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王太子 ー大広間ー

流血があります。ご注意下さい。

 ロレンツオは城の大広間の壇上で国王夫妻が姿を現すのを待っていた。


 昨夜は王妃付きの文官が報告書を取りに来てそのままお開きとなってしまった。ロレンツオとしては私室に持ち込み読むつもりだったが、文官にもバーランたちにもそれは止められてしまった。


 私室に戻る前にティーティアの所に行き、挨拶くらいしかかける言葉がないことに気がついた。ティーティアがどんな話を好むのか全く知らない。ティーティアにしてもロレンツオの声など聞きたくないだろうが何か話したく口を開いても声に出来ない。その場にただ立ちティーティアの顔を見ることしかできなかった。

 今朝もそうだった。だが何か話したくて眠れず上った尖塔で見た朝焼けの話をした。明るくなっていく空。色づいていく街並み。上手く言い表せなかったがとても神秘的で息を止めてしまうほど綺麗だった。歩み寄れていたら二人で見た光景だったかもしれないと思うと胸が痛かった。


 ロレンツオは壇上から大広間を見渡した。

 出席している貴族たちはチラチラとロレンツオの方を見て何かを囁いている。隣が空席、いや席さえも準備されてない理由を邪推しているのだろう。

 対面に座っているアルシアとシィスツサの様子を見る。

 アルシアは固い顔をして座っていた。新しい婚約者のことは聞かされているだろう。ロレンツオは自分の尻拭いのために父親より年上に嫁がなければならないアルシアにかける言葉がなかった。アルシアを不幸にしてしまう事実が苦しかった。

 シィスツサはただならぬ雰囲気に怯えアルシアに体を寄せていた。


 マルシナ公爵家はまだ来ていないようだった。

 王太子妃の部屋の前で騒いだだけのマルシナ公爵は昨日の朝に解放されていた。愛娘のサリアーチアが一緒に解放されないことに激怒したが必要な保釈金の話をすると涙を流しながら助けると宣言して城から出ていった。

 保釈金を支払わないのなら側室ノチナタを同伴してこの場に来ることをサリアーチアを解放する条件にしたと国王ラムスからロレンツオは聞いている。

 サリアーチアは王妃に対する不敬罪と偽称罪に対して刑が決まっておらず、牢から出すには十分な保釈金が必要であった。昨日、保釈金は支払われなかったようで牢番たちは昨夜も大変な夜を過ごしたようだった。今日、二人が来なければサリアーチアは貴族牢に居続けなければならない。


 イキンチ伯爵令息の姿はなかった。まだ取り調べ中なのかもしれない。リーデル子爵はこの場に現れる資格がもうなくなっていた。


 ざわめきが広がり、人々が慌てて道を作る。

 肩を怒らしてマルシナ公爵が上座まで歩いてくる。王座近く公爵位が座する場所の中でも下座しか空いていないことに大きな舌打ちをしていた。その場に立つと隠すつもりは無いようで憎々しく空の王座を睨み付けている。

 側室ノチナタはマルシナ公爵の隣を堂々と歩いていた。自分達のために空けられた場所を見て、美しく整えられた眉を寄せていた。

 サリアーチアはさすがに着替えたのか美しく着飾っていた。その頭を飾るティアラにロレンツオは目を見張る。見間違いでなければティーティアが婚姻式に付けていた物だ。伯父であるラハメムト国王に祝いとして贈られた物の一つ。恐らくティーティアの衣装部屋から勝手に持ち出した物に入っていたのだろう。それを堂々と付けているなどラハメムト国に知られたらどうなるのか分かっているのだろうか。そもそもこの場に王族でない者がティアラを付けてくること自体が間違いであることも。

 ロレンツオが従者を呼び、サリアーチアに注意させようとした時、国王夫妻の入場を告げるラッパが鳴った。


 国王ラムスと王妃ニコラが専用の扉から現れた。ロレンツオたち座っていた者は立ちあがり、全員が頭を垂れて二人を迎える。


「楽にせよ」


 ロレンツオが王座を見た時、国王ラムスと王妃ニコラ、そしてその場にもう一人、青年の姿があった。紫紺の髪に蜂蜜色の瞳、見慣れない顔がどことなくティーティアやアルシアに似ているように感じる。


「ラハメムト国、王太子ホストル殿だ。我が姉ミーシャの忘れ形見でもある」


「ホストルです。このような場にお招きいただき光栄に存じます」


 一歩前に出て優雅に礼をする姿は気品に溢れ、堂々とした姿は若年ながら次期国王の風格を醸し出していた。

 ホストルはロレンツオより一つ上の従兄に当たる。国王ラムスの姉ミーシャとティーティアの伯父に当たるラハメムト国の王ワイツの子だ。上に姉が一人、下に男女の双子の弟と妹がいる。


