勇者召喚したらヤンキーどもが出てきてマジどうしよう

作者: 馬場翁

 その日、王国に激震が走った。

 召喚の間に漂う尋常ではない緊張感。

 さながら戦場を思わせる張り詰めた空気に、居並ぶ王国の精鋭の騎士たちも知らず唾を飲み込んだ。

 彼らの視線の先には、悪鬼羅刹を体現したかのような、恐ろしい威圧感を放つ男たち。

 異界より勇者として召喚されたはずの彼らだが、その身にまとうのはむき出しの暴力的な気配。

 魔を討つ勇者のはずなのに、むしろ魔そのものといったオーラをまとっているのはどういうことなのか。

 王国の人間は知る由もない。

 召喚された彼らが、日本という異世界の国で何と呼ばれる人種であるかを。

 彼らはこう呼ばれている。

 不良(ヤンキー)と。




 事の起こりは数年前。

 突如として魔王を名乗る魔族が人間の国へと宣戦布告した。

 その国は非常事態として他国に支援を要請したが、どの国も手を差し伸べることはなかった。

 あわよくば魔族とその国で共倒れしてもらい、労せずして土地をかすめ取ろうと画策していたのだ。

 そのため、各国は魔族の侵攻という未曽有の事態に対して、協力するどころか裏で牽制合戦を繰り広げていた。


 慌てたのは魔族の国と接する宣戦布告された国。

 他国は当てにできず、かといって自国の戦力だけでは魔族に対抗することはできない。

 国は最後の手段として、古くから伝わる秘術、勇者召喚に踏み切った。

 勇者召喚は異世界から人間を召喚し、召喚した人間に莫大な力を授けるという儀式。

 どういうわけか召喚された人間にはチート能力と呼ばれる強力な力が付与されているのだ。

 そして召喚されたのは、コウコウセイと呼ばれる少年少女たち。

 彼ら彼女らは窮状を訴える国のために武器を取り、魔族との戦いに身を投じていったのだ。


 今度は他国が慌てる番だった。

 それまで劣勢だった国が、勇者召喚によって戦況を立て直し始めたのだ。

 それどころか、日々成長していく勇者たちの力によって、魔族を倒してしまいかねない勢いであった。

 それでは困るのが初めにそっぽを向いた他国。

 窮地に助けをよこさず、それどころか国が滅びた後にかすめ取ろうと画策していたのだ。

 もしこのまま魔族を退けてしまったら、勇者たちの力がどこに向くのか。

 考えれば自明のことであった。


 そこで、王国はあることを思いついた。

 ならば我が国も勇者を召喚してしまえばいいと。

 同じ勇者がいれば、同等に渡り合える。


 そして王国で勇者召喚が行われることになったのだが、ここで王国は一計を案じた。

 ただ無作為に召喚するのではなく、御しやすく強い人間を召喚しようと。

 それまであった召喚の術に改良を施し、呼び出す人間をある程度指定する。

 こちらの言葉を鵜呑みにする御しやすい人間がいいということで、頭が悪い人間を。

 先に召喚された勇者よりも強い人間を。


 そして召喚したのだ。

 してしまったのだ。

 不良(ヤンキー)どもを。

 そして冒頭に戻る。


「なんだこりゃ!? ドッキリか!? ドッキリなのか!?」


 いきなり異世界に召喚されれば不良(ヤンキー)だろうが慌てる。

 しかしそこは普通じゃない不良(ヤンキー)

 呆気にとられたのも一瞬、それぞれ行動を開始する。

 大声を上げたのは南という名の不良(ヤンキー)

