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王太子 ー縁談ー

「さて、本題に戻ろう」


 国王ラムスは何事もなかったように話を始めた。マルシナ公爵が猿轡を噛まされても何か呻いているが聞く者など誰もいない。


「二国から縁談が来たことは伝えたな。先程のことがあり、我が国には断る権利はない」


 ロレンツオはグッと奥歯を噛み締めた。アルシアとユーリンの婚約解消はロレンツオのせいだけではなかった。だが、ロレンツオがアルシアを悲しませ辛い思いをさせたことにかわりはなかった。


「ラハメムト国とガルシア国。ラハメムト国からは大公妃、ガルシア国からは王太子妃の申し込みである。無論候補となるのは王家の血を引く者となる」


 広間がざわついた。王家の血を引き相手のいない妙齢の女性は一人だけ、マルシナ公爵の娘サリアーチアだけだ。後はまだ嫁ぐには幼すぎる者しかない。


「故に先日、我が娘アルシアとミッタム伯爵の息子ユーリンとの婚約を白紙撤回とした」


 広間のざわつきは大きくなった。拘束されたマルシナ公爵の耳にも貴族たちの囁き声は入ってくる。


()()であったがあれほど仲のよいお似合いのお二人だったのに』

『痛ましい。姉君ミーシャ殿下に続いてアルシア殿下まで』

『御子までマルシナ公爵の犠牲に』


 マルシナ公爵は声のした方をギッと睨み付けるが視線は合わせないが顔を背ける者はいない。それがまた腹立だしい。


『仕方あるまい』

『王家縁の者がセンスタと通じていたのだ』

『王家から贄を差し出さねばなるまい』


 マルシナ公爵は煩いと叫びたかった。

 ノチナタがセンスタ帝国と通じていたという証拠をマルシナ公爵は見ていない。だから、ノチナタが国を裏切っていたなど信じるわけがない。確かに屋敷には異国の者たちもいたが、彼らが仮にセンスタの者たちだったとしてもノチナタも知らず騙されていただけ、そう被害者なのだ。

 姪のミーシャが死んだのもミーシャが勝手に水牢に入ったからだ。もちろんマルシナ公爵のせいで戦が起ころうとしたわけでもなく、彼がそうしてくれと頼んだわけではない。

 マルシナ公爵から見ても良好な関係だったアルシアとユーリンの婚約が無くなったのも国の都合だ。決してマルシナ公爵家のせいではないのだ。


「さて、もう一人なのだが、両国に()()()()でよいか、問いたいと思っておる」


 国王ラムスはチラリとホストルの方を見た。

 マルシナ公爵は罪人の娘という言葉に激しく抵抗した。猿轡から漏れるほどの抗議の声を上げ大きく体を揺らし怒りを露にしたが、国王ラムスからは一瞥もされなかった。そのことに更に怒りが増す。無視されるべき存在でも話でもないと。


「我が国はどちらの方でも。もちろん私の従妹姫であるアルシア殿下に来ていただけるのなら、唯一として大切にするように伝えます。もう片方は……。()()()()()は末妹であったクイン叔母上を大層可愛がっていたと聞いております。丁重に可愛がっていただけると思いますよ」


 ロレンツオはホストルの言葉にホッとした。アルシアが嫁いでもクイン王女のような扱いを受けることはなさそうだと。

 マルシナ公爵は目を剥いた。ラハメムトに嫁いだら愛娘が不幸になるのが分かりきっている。マルシナ公爵にクイン王女を嫁がせたのが悪いのに見当違いの復讐をサリアーチアにされてしまう。絶対に阻止しなければならない。