「遅ればせながら、従弟であるロレンツオ殿下と従妹のティーティア殿下のご成婚、おめでとうございます」


 ロレンツオの方を向いて片手を胸に当てホストルが頭を下げた。ニィとその口元が侮蔑の形で歪むのをロレンツオは確かに見た。ギュッと手を握りしめ、祝辞のお礼を言う。声が震えずに言えたことにホッとする。


「ホストル殿はガンダル国に留学されていたのだったな」


 ロレンツオの隣に用意された椅子に座りながら、ホストルは国王ラムスに答えていた。


「実に有意義な時間でした。彼の国独特の文化は奥が深く、何度も目が覚める思いをいたしました」


 国王ラムスから視線を広間に移したホストルの視線が一点で止まり、その眦が上がるのをロレンツオは見た。


「陛下、無礼をしてもよろしいでしょうか?」


 広間にざわめきが広がる。ラハメムト国の王太子が無礼をしてもいいか、と許可を取ってきた。視線がマルシナ公爵家の三人に集中する。

 冷たく険を含んだホストルの声にロレンツオは止めるよう国王ラムスを見た。だが、国王ラムスはウムと頷いて、許可すると簡単に許してしまった。


「ホストル殿」


 ロレンツオに失礼と言って立ち上がったホストルを咎めるように名を呼んだが、冷たい視線を返されただけで迷いもなく歩きだしていく。


「初めまして。大叔父上? 叔父上? どうお呼びしたらよいですか?」


 マルシナ公爵の前に立ち、ホストルは聞いた。マルシナ公爵は驚いて目を見開いている。ホストルから何故叔父と呼ばれるのか分からないようだ。


「私は大叔父では?」


 マルシナ公爵は驚きを隠せなかったようで間抜けな声で問い返した。姪のミーシャのことはマルシナ公爵はよく覚えていた。マルシナ公爵より年上でいつも口煩く小言ばかり言ってくる姪というより姉のような存在だった。


「クイン叔母上の夫君とみるなら叔父上、母上の父君の弟君とみるなら大叔父上でしょう」


 マルシナ公爵の顔付きが変わる。クイン王女と婚姻していたことはマルシナ公爵としては消してしまいたい過去であった。その娘のティーティアのことも。だが、ラハメムト国の王太子から叔父と呼ばれる立場は悪くない。


「隣にいらっしゃるのが側室殿とご息女か?」


 マルシナ公爵は笑みを浮かべて自慢の二人を紹介しようとしていた。ノチナタとサリアーチアはカーテシーをして、声がかかるのを待っている。

 ホストルはマルシナ公爵から視線をカーテシーをしている側室ノチナタ、娘のサリアーチアを移す。そして、サリアーチアの頭に手を伸ばすと押さえつけ無造作にティアラをむしり取った。

 甲高い悲鳴が上がる。ティアラは落ちにくいように髪の毛に絡めて留める。それを無理矢理取られれば取られた方の頭がどうなるかは考えるまでもない。頭を押さえてサリアーチアは痛い痛いと踞っていた。ぬるっとした感触を感じて指先についた血を見て、サリアーチアはさらに絶叫をあげた。


「ホストル殿、何を!」


 踞るサリアーチアに駆け寄りながら、マルシナ公爵はホストルをギッと睨み付ける。

 ホストルはティアラに絡み付いている髪を取り除こうとしたが、複雑に絡み付いているため簡単に取れない。


「持ち主に似て執念深いな」


 ホストルは取れない髪の毛を忌々しそうに睨み付けていた。


「ティーティア殿下の物だ。綺麗にして差し上げろ」


 忌々しく呟くと盆を持って現れた従者にティアラを渡した。痛い痛いと呻くサリアーチアを一瞥すると冷たく命じた。


「周りに迷惑だ。最低限の治療でいい」


 ホストルは用は済んだと踵を返し、壇上に戻ろうとするのをマルシナ公爵が呼び止めた。


「待たぬか、小僧!」


 地に響くような怒声がした。

お読みいただきありがとうございます



七夕です。願い事はコロナ禍が早く収束しますように、でしょうか?

近々手術のため入院する父に会いに行く予定でした。ドクターストップがかかり、入院までは他県の人とは接触しないで下さいということで流れてしました。子供たちからは『コロナ死ね!』と大ブーイング。簡単に死滅してくれるウイルスなら良かったのですが。

オリンピック開催地でもある東京でコロナ感染者が増えています。

皆様もお気をつけ下さい。

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