屋を買収させ妹を捕らえ、センスタに売りました。妹はあの屋敷の地下で幻覚剤の苗床にされ、栄養を全て吸われ干からびて死んでいましたよ」
マルシナ公爵は自分の屋敷の地下でそんな恐ろしい事が行われていたとは知らなかった。もちろんそんなことに愛するノチナタが関わっていたとも思いたくなかった。
「ご心配なく。一族に双子が生まれようが巫女になれるのは妹として生まれた者だけ、そしてセンスタが保管していた幻覚剤は全て処分しました」
その者はノチナタから体を離し、冷たい目で彼女を見下ろしていた。壁際の椅子は満杯となり、従者や侍女が新しい椅子をせっせと運び込んでいた。
「ガンタルにいるこいつの一族の双子で生まれた姉妹の血で幻覚剤になるか試したが、ならなかった」
「たぶん、里のあった土地も関係しているのでしょう。幻覚剤になる草は他の土地ではただの臭いのきつい花が咲くだけですから」
ウラルの言葉にその者が補足をする。あの幻覚剤はもう作れないのだと。
「で、この者で何をするのだい? 我が国は″これ″も招きたいと思っている」
ホストルの言葉にガタガタとノチナタの体が震えが大きくなる。ラハメクト国に連れていかれたらどんな目に遭うか分かっているようだ。
「妹や一族の女がされたことをお返したいだけですよ。あの幻覚剤は草の根まで使用したらしく、抜くにはかなりの激痛を感じるようです」
違う草ですが、センスタの者は一本抜くだけで意識を失ってました。
クククと笑いながら話される内容にその場に召集された貴族たちはブルリと体を震わせた。生きた人間に生えた草を抜く。想像するだけで恐ろしい。
「この者は人の体に咲いた花の蜜が美容に良いと栽培していたらしいです。その蜜をふんだんに使った体から咲く花がどれだけ醜悪か見てみたいのですよ」
花を収穫する時も激痛がするらしいですよ。
ニッコリ笑って言われた言葉にノチナタの体はゆっくりと床に転がった。自分の未来を想像し意識を手放したようだ。
「それを我が国でしてほしい。出来ないか?」
「花を焼却処分することを許していただけたら」
ホストルは満足そうに頷いた。
マルシナ公爵は話されている内容が理解出来ず、呆然としていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
マルシナ公爵とノチナタは隣国でたっぷり可愛がられます。隣国の人たちの気が晴れることはありませんが、クイン王女が苦しめられた年月は死ぬことは許されないでしょう。
誤字脱字報告、ありがとうございます。