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第十三話 《支配者の指輪》

「ア、アルマ殿、本当に都市ズリングと交戦するつもりなのかい?」


 ハロルドが不安げにアルマへ尋ねる。


「むしろ、そうしないためにもゲルルフの奴をぶっ倒す必要がある。ゲルルフが《ヤミガラス》が戻ってこないことを疑問に思う前に、こっちからズリングに向かって奴を叩いてやるのさ。ゲルルフが悪魔との契約者であった事実は、奴の拠点を暴けばいくらでも出てくるはずだ」


 ゲルルフの拠点には、人道に反したアイテムがいくつも残っているはずだ。

 ゲルルフは大物である。

 力で彼を倒したとしても、その後に都市ズリングがハロルドの村に牙を剥くことにだろう。

 だが、ゲルルフを捕らえて彼のしてきたことを白日の許に晒せば、都市ズリングのその後の暴走を未然に防ぐことができるはずであった。


「アルマ殿……ゲルルフを、倒していただけるのですね!」


 フランカは檻の中より、期待した目でアルマを見た。


「今のところはそのつもりだ。悪魔と契約して暴走している錬金術師なんざ、あんまり長々放置しておくわけにもいかないからな。ただ、タイミングがちょっと問題かもしれん。それによっては、俺も取れる手が限られてくる」


「タイミング、ですか?」


「フランカ、都市ズリングで、ゲルルフが大衆の前に立つような行事はあるか? なんでもいいんだ。何かの定期行事の最後に必ず顔を見せるだとか、そういったものでもいいんだが」


「え、ええ、ゲルルフは毎月の決まった日に、都市ズリングの人間を自身の宮殿前に集めて、テラスより演説を行うのです。ですが、それが一体どうしたというのですか?」


「……まぁ、やっぱしやってるよな。いや、ゲルルフが悪魔との契約者なら、やっていない理由がない」


 アルマの言葉に、フランカが首を傾げた。


「えっと……ゲルルフが演説を行っていることを、知っておられたのですか? 演説はいつも、都市の今後の方針だとか、錬金術の大切さについて説いていましたが……」


「演説は大衆を集めるための方便だ。内容なんざ、どうでもいいんだ。違和感はなかったか? ゲルルフは、小まめに大衆のためにご高説を垂れるような男か? 聞いている限りだと、冷酷で自分の利益でしか動かないような奴だと思っていたんだが」


「それは、支持を得るためかと。ゲルルフ自身がそのように口にしていたのを聞いたことがあります。実際、ゲルルフの演説には、ズリング中の人間が集まっているのではないかというほどに大勢が押し寄せるのです」


「都市の方針や錬金術にそこまで関心のある住民がどれだけいるっていうんだ? 都市ズリングの人間だって、都市の今後を考えるより、自分の生活のことで精一杯の奴が大勢いると聞いてるぜ。錬金術だって、大雑把な演説を聞いただけでそう簡単に使えるようになるもんじゃない」


 この世界では月の光によって魔物が無限に生み出されるため、人類の生息圏が圧迫されている。

 一般人にとっては各都市間を気軽に行き来することさえ難しい。

 ちょっとした狩りを行うにも命懸けである。

 特別なスキルを有している人間が複数存在して、初めて安定した人間社会が成立する。


 当然、大都市とはいえ貧富の格差は激しい。

 自分の生活を守るのに精一杯な人間たちが、わざわざゲルルフの毎月の演説に時間を割きに来る。

 それ自体が異様なことなのだ。


 錬金術の話にしてもそうである。

 いくらゲルルフが錬金術の重要さを説こうと、それで都市内の錬金術師が急増するわけがない。

 錬金術を本格的に習得するには師の存在がほぼ不可欠である。

 そこに本人自身の素質も絡む上に、様々な素材やアイテムが手に入らなければまともに修練を行うことさえできないのだ。

 そんな環境に置かれている人間ならば、ゲルルフに言われなくても自然と錬金術師を志しているだろう。


 ゲルルフにとっても話す内容はなんでもいいのだ。

 肝心なのは、人を集めるための名目があるということだ。


「で、ですが、実際に集まっているんです! ゲルルフが上手くやっている、としか……」


「《支配者の指輪》だ。悪魔と契約した人間だけが錬金できる、対大衆用の洗脳アイテムだ」


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《支配者の指輪》[ランク:8]

