だが私は知っている。

作者: 天然ぽんこつラーメン熟

「エリザ!貴様との婚約を解消する!」


今日、貴族学院の卒業パーティが始まってすぐにステージに立ち、全員の前で堂々とそう宣言したのはこの国の皇太子アーサーだ。

婚約解消の理由は横に寄り添っている平民のアスカ嬢だろう。

アスカ嬢は平民だが十年前に蘇った魔王を封印するのに必要な光の属性を持つため、同じく封印に必要な火水風土の四大属性を強く使える皇太子とその取り巻き達と来たる時に連携を取れる様にと貴族学院に入学した。

そして皇太子を始めとした四人を攻略したのだ。


だが私は知っている。アスカ嬢が前世の乙女ゲー厶の知識をフルに活用して攻略したということを。

何故なら私も同じ乙女ゲームのヘビーユーザーだったからだ。


「貴様はアスカに嫉妬し暴言を吐き、アスカの母の形見を壊し、悪評を流すことでパーティで孤立させた!人類の希望たる者に対する仕打ちでは無い!何か言い分があるか!?」


これは昨今の悪役令嬢ざまぁ系に珍しいことに冤罪ではなく、嫉妬したという点以外ほぼ全部事実である。


だが私は知っている。エリザ様が暴言を吐いたというのは平民故に貴族の常識に外れる行為が多かったので指摘したのだが、それでも直さなかったので色々あって疲れたのもありキツい皮肉を言ってしまったことであり断じて嫉妬ではなかったと。

母の形見を壊したのはアスカ嬢が(故意に)転んで足下に投げ込んだのをうっかり踏んでしまっただけだ。

パーティで孤立させたのは、そもそも悪評は先も言った常識外れの行動を直さなかったせいなので自業自得だし、確かにパーティで孤立するよう誘導していたが、そのパーティで恥をかかそうと企む令嬢がいたのでなんなら感謝されてもいいと思う。


「アスカがこんなに震える位に酷いことをした自覚はあるのか!?これから後一年程で魔王が攻め込み、それを封印しなければならないと言うのに!」


アスカ嬢が皇太子に涙を流しながら抱きつくと、それをギュッと抱き締めエリザ様に向かって叫ぶ。


だが私は知っている。それがただの嘘泣きなのは勿論、魔王を封印する気なんぞサラサラ無く、隠し攻略キャラとして自分の逆ハーに加える気満々だということを。

何故なら私がヒロインを誘導するためサポートキャラという体で用意した偽マスコットにべらべらと喋っていたからだ。


「ふん!今頃自分が何をしたのか気付いてももう遅い!貴様がそのように震えて涙を流していようとも目障りだ!」


確かに今、皇太子の眼下でエリザ様は小さく震えながら目の端に涙を滲ませている。


だが私は知っている。正直皇太子のこれまでの会話が何一つ頭に入っておらず、ただ眠気を我慢するのに精一杯だということを。震えているのも涙も欠伸を堪えて倒れないようにしているだけなのだ。


「貴様にアスカが魔王を封印するためにしている努力が分かるか!?分かるまい!いつも教室で勉強しているだけの貴様には!」


アスカ嬢は勉強会や騎士団の遠征などに確かによくついて行った。


だが私は知っている。どのイベントもハーレム攻略の為に出ていただけであり、別に光の属性を高めるつもりは無かったことを。

何故なら元が平民なので学力は現代知識があればある程度免除され、魔王を封印しないなら光の属性なんて必要ないからだ。


「何も言い返さないがどういうつもりだ?まさか黙っていれば許されるとでも思っているのか!?」


先も言ったがただ眠くて話が頭に入っていないだけである。


だが私は知っている。そもそもエリザ様がこれほど眠いのは皇太子の婚約者として相応しい成績を取るための勉強だけでなく、誰かさんらが一人の小娘に夢中になって放り出した自分たちがやるべき仕事を全て一人でやってきたからであり、なんならここ一週間はこの卒業パーティの計画、手配、確認と重要な仕事を徹夜でこなしたせいである。それらに加えて元々抱えていたのっぴきならない事情により誰かさんらが攻略され始めた辺りからここ二年以上、慢性的な睡眠不足を抱えているのである。


