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第十一話 方針

「どうしたもんかねぇ……」


 アルマは客間にて、ハロルドと顔を合わせて溜め息を吐いた。


 ひとまず《ヤミガラス》一派との面会は中断することになった。

 あのままだと激怒したオルランドがゾフィーを殺しかねない勢いだったからである。

 ひとまず全員を別の牢へと入れることになったのだ。


 《ヤミガラス》を捕虜にゲルルフと交渉する選択肢を残しておかなければならない。

 下手な扱いをしていれば不利に働く場合もある。

 そのため極力待遇を良くしておいた方がいいとは、ハロルドの提案である。


「話を聞いたところ、オルランドはゲルルフの信頼を得ている側近だったそうだ。他の《ヤミガラス》達も同様、ゲルルフにとって無価値な人間だとは思えない。特にゾフィーはゲルルフの愛弟子だそうだから、捕虜としての役割には期待ができるよ」


「アレの性格を見るに、どうだかなぁ……。あそこまで強力な印象の奴は、俺の中じゃお前のお友達だったヴェイン以来だぞ」


「さ、さすがにあの人は、あの子ほどじゃなかったと思うけれど」


 アルマの軽口に、ハロルドは気まずげな苦笑いを浮かべてそう返す。


 アルマも無論本心ではない。

 ヴェインはただの考えの足りない小悪党程度にしか捉えていなかったが、ゾフィーに対しては恐怖心を抱いていた。


「錬金術師って、ヘンな人多いよね」


 メイリーはバケツに並々と入れたパフェにスプーンを伸ばし、アルマとハロルドの会議を流し聞きしていた。

 アルマはムッとした表情でメイリーを睨んだが、彼女には何も言わず、ハロルドへと視線を戻した。


「ハロルドは、どうにか《ヤミガラス》を使ってゲルルフと和解すべきだって考えでいいんだよな」


「そうだね。他の手がないわけじゃないけれど、一番穏便な手だとは思う。交渉している間に時間を稼げるはずだし、その間にゲルルフもアルマ殿の保有戦力を知って、下手にぶつかるのは損だと考えてくれると思う。まともに戦えば双方が損をするとわかっていれば、少なくとも一旦は手を引いてくれるはずだよ。今回安易に仕掛けてきたのは、アルマ殿の規格外さを向こうが見誤っていたのだろう」


 ゲルルフは攻撃的で、手段を択ばない危険な男だ。

 だが、ただの馬鹿ではない。

 現状について詳しく知れば、攻撃的な姿勢を和らげてくれるはずだ、というのがハロルドの考えだった。


「……ただ、向こうが安易な暗殺に出てきたという事実が、お互いの選択肢を狭めているね。僕としては、あれだけ余裕があったならば、彼らが凶行に出ないように牽制してほしかったよ。それでもお互い情報がないまま手探りで抗争を続けるよりは、形だけでも今回の騒動について一度和解した方が双方の領地に無用な被害を出さずに済むと思う。現状、急いで仕掛ける必要はないはずだ」


「なるほどね。ただ、不安要素を残し続けることには変わりないわけか。ゾフィーの案に乗って、オルランド一行は落下事故で行方不明になったと報告してもらって、二重スパイとして暗躍してもらうのはどうだ?」


「……本気で言っているのかい? う、う~ん……ま、まぁ、真面目に考慮すれば、確かに成功すれば、こっちの情報が一切相手に入っていかないし、向こうも側近と天空艇を無意味に失ったダメージが大きいだろうから、しばらくは動かなくなりそうだね。あとはあの子の活躍次第で、いくらでもアルマ殿の一件を後回しにしてもらえるように誘導できるかもしれない。その間、定期的に情報をもらい続けられると思えば、リターンは大きいね。裏切られても、そこまでのリスクがあるわけではないし。せいぜい捕虜が一人減るのと、こちらの情報が向こうに渡ることくらいだけれど……《ヤミガラス》が戻らなければ、結局こっちの実態は、ある程度は遅かれ早かれ掴まれることになる」


