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王太子 ーお茶会ー

 奇声をあげ暴れるサリアーチアは衛兵に猿轡と縄をかけられ担がれるという令嬢らしからぬ待遇で連れていかれた。牢屋まで人目のすくない道を行くだろうが、まったく人目が無いわけもなくこの話は瞬く間に貴族界に広がるだろう。王妃ニコラもロレンツオも箝口令を命じなかったから余計に。

 王妃ニコラは人員を増やしマルシナ公爵が来ても決して王太子妃の部屋には通すなと衛兵たちに厳命すると己の執務室に戻っていった。

 ロレンツオもいつまでもティーティアの部屋にいても仕方がないので衛兵に一つ命をくだし執務室に戻った。


「おっかね」


 ケラスオは、椅子にドサっと座り深呼吸をしていた。王妃ニコラの威圧も怖かったが、サリアーチアの筋の通らない話とあの豹変の方が恐ろしかった。


「バーラン、良かったのか?」


 ロレンツオはまだ顔色の悪いバーランに声をかけた。


「噂があったんだ」

「うわさ?」

「何かあると俺とロンの名を出して好き勝手してる令嬢がいるって」


 ロレンツオはそんな噂は知らない。


「確か…下位の貴族や力の弱い商人に多い噂でしたよね」


 ユーリンは知っていたようだ。


 本当にその者がロレンツオやバーランから名を使う許可を貰っているならそれを注意するのはロレンツオやバーランに対して不敬となる。許可を貰ってないなら悪用されるロレンツオたちが無能だと貶めたことになり、これも不敬となる。両方不敬になるのなら口を噤むことを選んでしまう。下位の者なら尚更。


「なんだ、それは……。だが、言われないと分からないだろう」


 ロレンツオはため息を吐いた。よい噂ではないのだから、早めに刈り取るのが一番だ。


「些細なことが多かったのですよ。場所とか順番とか、私たちならそうされて当然のようなことで」


 例えば行列が出来ている店。ロレンツオが現れたらどれだけ人が並んでいても最優先で入れるだろう。それは、ロレンツオの地位もあるが安全を配慮するためでもある。ロレンツオを並ばせて何かあった時、巻き込まれるのは身を守る術を持たない者たちだ。


「それにその令嬢がロンやバーランに縁のある者でしたから…」


 ロレンツオやバーランが名を使う許可を与えていそうな者ならそれは変わってくる。許可を与えてなくても周りが勝手にそう思うこともある。


「俺、困ったことがあれば俺の名を出せよ。とサリに言ってあったんだ。ロンに頼んでやるって」


 バーランの言葉に納得が言った。今回のように自分の思い通りにいかない時にサリアーチアがバーランとロレンツオの名前を出していたのだろう。


「バーラン、あれでもサリアーチア嬢と一緒になる気ある?」


 ケラスオは隣に疲れたように座るバーランに聞いた。


「父上にはサリと付き合うことも反対されてたんだ。マルシナ公爵と関わるつもりはない。て」


 バーランは膝に肘を付き重ねた手の上に額を乗せて項垂れていた。


「俺も鍛えてるから、一代限りの騎士爵くらいはなれると思うけどサリがそれで満足するか悩んでいた」

「マルシナ公爵家に婿養子に入ればいいじゃん?」


 ケラスオの言葉は尤もだった。マルシナ公爵家には後継ぎとなる男児はいない。長女ティーティアが嫁いだのなら次女サリアーチアが婿を取り後継者となるはずだ。


「マルシナ公爵が先々王ムータム様の遺産を相続される時に後継者はラハメクト国から嫁いできたクイン王女との子と決められています。クイン王女との間にはティーティア妃殿下しかいらっしゃいません。だからマルシナ公爵家はスイリル様一代限りの公爵家です」


 ユーリンは父である宰相からマルシナ公爵家はいずれ無くなる家だと聞かされていた。その理由も。


「なんだ、その理由」


 正妻に後継者となる者が生まれなかった場合、側室や愛人の子を後継ぎにするのはありふれた話だ。


「たぶん…、マルシナ公爵が正妻であるクイン王女と向き合うように作られたのだろう」


 ロレンツオはそう言うしかない。詳しい話はマルシナ公爵家の報告書を読まないと分からない。だが、先々王ムータムが亡くなったのはサリアーチアが生まれてから間もない頃だ。その頃には、もうマルシナ公爵の正妻の扱いが問題になっていた。という話を聞いている。