「はっ!今更殊勝な様を見せたところで「もうこの茶番はお終いにしようか?」貴様……ようやく口を開いたかと思えば茶番だと?何様のつもりだ!」


エリザ様がここまできてようやく発言した。それを聞いた皇太子は不快そうに眉を顰めた。


だが私は知っている。今の発言の意味を。故にすぐさまその場で手に持つグラスを近くのテーブルに置きもせず平伏す。グラスに入っていたワインが頭にかかるがそんな事を気にならなかった。

何故ならその直後にもっと赤く、何より生臭い液体が降り注いだからだ。


「な……な……何が起きた……?」


皇太子が動揺するのも仕方がないだろう。

何せ壇上に立つ皇太子達五人とエリザ様、そして平伏した私以外の人間の上半身と下半身が突如別れたのだから。


だが私は知っている。これはエリザ様が十年間の努力が水泡に帰したということだと。


「エ……エリザ?エリザ!?なんだその姿は!?」


皇太子が叫ぶ視線の先には見事な金髪ドリルだった髪が漆黒のストレートに変わり、背中から片翼を生やしたエリザ様がおり、それをアスカ嬢の傍に控えさせたマスコットの視界で確認する。


だが私は知っている。その正体はエリザ様の肉体に宿った魔王様がその御力を表出させたものだということを。

何故なら私は偶然エリザ様が呟いた言葉でこの世界にないチェスを知っていると知り、ついこの世界によく似た乙女ゲームについて話してしまった。その為に毎晩翌日の身体の所有権について魔王様を前回封印した異世界人から教わったチェスや将棋、オセロなどで勝負をしており、魔王が復活した八歳の頃から私がエリザ様と出会った十二歳までただの一度も所有権を譲らなかったことを知り、そして十八歳の今日まで人類を守る為にエリザ様と協力していたからだ。


「まさか……その姿はジェラール様!?ジェラール様なのですか!?どうしてそんな女なんかn」


乙女ゲームの情報を持つアスカ嬢はすぐに魔王様のことに気付いたようだが、何事かを喚いている内に頭部を破裂させられて死んだ。その時点で魔王様を封印することが出来なくなったので人類の滅亡が避けられなくなったが、その事にまだ気付かない皇太子達は突然の最愛の少女の死とよく知っているはずの少女の急変に動揺している。


だが私は知っている。当時八歳にして前世の記憶があるわけでもない少女が魔王を封印することの重さを理解し、しかし魔王に目を付けられた私と出会うまでそのことを周囲に話すことを禁じられた少女が最後まで皇太子を、自分の婚約者を信じていたが故にこうなってしまったということを。


「ふむ、やはり人間は醜いな……。さて小娘、そして異世界人、そなたらだけはこれまでの頑張りに免じて生かしてやろう。拒否権は無いがな。ああ、だが勝手に私の姿を見た罰は与えてやる」


結局最後まで行動を起こせなかった皇太子達を埃を払うようにして殺した魔王が特に私を見るでもなく独り言の様にそう言うと私の左目が爆ぜた。


だが私は知っている。ここで叫べばもう片方の目も潰されかねないと。そして生かされるのは慈悲でもなんでもなく、魔物を召喚して人類を皆殺しにするが私たちに最後まで足掻けということであり、自死すらさせないということであると。

何故なら魔王は私が知ってる乙女ゲームと違い、よくある漫画のように事情がある実はいい人とかではなく、ただの極悪非道、残虐で邪悪な存在であるとこれまでの付き合いでエリザ様も私も十分に理解しているからだ。


「何が貴様らに最後までこやつらを信じさせたが分からぬがまあいい。十年もお預けを食らったんだ、まだげえむは終わらせんぞ」


そう言って魔物を王都中に召喚すると魔王様はエリザに身体の主導権を戻した。

先も言った通り、魔王様を封印するにはあんなのでもあの五人の力が必要だったのだ。それまでエリザ様はいつまでも勝負に勝ち続けるつもりだったのだ!


だが知っての通り、あの馬鹿共はエリザ様の期待を裏切った。弾劾の間エリザ様はひたすら眠気に耐えていると言ったが、正確には眠ると魔王が人類の醜さとそれ故の滅亡を唆すのだ。だから頑張って耐えていたが皇太子達の一方的な弾劾でエリザ様がほんの一瞬だけ絶望してしまい、魔王様が少し表出した。そしてその一瞬、少しだけで封印するための希望はこのザマだ。


そして、これから始まる人類の、そして私たちの地獄がどれほどのものか……私は知らない。