 悪魔の魔力によって変異した、青黒い宝石の付いた指輪。

 言葉に魔力を乗せ、聞いた相手の畏怖の感情を掻き立てることができる。

 相手によっては、ほぼ初対面であっても自身の言いなりにすることさえ可能である。

 この効果は時間経過によって薄れる他、この指輪が破壊されたときに解除される。

 この指輪を欲して、悪魔の伝承に縋った権力者は数知れず。

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 この《支配者の指輪》は高ランクのアイテムだ。

 悪魔の力を借りて造り出したものとはいえ、ネクロスのような三流だとは思えない。


 これでゲルルフが悪魔との契約者であることが完全に確定した。

 フランカがスパイとしてゲルルフの部下として入り込んでいた、というのも本当の話だと信じていいだろう。

 フランカはゲルルフから悪魔のことを聞かされていなかったようであるし、アルマに対してさすがに情報を開示しすぎている。


 思考を誘導するために情報を小出しにしてアルマに推理させたとはとても思えない。

 それはアルマの、悪魔に対する知識を事前に把握していなければできないことだ。

 ゲルルフがフランカを通してアルマを騙そうとしている可能性は限りなくゼロに近い。


「《支配者の指輪》の効き目には個人差があるが、無警戒な一般人相手なら七割には自身へ陶酔させることができるだろうよ。都市を支配するには充分すぎる数字だ。毎月演説を行うのは、《支配者の指輪》の洗脳効果を途切れさせないためだ」


「……妙だと思ったことはありました。ゲルルフからどれだけ黒い噂が上がっても、表立って批判する人間は本当に少数なのです。大半の人間は、そういった話を耳にしても、まるで気にも留めない様子なのです。てっきり、恐怖政治が機能した結果だと思っていましたが。しかし……そのことと、先に口にしていたタイミングとやらに、何の関係が?」


「居住奥にいるゲルルフに攻撃を仕掛けるのは得策じゃない。それに、奴をとっちめるなら、それと同時に大衆の目にゲルルフが悪魔と契約していたことを明らかにしたい。そうなると、俺が攻められるのは演説の日だけだ。ただ、演説の日があまりに遠いと、それまでにゲルルフはこっちの動向を察知して何か手を打ってくるだろう。そうなると、村が危険に晒される可能性だって跳ね上がるし、演説の日に罠を張ってくるかもしれない。タイミング次第では、こっちの取れる動き方が変わってくるって話だ」


「えっと……次の演説は、確か四日後になるかと」


「よ、四日だと!?」


 アルマは髪を掻き、溜め息を吐いた。


「アイテムの準備に、移動時間に情報収集も必要だっていうのに……四日か。ちっと時間がないな」


 だが、だからといって次の演説まで先延ばしにしていれば、間違いなくゲルルフにオルランド一派の《ヤミガラス》を捕らえていることが伝わってしまう。

 そうなれば警戒態勢に入られてしまう上に、あちらからまた何か手を打ってくることが考えられる。


「……ひとまず四日後を決戦にするしかないな。クソ、村人にある程度は手伝ってもらえるにしても、アイテムの準備が間に合うかどうか怪しいが」


 アルマは顔を押さえて溜め息を吐いた。


「わ、私も、一般人よりは錬金術師に心得があるかと。信頼していただけるのでしたら、お手伝いをさせていただきます」


「そうだな……なら、フランカにも手伝ってもらおう」


 だが、それでも全然時間を補える程に人手があるとは言えなかった。


「あ……そういえば主様、もっと錬金術に詳しそうな子いたじゃん」


 メイリーがふと思い出したようにそう口にする。


「錬金術に詳しそうな奴? 誰のことだ?」


「ほら、あのゾフィーって子」


 メイリーの言葉を聞き、アルマは露骨に表情を顰めた。

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