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王太子 ーリーデル子爵ー

 リーデル子爵はあたふたと視線を彷徨わせ腰を浮かせて立ち上がろうとしたが、ガシッとケラスオが肩を押さえて座らせた。


「リーデル子爵令嬢…、確か…、舞踏会とかで何回か()()()()()()()()と一緒にいたな」


 バーランが口元に指を当て、何か思い出そうとしている。


「そういうことか…」


 ケラスオを見て頷いている。


「ロン、俺たちは警備だから出掛けた時は妃殿下の様子も確認してる。妃殿下が何か起こしたとされる時、令嬢たちが壁になり妃殿下が()()()()()()()()()()()見えなかった」

「つまり()()()マルシナ公爵令嬢が起こしていた騒動だった……」


 ロレンツオはただ息を吐くことしか出来なかった。自分の不甲斐なさに。

 社交の時にティーティアが起こしたと思われていた騒ぎは全てサリアーチアたちの自作自演だということだ。下位の令嬢たちを自分たちの周りに立たせ何が起こったのかロレンツオたちに見えないようにしていた。見えていないからサリアーチアの言ったことをいつもの通りロレンツオたちは信じてしまっていた。


「目隠しの壁にリーデル子爵令嬢がいた…」


 ロレンツオたちがサリアーチアに騙されていることを知っていた。だから、自分たちも簡単に()()()()()()()()()()()と思った。


「舐められたものだ」


 ロレンツオの言葉にリーデル子爵が首を大きく横に振る。


「め、滅相もない…、私どもはただ…」


 リーデル子爵は慌てて言い繕おうとするがうまく言葉が出てこない。


「ではこちらはどう説明なさるのですか?」


 ユーリンが出したのはカサリンが購入した物の一覧表だった。


「カサリン嬢の持参金を含め今まで購入された物の一覧表です」


 ユーリンの指がすすすっと動く。その指の動きに合わせて、リーデル子爵の体が竦み上がる。


「カサリン嬢は購入の度にリーデル子爵夫人やご息女に何か買い与えています。そして購入後も購入した物をリーデル子爵夫人とご息女に贈られています。リーデル子爵家に流れた額は支払い総額の半分以上」

「そそそそそれはカサリン様のご好意で」


 視線を游がせたままでリーデル子爵は答えていた。その頭上から蔑んだケラスオの声が降ってくる。


「総額の半分以上ぶん盗っといて好意って、どれだけ厚顔無恥なんだ」


 リーデル子爵が振り向いてギッと睨むがケラスオに睨み返されて体を小さくするしかなかった。


「購入時は似合うと煽て、購入後は少し色合いがデザインがと難癖をつけカサリン嬢が興味を失い要らないと言うようにしむけていたようです」

「叔父上」


 イキンチ伯爵令息が立ち上りリーデル子爵に掴みかかろうとする。それをケラスオが慌てて羽交い締めをして止めていた。


「つまりリーデル子爵夫人はカサリンの持参金も横領していた、ということか?」


 ロレンツオの言葉にリーデル子爵は真っ青になって否定の言葉を口にする。


「お、おうりょうなんて大それたこと考えもつきません!」


 横領になれば極刑になる。リーデル子爵は理由があって金を使ったことにしないと後がないことにやっと気がついた。


「横領というより詐欺、着服、でしょう。カサリン嬢の性格を利用して私腹を肥やしていたのは確かです。カサリン嬢の持参金が無くなったため王太子妃殿下の予算に目をつけたのでしょう」

「ちちちちがいます。妻は王太子殿下のために寵愛を受けているカサリン様を美しく着飾るために王太子妃殿下にお金を使わせて頂くことを了承いただいただけです」


 リーデル子爵はあくまでロレンツオのために王太子妃の予算に手をつけたことにした。もう情けに縋るしか道がなかった。カサリンに惚れているロレンツオなら恋人を着飾るためなら目を瞑ってくれるのを期待して。


「カサリンが要らないと言った物を売って金にしたら良かっただけでしょう。それを着服しておいて! 何、王太子殿下のためだと言って誤魔化しているのです! 全て叔父上の指示だったのでは!」


 ケラスオの腕の中で暴れながら、イキンチ伯爵令息が正論を飛ばす。


「黙れ! そんなんじゃないと言っているだろうが!」

「では、何故、最近業績が悪いのに羽振りがいいのですか? 父上もおかしいと言っていました!」

「うるさい! 若造は黙っとれ!」


 ユーリンがまたパンと手を叩いた。


「ロレンツオ殿下のためと仰有るなら、世話役としての責務を全うさせるべきだったのでは? カサリン嬢の側妃教育は半年経っているのにほとんど進んでいません。これでは側妃になることができません」


 リーデル子爵の動きが固まった。ギギギと音が聞こえそうな動きでユーリンに視線を移す。


「そくひに…なれない…?」

「ええ、あと半年では覚えきれません。世話役は側妃教育がスムーズに行えるようにそれこそカサリン嬢の()()()()()()()いなければならないのに」


 ユーリンの嫌みに気がついてリーデル子爵がユーリンを睨み付けるが、ユーリンはにっこり笑ってそれを受け止めていた。


「カサリン嬢の世話役の方は、側妃教育を何かしらの理由をつけ中止にし、商人を呼び買い物をさせたり、お茶会の練習と称して購入物の品評会を行い掠め取ろうとするのに一生懸命だったようです。側妃教育を受けさせ、立派な側妃にする気はまったくなかったようですね」

「そ、そんな…」


 リーデル子爵は頭を抱えて項垂れてしまった。

 イキンチ伯爵令息は怒りに顔を赤くさせながらも体から力を抜き、ケラスオから腕を解かれていた。


「本当にこの度のこと、誠に申し訳ございませんでした。爵位は返上いたします。けれど厳罰はカサリンと私だけにしていただけないでしょうか」


 イキンチ伯爵令息は下座の床に座り込むと額が床に付くほど頭を下げた。


「爵位返上…、イキンチ伯爵はいらっしゃないのでしょう?」

「父からは委任を受けております」


 顔を上げたイキンチ伯爵令息は胸から封筒を取り出すと差し出されたケラスオの手の上に置いた。そしてまた額を床に擦り付けている。

 ケラスオは封筒を軽く触り異物の有無を確認するとユーリンに渡した。ユーリンは封筒の名前を確認し、盆の上に封筒と中の便箋を置きロレンツオに差し出した。ロレンツオは便箋を開き目を走らせる。


「ここにはイキンチ伯爵とカサリンの厳罰となっているが?」

「父はイキンチ家に必要な人間です。私には幸いにも幼い弟がいます。弟に父の後は任せたいと思います」


 言い切るイキンチ伯爵令息に迷いはない。それをロレンツオは好ましく思った。


「イキンチ伯爵はこのような事態になると思っていたのか?」


 ロレンツオの問いにイキンチ伯爵令息は頭を振った。


「い、いいえ。そんなことはございません。ただ、カサリンは自分の空想を現実だと思い込んでいるようで、それを大変懸念しておりました」


 想像を現実だと思い込む? それをどういう意味がユーリンが聞こうと口を開きかけた時、リーデル子爵が暴れだした。


「そ、そうだ! カサリンが悪いんだ! 側妃教育を真面目に受けようとしなかったから。私は、私たちは悪くないんだ!」


 ケラスオがカチャリと剣を鳴らした。


「うるさい! 真面目に受けるようにさせるのがあんたの奥さんの役目なんだろうが。それを怠ったくせにカサリン嬢を責めるなんてお門違いだ!」


 剣の柄に手を置いたケラスオに叱責されて、リーデル子爵は震えあがるしかなかった。

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