 ハロルドが顎に手を当てて考え込む。


「いや……悪い、冗談だ。そこまで考えてくれるとは思ってなかった」


 ハロルドが目を細め、ジトっとした視線をアルマへと送った。

 アルマは頭を掻いて苦笑いを浮かべた。


 アルマとしては、ゾフィーには絶対頼りたくなかった。

 確かにハロルドの話を聞けば、思いの外、悪くない選択肢であるようには感じた。

 ただ、思わぬ方向で、凄まじいマイナスに働きそうで怖いのだ。

 悪意的か善意的かはさておき、何かやらかしそうに思えてならなかった。


「まどろっこしくない? 都市ズリングに行って、ゲルルフを捕まえてボコボコにすればいいんじゃないの? ボク、手伝うよ」


 メイリーが指についたクリームを舐め取り、アルマへと顔を向けた。


「……ゲルルフは、本当に底の見えない男なんだ。それに、この大陸の覇権であるリティア三都市同盟の事実上のトップでもある。黒い噂こそ絶えない人物ではあるが、彼をどうこうすれば、相応の反発があることが予想される。もしかしたら、都市ズリング全体が兵を上げての攻撃に出てくるかもしれない。争いは、争いを生むだけなんだよ。潰して禍根を断つという考えもあるけれど、それを完全に徹底するには、無実の人を大勢手に掛ける必要が生じる。どうしようもないというのなら、それでも戦わないといけないときだってあるだろう。だけれど、今回がそうだとは僕は思ってはいない。避けられる争いは避けるべきだと僕は考えるよ。もっと言えば……」


 ハロルドが喋っている間に、メイリーはがくんと肩を揺らし、目を閉じた。

 はっと素早く目を見開き、首を左右に振った。

 手の甲で、涎を拭う。


「えっと……何の話だっけ?」


「……と、とにかく、力押しは最後の手段にするべきだっていう話だよ。相手が大きすぎるんだ。少なくとも、都市ズリングの住民の大部分はゲルルフを支持しているわけだからね。彼を倒しても、それとは別に都市全体を敵に回すことに繋がりかねない。大衆が一聞で納得するような、よっぽどわかりすい大義名分でもない限りね。そして、そんなものは現実的ではないっていう話だ」


「ふうん、残念。主様、ゲルルフの持ってるアイテムに興味津々そうだったのに」


「そんな理由でゲルルフと抗争を始めようとしないでね……」


 ハロルドは肩を落とし、弱々しい声でメイリーへとそう言った。


 アルマとしては敵意剥き出しのゲルルフ相手にちまちま動いていたくはないし、またゲルルフの抱え込んでいるアイテムに関心があるのも事実であった。

 ただ、ハロルドの言った通り、下手に動けば都市ズリングと村の間で戦争になりかねないリスクがある。

 それを承知の上でゲルルフを叩こうとまでは思えなかった。


 ハロルドの言う、大義名分は重要だ。

 アルマが暗殺され掛けた、くらいであれば、後に起こる戦争のリスクを完全に抑えることはできない。

 下手にゲルルフを倒せば、ゲルルフの後釜を狙う者達が、大義名分をでっち上げて都市ズリングの民を率いて攻め込んでくるかもしれない。

 それを回避するためにも、ハロルドの言う通り、ゲルルフを攻撃する際には、その理由は大衆が一聞で納得するようなものでなければいけないのだ。


 ハロルドの言う通り、普通に考えれば、そんな都合のいい大義名分は存在しない。

 しかし、少しそれに関連することで、引っ掛かることがあった。


「あるかもしれねぇな、わかりやすい大義名分」


「アルマ殿……?」


「ゲルルフについて、捕虜達一人一人からあれこれと教えてもらう必要がありそうだな。オルランド……は、まあまあ口が堅そうだな。ゾフィーは気色悪いから避けたいし、別の三人から当たるか」


「気色悪いって……まぁ、その気持ちは理解できるけれどさ」


 ハロルドが苦笑する。

 そのとき、ギイと扉が開いた。

 扉の隙間から、ひょこっと金色の首が伸びる。

 ホルスである。


『アルマ様! 捕虜の一人が、アルマ様方と秘密裏に話がしたいと言っております。いかがなさいますかな?』


「……またゾフィーじゃないだろうな? あいつの話なら、お前が適当に聞き流しておいてくれ。俺は面会しねえぞ」


 アルマはうんざりとした表情で答えた。

 最初の尋問が終わった後、ゾフィーから何度もアルマ指名の個別の呼び出しが来ていた。

 取り引きがあるだの、話したいことがあるだの、弟子にしろだのとずっと騒いでいるのだ。


『いえ、そちらからも当然来ておりますが……フランカという女からも来ていますぞ。《ヤミガラス》の副隊長だそうですが、少々複雑な立場にあるようですな』


「ほう……。話を聞きにいかせてもらおうじゃないか」

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