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王太子 ー父親ー

 沈黙がその場を支配する。

 それを破ったのはケラスオだった。


「な、なあ、ロン。ティーティア妃殿下を目覚めさせるのやめた方がいいんじゃない?」


 ロレンツオはユーリンから渡された王太子妃の出費明細から顔を上げてケラスオに視線を向けた。


「……、何故、そう思う?」

「……………、状況が似てるってかさー、ロンがマルシナ公爵じゃないのは分かってるけど………」


 ケラスオは言いにくそうに視線を彷徨わせている。


「そうですね。似過ぎて妃殿下はお辛いかもしれません」


 ユーリンもケラスオに追従するが、ロレンツオは何のことか分からない。首を傾げるロレンツオにユーリンは嘆息した。


「マルシナ公爵はノチナタ様がいながら国のための政略でラハメムト国のクイン王女と婚姻されました。ロンもカサリン嬢がいながら国のための政略でティーティア妃殿下と婚姻されました」

「私はマルシナ公爵のような暴君ではないぞ」


 ロレンツオは思わず言った。あんな所構わず血の繋がった娘を虐げる者と一緒にしてほしくない。


「ええ、けれど、妃殿下の父親はマルシナ公爵なのです。妃殿下の父親像はマルシナ公爵と言っていいでしょう。だから、子供も自分と同じような扱いを受けるかもしれないと思われるかもしれません」


 ユーリンの言いたいことはロレンツオも分かる。分かるが認めたくなかった。ティーティアとの間に出来た子供には愛情は持てないと思っていた。けれども王族として立派に育てるつもりだった。


「そ、それからさー、警邏がまとめた結果で」


 騎士団の中に警邏隊かある。警邏隊は市井の警備を行う部隊であり、騎士団に所属するケラスオは警邏隊から提出される書類を目にすることが多かった。


「虐待されている子供の親ってさ、夫婦仲が悪かったら子供にしてるのと同じように伴侶に暴力振るってることも多いんだ。それも子供の前で」

「マルシナ公爵ならあり得そうですね。だから、クイン王女は嫁いでから父王や兄王が来訪された時も出て来られ、いや出してもらえなかったのでしょう」


 ユーリンは報告書を読まないと分かりませんがと言ったがその可能性は高いと感じていた。


「で、俺たちが悪いんだけど叩いてしまったじゃん」

「ケラスオ、確かに私はティーティアを叩いてしまったが、あれが初めてだぞ」


 他に暴力など振るっていない。ロレンツオはそう自信を持っていうことが出来た。


「で、その、いや、それで…」


 ケラスオにしては歯切れが悪い。ロレンツオはそんな言いにくいことを自分がしてしまった覚えはない。


「警邏隊では相手を思いやらない子作りは強姦、暴力と見なされるんだ」


 同じく騎士団に席を置くバーランがため息と共に吐き出した。

 ロレンツオの顔から血の気が引く。お茶の湯気がある間だけの相手を気遣うことなどしない行為。確かに暴力と言われたら…そう…なの…かも…しれ…ない。


「それに俺たちはティーティアを冷遇していた。これも見えない力での暴力だ。サリアーチアを苛めていたティーティアには何をしてもいいと思い込んでいた。ユーリンの言う通り思い込まされていたとしてもしたのは俺たちだ」