「マルシナ公爵も家の存続よりも恋人を取ったのか」


 ケラスオの言う通り、純愛を貫いたと言えば聞こえはいいだろう。だが、マルシナ公爵に嫁いでから亡くなるまで公の場に一度も姿を現さなかった正妻のことはラハメクト国との関係に亀裂を作った。ロレンツオとティーティアの婚約で亀裂を大きくしないようにしていたのにロレンツオがやらかした。修復不可能にしないためにロレンツオは盟約通りにティーティアを娶ることになり、それだけでは足りずアルシナとユーリンの婚約を解消させてしまった。


「ところで、ロン。カサリン嬢のところに行かなくていいのか?」


 バーランの言葉にロレンツオは首を横に振る。行く必要はあるが、今は動けない。


「マルシナ公爵は慌てて登城するでしょう」


 意図を察したユーリンがまだ静な廊下の方を見た。もうすぐ慌てた誰かがこの扉を叩くはずだ。


「(カサリンとの)話を中断したくないからな。公爵は王妃(ははうえ)の所に行かずにティーティアの元に行くだろう」


 マルシナ公爵は甥である王ラムスや王妃ニコラに頼んでも無理なことが分かっている。無理矢理にでも王太子妃の権限でサリアーチアを助けようとするだろう。


「うわっ、臥せてるのを叩き起こしたりは……」


 ケラスオは嫌悪で顔を歪めた。マルシナ公爵のティーティアへの態度は酷すぎる。それが分かっているから余計に。


「するだろう。サリアーチアの醜聞もある。少しでも早く牢から出したいはずだ」


 ロレンツオも顔を顰めた。マルシナ公爵が寝ているティーティアに罵声を浴びせ殴ってでも起こそうとするのが簡単に想像出来る。


「そういえば……」


 ユーリンが口を開いた。


「昔、お茶会でティーティア妃殿下がマルシナ公爵に踏みつけられた時がありましたね」


 ロレンツオたちは頷いた。



 まだマルシナ公爵家のお茶会に通っていた頃、別邸を抜け出してお茶会に参加しようとしたサリアーチアをティーティアが諌めたことがあった。()()()()()()()()()()()()()()()ティーティアはやんわりと別邸に戻るよう言っていた。

 そこにサリアーチアを探しに来たマルシナ公爵が現れた。涙ぐむサリアーチアを見ると憤怒の表情でティーティアの側に来るとその頭を鷲掴みして引き倒した。茶器が並ぶ机に激突した小さなティーティアの体を足で何度も踏みつけ怒声を浴びせていた。

 ロレンツオたちはあまりのことに動けず、見ていることしか出来なかった。

 ティーティアがぐったりしたのを見て満足したのかマルシナ公爵はお茶会の中止を告げサリアーチアを抱き上げて別邸に戻ってしまった。マルシナ公爵家の者たちはロレンツオたちを追い立てるように馬車に乗せ帰路につかせた。

 あの時のティーティアに非はなかった。けれど、ロレンツオたちはマルシナ公爵家の者たちのティーティアがサリアーチアをいつも苛めているからマルシナ公爵がああやって怒るのだという説明を素直に信じた。ティーティアは妹を苛める酷い奴だからそんな扱いを受けるのは当たり前だと。



 思い起こせばそれが如何に異常なことかが分かる。王太子の婚約者、それもまだ十歳にも満たない子供が暴力を振るわれて当たり前だと言う使用人も言われて信じてしまうロレンツオたちも。


「マルシナ公爵家の屋敷に入れたのは僕たちだけでした。僕たちはマルシナ公爵家に通う間に知らず知らずのうちに妃殿下はそんな扱いを受けても当たり前だと思わされていたのですね」


「確かに…、普通止めるよな。腐っても王太子の婚約者だぜ。父親でも大怪我させたら厳罰ものじゃん」


 ユーリンの言葉にケラスオも頷く。それにティーティアはただの婚約者ではない。盟約のための大切な婚約者だ。


「そういやー、あん時も次に会った時も、サリアーチア嬢、平然として何にも言わなかったなー」


 ケラスオの言葉にユーリンがそうですね。と相槌を打つ。ロレンツオはなんのことか分からず怪訝そうに訊ねた。サリアーチアが言うことなどあっただろうか?


「何をだ?」

「あの時、サリアーチア嬢がマルシナ公爵を止められなかったのは仕方がないとして、公爵と別邸にもどるサリアーチア嬢は()()で私たちに別れの挨拶をしていました。近くで姉がぐったりとして倒れているのに」


 ティーティアの心配を何一つせず父親に抱き上げられてご満悦な表情で去っていったサリアーチア嬢。苦悶の表情を浮かべ地面に横たわっているティーティアを視界に入れることなく何か言葉をかけることもなく。


 あはは。

 バーランが乾いた笑い声をあげた。


「伯母上の言う通りだ」


 バーランは投げやりに呟いた。


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