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王太子 ー罪人ー

「じゃあ、その不良債権、ガルシア(うち)が引き取ってやるよ。どうせ異母兄上(おうたいし)の妃だ。()()で十分だ」


 あっけらかんと言われた言葉に殆どの者が唖然となった。一国の王太子の妃なのに、未来の王妃となる者なのに、それが罪人で十分などあり得ない。いや、罪人でも特別な価値があれば別だ。希有な血筋だったり、特異な能力を持っていたり、特別な存在ならば。だがサリアーチアはただ父親が国王ラムスの叔父というだけの令嬢だった。まだ幼いが代わりになれる者は何人もいる。だから誰もが疑問を感じたが王族同士の会話、口を挟むことなど出来なかった。疑問符を頭に浮かべながらただ聞いているしかない。それはロレンツオも同じだった。


 ロレンツオには何も知らされていなかった。ラハメムト国からホストルが来ていたことも、ガルシア国から縁談が来ていたことも、センスタ帝国の残党討伐がこの国で行われたことも。

 だが、先程のホストルの言葉から、ラハメムト国はアルシアを指名していたわけではなさそうだ。なら、ガルシア国の王太子妃、未来の王妃としてこの国の王女であるアルシアが本来なら候補になるはずだ。それなのに国王ラムスはウラルにアルシアを薦めなかった。ウラルも()()()()()とサリアーチアを自ら選んだ。何故罪人で十分なのかは訳が分からない。

 ロレンツオは唯一詳しく知っていそうな王妃ニコラに視線を向けた。王妃ニコラはロレンツオの視線に気付くと楽しそうに微笑を浮かべただけであった。


 マルシナ公爵だけが唸り声と激しく体を揺らして抗議していたが、ウラルと視線が合うとピタリと石になったように動かなくなった。マルシナ公爵は背中に滝のように嫌な汗が流れたのを感じていた。


「そっちの罪人も引き取ろうか?」


 さらりと言うウラルに国王ラムスは苦笑し、ホストルは首を横に振った。


「そちらの男は父上たちが手薬煉を引いて待っている。いくらお前でも譲ってやるわけにはいかない」


 ホストルの言葉にマルシナ公爵は悪寒にブルリと体を震わせた。ラハメムト国に引き渡されたら何をされるかわからない。いや、マルシナ公爵は国王ラムスの叔父だ。酷い目に遭うわけがない。そんなことをしたら、我が国が黙っていない。戦となる。それに不本意ながら、ラハメムト国王はマルシナ公爵の義理の兄となる。弟に酷い真似をするはずがない。そう思うのにマルシナ公爵の震えはおさまらなかった。


「そっか、残念。試したいことがあったのに」


 とても残念そうに思えない口調でウラルは言ったが、マルシナ公爵は底知れぬ恐怖に今度は全身から汗が噴き出した。


「では、アルシアはラハメムト国に、サリアーチアはガルシア国にということでよろしいかな」


 どこかホッとしたような国王ラムスの言葉にホストルもウラルも力強く頷いた。だが、それに異議を唱える者がいる。

 サリアーチアだ。弱々しく泣き出しそうな声をあげた。それは無垢な子供が大人にどうして? と純真に問いかけているようだった。


「な、なぜ、私がそんな遠くの国に嫁がなければならないの……」


 サリアーチアが言う通り、ガルシア国は元センスタ帝国を通った先にあり元センスタ帝国を含めて三国を間に挟んだ先にあった。早馬でかけても一ヶ月半はかかる。 


「それも罪人(ざいにん)って…、私は罪人(つみびと)ではないわ…」


 目を潤ませながらもウラルを必死に睨み付けようとしているサリアーチアには悲壮感があり見ている者たちも思わず同情しそうになる。だが、ウラルはそれに軽快な笑い声をあげた。


「いいね、微塵も罪悪感を感じなくて済みそうだ」


 ウラルの口角が楽しそうに上がる。


「たかが罪人、いや、今だけ罪人の娘としてやろうか? が王族同士の話に口を出し、自国の国王陛下の決定に異議を唱える。それがどれほど罪深いことか分かってるんだろうな」