 暗い目をしたバーランの言葉にロレンツオは反論出来なかった。全てその通りだった。



 激しいノックの後に衛兵が部屋に駆け込んできた。


「ロレンツオ殿下! マルシナ公爵が王太子妃の部屋へ私兵を連れて向かっています!」


 ロレンツオは顔を上げ、バーランたちを見た。バーランとケラスオは立ち上がり座るために外した剣を素早く装備している。


「行くぞ」


 ロレンツオたちは足音を響かせて部屋を後にした。

 過去はやり直せない。今は出来ることをするしかなかった。


 静かだった王太子妃の部屋の前は騒然としていた。


「私は父親だぞ。娘に会うのに許可がいるなどおかしいだろうが!」


 鼻息荒くマルシナ公爵が吠えている。マルシナ公爵の私兵と衛兵たちはまだ抜いていないが剣の柄を握って睨み合っていた。


「何事か!」


 ロレンツオは声を張り上げた。喧騒が静まる。


「ロレンツオ殿下、バーラン殿、奴らに下がるように言ってください」


 マルシナ公爵はロレンツオの姿を認めると嬉々とした声をあげた。


「マルシナ公爵、私の妃との面会は禁止されているはずだが?」

「それはおかしいでしょう。私はティーティアの父親ですよ。いくら陛下の命でも親が娘に会えないなんて」


 納得がいかないと首を横に振るマルシナ公爵にロレンツオは思わず嗤いそうになってしまった。


「それは確かにおかしいですね」


 嗤いを我慢してさも不思議そうにロレンツオが言うと、マルシナ公爵はそうでしょうとニンマリと笑っている。


「来訪されたラハメムト国の先王がご子女であるクイン様に何度も面会を申し込まれたのに自分に嫁いだのだからと拒否された方が自分の娘には会いたい、と」


 マルシナ公爵の笑顔が固まる。そして直ぐ様顔色が赤黒く変わった。


「過去の話などどうでもいいではないか! ティーティアは私の娘だ。会う権利がある」


 肩を怒らせ怒気を顕に叫ぶ姿にロレンツオは眉を寄せる。マルシナ公爵の過去の行いは省みず、望みだけを押し通そうとする姿はとても愚かで醜悪であった。


「その権利はない。妃は、ティーティアは、私に嫁いだ。貴殿がラハメムト国の先王や兄王にしたように夫である私が貴殿にはティーティアと会う許可を与えない」


 ロレンツオには自分にもその権利がないことは分かっていた。だが、マルシナ公爵だけは同じ夫としての権利で会わせないと言いたかった。


「それにマルシナ公爵令嬢を投獄したのは王妃殿下、王太子妃の権限では解放できない」


 ティーティアに会っても無駄なことを告げる。王妃より権限が強い者は限られている。そして、その者に目の前の男が頭を下げる気がないことも。


「ティーティアが王妃に掛け合えばよいのだろう。それくらいしか役に立たないのだ。何を愚図愚図しているあの役立たずは!」


 マルシナ公爵の地団駄を踏み叫ぶ姿はとても見苦しい。


「不敬だ。ティーティアは私の妃。私に嫁ぎ王族となった者を役立たずというとは」


 衛兵たちの雰囲気がより剣呑なものに変わる。ロレンツオの言葉一つでマルシナ公爵に斬りかかっていくだろう。その気配を感じ取ったのか、マルシナ公爵の私兵たちが微かにたじろいた。


「私も王族だ!」

「貴殿は臣籍降下の意味を正しく理解していないようだ。公爵位を賜った時点で王族から籍を抜き、家臣となっている。貴殿は王家の血は引いているが王族ではない」


 マルシナ公爵は一瞬呆けた顔をしたがすぐに憤怒の表情になりロレンツオに向かってきた。

 バーランとケラスオがロレンツオの一歩前に出て剣を構えていた。

 マルシナ公爵は剣先の一歩手前で立つと従うのが当たり前だと胸を張った。


「私は王であったムータムの息子だぞ!」

「私はそのムータムの曾孫であり、現王ラムス陛下の息子であり、ティーティアの夫だ」


 悔しげにマルシナ公爵の顔が歪む。先々王ムータムの威光はロレンツオには通じない。二代前の王の息子より現王の息子のほうが権力がある。ギリっと歯軋りの音が響いた。


「バーラン殿、娘が、サリが牢屋に入れられているのですぞ」


 マルシナ公爵は自分に剣を向けるバーランに縋るように声をかけてきた。


「はい、存じています。私もその場にいましたので」


 バーランは剣先をマルシナ公爵に向けながら淀みなく答えた。


「な、なぜ、助けなかった!」

「私はティーティア妃殿下とサリアーチア嬢が会わないようにロレンツオ殿下にお願いしてありました。サリアーチア嬢は()()殿()()()()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()殿()()()()()()ようになったと言われたのです」


「そ、そんなことくらいで!」


 マルシナ公爵の言葉にバーランは顔を顰めた。


「そんなことくらい? 王太子殿下の名を語り虚偽を口にしたのですよ。それも王妃殿下の前で。それをそんなことなどと。元王族なら名の重みは分かっておられるはずです」


 マルシナ公爵にとってはそんなことだった。父であったムータムの名を出したら大抵のことはどうにかなった。後で兄弟に色々言われることはあったが、ムータムは笑って許してくれていた。


「サリアーチアとの話は無しにさせてもらう」


 マルシナ公爵の言葉にバーランはフッと笑った。


()()()()()()()()を選ぶのなら父に絶縁を申し付けられております。大切な者のためにも騎士爵は取れるように頑張りたいと思っておりましたが残念です」


 マルシナ公爵は目を大きく開いてバーランを凝視している。自分の娘を選んでバーランが廃嫡になるとは思ってもいなかったのだろう。


「捕らえよ」


 ロレンツオは静かに命じた。

 マルシナ公爵はケラスオとバーランに剣を突き付けられ、私兵たちは大人しく衛兵たちに捕らえられていた。


「こんなことをして!」

「マルシナ公爵、貴殿を守っていたムータム曾祖父はすでに亡くなっている。貴殿を守る者は誰もいない」


 マルシナ公爵は口をパクパクして何か言おうとしているが言葉に出来ないようだ。


「牢へ。私は陛下に報告してくる」


 両腕を衛兵に抱えられマルシナ公爵は引き摺られていく。

 ロレンツオたちは踵を返し、国王の執務室に足を向けた。

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