「ガルシア国からの要望は…、来たようだな」


 扉の方が賑やかになる。近衛兵が貴族たちを誘導し、扉から王座までの道を作った。マルシナ公爵たちも衛兵たちに脇に無理やり横に移動させられる。

 扉から薄汚れた一団が堂々と現れた。先頭を歩くのは褐色の肌をした精悍な顔をした青年だ。

 国王ラムスとホストルが壇上から降りて出迎えていた。


「ラムス陛下、遅くなって申し訳ない」

「いや、今、そなたの国の話を始めたところだ」


 日に焼けた茶色の髪に意思の強そうな光を持つ黄色の瞳を持つ青年は軽く国王ラムスに頭を下げた。


「皆の者、連合軍の総指揮官、ガルシア国王子ウラル殿だ」


 国王ラムスは先頭の青年を貴族たちに誇らしげに紹介する。

 ホストルはウラルの肩を軽く叩くとウラルのすぐ後ろに控えていた紫の髪の青年の側に行きアルシアの方を見ながら小声で何か話している。ホストルとウラルは親しい間柄のようだ。


「まずはセンスタ残党の討伐、ご苦労であった」


 広間から大拍手とウラルと連合軍を讃える声が上がるが、ウラルが右手を上げるとピタリと止んだ。


「こちらも場所の提供、感謝する。無事殲滅でき、逃げ込んでいたセンスタ王家の生き残りも捕まえることが出来た」


 その言葉に一団から拘束された一人のひょろりとした中年の男が前に弾かれるように出される。


「センスタ帝国の第七王子コクマナだ」


 マルシナ公爵はその男に見覚えがあった。屋敷の薬師の一人だ。ノチナタが望んだから、数年前センスタ帝国がガルシア国に大敗した頃に住み込みで雇い入れた。


「で、コイツがあの幻覚剤を管理していたセンスタの宰相の影の一人」


 ウラルの声にもう一人、壮年の男が出された。マルシナ公爵がノチナタを側室に迎える前から専属の執事として彼女に仕えていた者。ノチナタの従兄だとマルシナ公爵は聞いていた。


「で、我が異母兄上(あにうえ)の花嫁候補は?」


 ロレンツオからは国王ラムスの顔が一瞬強張ったように見えた。そういえばガルシア王太子の評判は良いも悪いもロレンツオは聞いた覚えがない。壇上の下にいる第三王子ウラルの武勇伝、父王を宰相として支える第二王子の手腕、この国にも外交官として訪れた第四王子、聡明と名高い幼い第五王子の話はよく耳にするのに不思議なほど王太子である第一王子の話は聞かなかった。


「紹介しよう。我が娘アルシアと」


 国王ラムスの紹介に青い顔をしたアルシアが立ち上がり優美なカーテシーをウラルに見せた。


「叔父の娘サリアーチアだ」


 ウラルはアルシアには丁寧な礼を返し、衛兵に支えられ憔悴した表情のサリアーチアには一瞥しただけだった。

 それもマルシナ公爵の気に触った。誰よりも礼を尽くされて当然の愛娘が軽く扱われている。屈辱を感じた。


「ただサリアーチアの親は…」


 国王ラムスは最後まで言わず、罪人として拘束されているマルシナ公爵たちを見た。すかさずマルシナ公爵は血走った目で国王ラムスを睨み返している。


「ああ、あの屋敷の住人だろ。屋敷にあった派手なだけの部屋と雰囲気がそっくりだ」


 その言葉に反応したのは憔悴していたサリアーチアだった。弱々しく反論する。


「し、失礼な。あの部屋はこの国一番の令嬢の部屋よ」

「自分で令嬢の部屋とか言うのかよ。あぁ、かかってる金ではそうかもな」


 目を潤ませて酷いと小さく頭を振る姿は可愛らしい容姿も伴って憐愍を誘うが、ウラルには鼻で笑われただけであった。


「で、こいつの怪我は?」

「盗まれた従妹姫のティアラを着けていたから私が取ってしまった」


 済まない。と悪びれた様子もなく謝るホストルにウラルはゲラゲラと笑った。


「そいつはいい。親だけじゃなく子も罪人かよ」


 ウラルはニヤリと笑った。

 マルシナ公爵が憤慨して大きく暴れるが衛兵に簡単に押さえつけられてしまう。


「じゃあ、その不良債権、ガルシア(うち)が引き取ってやるよ。どうせ異母兄上(おうたいし)の妃だ。()()で十分だ」

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