 ウラルが軽く言ったからか、サリアーチアはキョトンとした表情になり何かを納得したように微笑んだ。


「わたしの父は…」

「お前はこの国で一番偉い陛下の決定に文句を言ったんだ。父親が陛下の叔父だから? そんなんじゃなく、()()が陛下より上の立場(うえ)だということを証明しろよ」


 ウラルがニヤリと笑ってサリアーチアの言葉に被せた。

 サリアーチアは目を大きく見開いて固まってしまった。


「陛下より…うえ?」


 サリアーチアはいつも力強い言葉で守ってくれる父マルシナ公爵を見た。猿轡を噛まされ両手は背中に回され屈強な衛兵に押さえられている。とてもサリアーチアを助けられそうな雰囲気ではない。


「国家反逆罪や色々な罪で処刑が確実なのに()()()()()生きれる、うまくいけば()()()()()()()な。せいぜい頑張りな」

「しょけい………、さんねんかん……、いきのこれる…か…も…? それってどういうことよ!」


 サリアーチアはクワッと目を剥き出しにすると叫ぶように言葉を発しウラルに詰め寄ろうとする。先程までの悲壮感が漂う令嬢とは思えない暴れ方だ。慌てて衛兵が止めたが奇声をあげて尚暴れるため、床に押さえつけられていた。


「ウラル、そんなもので遊んでないで早く指示してやれ。待ってるぞ」


 ホストルの呆れた声にサリアーチアがさらに奇声を上げ大きく暴れるため、一人では押さえきれず衛兵が二人になって押さえつけている。

 サリアーチアにとって全てが屈辱だった。そんなもの扱いされることもこんな扱いをされることも。


「そ、そんなもの、ですって! わたしは、わたしは……」


 国王ラムスは衛兵が見せた猿轡に頷き、大きく口を開け叫んでいるサリアーチアに使われた。屈辱にサリアーチアの目から涙が零れ落ちるが同情する者はもういなかった。いや、マルシナ公爵だけが唸り声で愛娘を慰めようとしていたが、サリアーチアには届かなかった。


「悪い、悪い。これが()()()()()か確認したくて、な。そのまんまだな」


 ウラルが連れてきた一団の者たちは捕虜を逃がさないように押さえつつも直立不動で指示を待っていた。


「ラムス陛下、計画通りマルシナ邸で我らは陣を取り、残務を行う」

「分かった。必要な物は?」

「準備いただいた物で事足りている」

「追加があれば遠慮なく言って欲しい」


 再びざわめきが起こる。マルシナ公爵の屋敷は王都の中にある。そこに複数の国より派遣された兵たちが滞在することに戸惑いを隠せない。どんな者たちがいるか分からない。本来なら王都を囲む城壁の外で野営させるべき存在だ。だが、異議を唱えることは出来なかった。この国でセンスタ帝国の者たちを匿っていた。その事実がこの国の立場を弱くしていた。


「十日ほど、長くても二十日はかからん。希望者はどんどん帰らせて行くから大半は五日もすればいなくなる」


 その言葉に広間にはホッとした雰囲気に変わる。だが、残党の殲滅とはいえ残務が十日で終わるというのは異例の速さでもある。


「あっ! ラムス陛下。ガンダルが()()()()が欲しいと言っている」


 ウラルが指差したのは項垂れたままのノチナタだった。マルシナ公爵が目を剥いて抗議の(うなり)声をあげる。


「この女でいいんだよな?」


 ウラルは自分が連れてきた一団に問いかけた。一団の中からローブのフードを被った小柄な者が出て来てゆっくりとノチナタに近づいた。


「久し振りだね、ノチナタ」


 ノチナタは呼び掛けられて遅々と頭を上げた。目の前に汚れたローブを羽織り、フードを深く被った者が立っていた。その者がゆっくりとフードを取った時、ノチナタは張り裂けんばかりの悲鳴をあげた。

お読みいただき、ありがとうございます


9月になりました。子供たちの学校は休校にならずホッとしています。コロナも怖いですが、家でダラダラも困ります。

まだまだ暑い日が続いていますが、朝夕は風が涼しく感じるようになってきました。夏の疲れが出てくる頃です。

皆様、御自愛下さい。


誤字脱字報告、ありがとうございます

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