 南は一言で言えばバカ。

 二言で言えば猪突猛進のバカ。

 要するに考えなしに突っ込むバカ。

 バカバカ言われて可哀そうなくらいのバカ。

 粗野で乱暴者ゆえに愛すべきという冠言葉さえつかない可哀そうなバカ。

 そろそろバカがゲシュタルト崩壊しそうなくらいのバカ。


 突如大声を出した見るからに危なそうな外見の南に、王国が誇る騎士の反応は見事なものだった。

 瞬時に槍を突き付け、その動きを止めようとした。


「何だテメエ? コスプレか? コスプレ野郎が、やんのか? あ?」


 見事すぎたがゆえに、南の逆鱗に触れる。

 本物の槍だなんて思っていない南はそれを素手で引っ掴み、勇者としての力でボッキリと叩き割る。

 それに飽き足らず、騎士との距離を詰めてその頭をホールドし、強烈な頭突きをお見舞いした。

 フルフェイスの兜をかぶった騎士にである。

 恐ろしいことに金属の兜がひしゃげ、騎士は昏倒した。


「コスプレ野郎がいきがんじゃねえよ」


 倒れた騎士に唾を吐きかける南。

 コスプレじゃないし。

 それすらもわからないバカだからしょうがない。


「南、ちょっと黙れ。事態をややこしくしてんじゃねえよ、バカが」


 さらに他の騎士に食って掛かりそうな勢いの南に待ったをかける声。

 冷たい眼光が南のことを射抜く。

 その眼光と常に冷静なその態度から、永久凍土とも言われる男、北だ。


「北ぁー。誰がバカだって? あぁん!?」


 その北の眼光にひるむことのない南。

 二人は互いに目をそらすことなく睨み合う。

 猪突猛進の南と、冷静沈着な北。

 二人はその正反対の性格からか、ことあるごとにぶつかり合っていた。

 二人を中心に、周りの不良(ヤンキー)たちも二手に分かれて睨み合う。

 この時点で王国の面々は空気と化していた。


 そんな二人をニヤニヤとしながら見つめる男、名を西。

 南と北のどちらにもついていない第三勢力、それをまとめ上げる男。

 その性質を一言で表すならば狡猾。

 南と北に視線が集まる中、状況の把握と自分がどう動くのが最善かを頭の中で目まぐるしく考えている。

 ほとんどの不良(ヤンキー)たちが周りのことを忘却の彼方に追いやってしまっている中、きちんと現実を見ている数少ない男の一人だった。

 不良(ヤンキー)校に通っているからと言ってバカばっかりではない。

 王国が指定した頭が悪いという条件は、平均値であって、中には西のような切れ者だっている。

 平均を著しく下げているバカがいるのだ。

 誰とは言わないがものすごいバカが。


 南と北の一触即発の睨み合いは、ドゴーンという爆音によって終わりを迎えた。


 誰もが音源の方に振り向く。

 そこには、拳を振りぬいた姿勢で佇む一人の巨漢。

 お前本当に高校生か? と問い質したくなるようなゴツメンがそこにはいた。

 彼の名は東。

 南、北、西の三人がそれぞれの派閥を形成する中、どの派閥にも属さぬ一匹狼。

 それでいて、タイマンであれば最強と噂される男。


 東の拳の先には何もない。

 そこにあったはずのものが、東の裏拳によって破壊されてしまったがために。

 そこには本来柱があるはずだった。

 しかし、今残っているのは柱の残骸。

 どれほどの力でぶん殴ればそうなるのか、柱の背後にあった壁に砕け散ったその残骸が散弾のごとく突き刺さっている。

 幸いそこには誰もいなかったためにけが人はいなかったが、その壁のすぐ近くにいたドレスを着た幼女が、ヘナヘナと腰を抜かして座り込んでしまった。


「東、お前ついに人間辞めたか?」


 南が代表して口を開く。

 それに対して東は無言。


 柱を粉砕した時の轟音でかき消されてしまったが、東は「静かにしろ!」と叫んでいた。

 柱を叩いたのはただ単にすぐ近くにあったため。

 特に意味はない。

 西同様、東もまた、急に教室からこのどこぞのヨーロッパの城みたいな場所に転移したその状況を把握しようと努める一人だった。

 だというのにバカどもが普段通りに喧嘩をおっぱじめようとする。

 それにキレて黙らせようとしたのだが、効果がありすぎだった。

 

 シーンと静まり返ったその場で、東は助けを求めるように周囲を見回す。

 そして、偉そうな王様っぽいのと目が合った。

 王様っぽいのではなく、正真正銘王様なのだが。


――どうしよう?

――儂に振らんでくれ


 言葉はなかったが、二人の気持ちが通じ合った瞬間だった。

 その東の目線につられ、不良(ヤンキー)どもが一斉に王様に視線を向ける。

 勇者とは思えない、むしろお前らが魔王だろと言いたくなる無数の眼光にさらされ、王様は乾いた笑いを漏らした直後、意識を手放した。





 こうして伝説は幕を開けた。

 開いちゃいけない伝説の幕が。


 この後、彼らはいろいろな伝説を残すことになる。

 南が魔王とタイマンで勝負し、その後意気投合して杯を交わし合ったり。

 北が先行していた召喚勇者たちの前に立ちはだかったり。

 西が王国を裏から牛耳ったり。

 東が幼女と一緒に旅に出ることになったり。

 とにかく碌な伝説は残らなかったとだけ言っておこう。

続かない