第八話 凶刃のオルランド
深夜、アルマの自室の扉を叩く音がした。
『アルマ様、アルマ様! 私ですぞ、ホルスです! 夜分遅くに失礼いたしますぞ!』
アルマは目を覚ましてベッドから降りて、扉を開けてホルスを招き入れた。
「ふぁああ……俺を起こしに来たということは、連中に動きがあったか?」
ホルスはビシッと翼を伸ばし、小さく二度頷いた。
『はい、アルマ様! 連中は一つの部屋に集まって、どうにもアルマ様の暗殺を企てているようでした。ひとまず行動するまでに時間はありそうでしたので、こちらへご報告と同時に、アルマ様の護衛に向かわせていただきましたぞ』
ホルスはシュッシュと、翼で宙を打ってシャドーボクシングを始める。
「ご苦労、メイリーは一度眠ったら簡単には起きないからな」
アルマの時計塔は、全ての客間にあるアイテムを設置していた。
《
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《
可愛らしい兎の置物。
長い垂れた耳で拾った音を、半径五百メートル以内の対応する《
簡易の通信手段として用いることができる。
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《監視鏡》[ランク:3]
映している光景を、半径五百メートル以内の対応する鏡へと映し出すことができる鏡。
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要するに監視カメラセットである。
アルマの時計塔には監視室があり、全ての部屋の映像と音声を確認することのできる場所がある。
大量の鏡と鼠の置物が並んでいるのだ。
マジクラではもっと高価なアイテムで効率的なセキュリティーを行っていたが、まだこちらの世界では充分な素材や金銭が手に入っていないため、間に合わせとしてこのアイテムを採用している。
オルランド達が泊っている夜の間、ホルスとアヌビスに交代でチェックしておいてもらえるように頼んでいたのだ。
「錬金術師を相手の拠点で仕留めようだなんて考えの甘い奴らだ。多少錬金術に心得のある奴らみたいだったから、鏡に布を被せるくらいの対策はやってくれると思ったんだがな。こんな簡単に盗聴させてくれるんだったら、仕掛け甲斐がないってもんだ。チッ、せっかく頑張って揃えたアイテムの効果を発揮できる場面だったのに」
『……どこを悔しがっておいでなのですか、アルマ様?』
「マジクラプレイヤー……錬金術師はな、途中からアイテムを集めることそれ自体が目的になってくるんだよ。自己目的化って奴だな。苦労して武器に付与したルーンの効果が結局全然発揮されてなかったり、なんてよくある話だ。それにふと気が付くと、虚しくなって使い道を求めちまうんだ」
『なるほど……?』
アルマはホルスと並んで、監視室へと移動した。
「しかし、予想はできてたが、いきなり盛大に裏切ってくれたな。さすがに大都市相手に対立なんてしたくなかったんだが、こりゃ避けられそうにないか。まぁ、ハロルドも納得はしてくれるだろうがな」
アルマはポリポリと頭を掻いた。
「悪意の都市ズリング……あそこが攻撃を仕掛けてくるなら、相当尾を引く事態になっちまいかねねぇな。なにせ、相手は個人じゃない。ゲルルフが早とちりして表立った攻撃を仕掛けてこないように、こっちから対策を打ってやる必要がある。一歩間違えれば大惨事になりかねない」
『と、言いつつ、アルマ様、少しばかり足が弾んでおりますな』
ホルスがちらりとアルマの足許を見る。
「これで奴らに《空のコア》を返す義理がなくなったからな。喜べホルス、この村に天空艇が一隻増えるぞ。《空のコア》は造るのが本当に手間なんだ。やっぱり資産が少ない内は、背伸びして無理に造るより他所から奪い取った方が早くていい」
アルマが口端を歪めて笑った。
『な、なるほど……さすがアルマ様』
「それに、元々トラブルなく仲良くやっていけそうな相手だとは思えなかったからな。ハロルドは様子見に徹して欲しかったらしいし、その考え方もよくわかってるつもりだ。ただ、俺としては悩みの種はなるべく早めに潰しておきたかった。……そういえば、暗殺計画以外に、何か変わったことは口にしていなかったか?」
『む……そういえば、ゾフィーという金髪の娘が』
「ああ、いたな。そいつがどうした?」
『アルマ様を、殺すのではなく手足を落としてから持ち帰るべきだと主張しておりました』
「よし、聞かなかったことにしよう」
アルマは監視室に辿り着いた。
監視室内には、いくつもの《監視鏡》と《
《
こうすることで、聞きたい部屋の音声だけを拾うことができるのだ。
鏡の一つでは、オルランド
『良い時間だ。そろそろ向かうとするぞ。この塔の設備は異様だが、戦力は大したものではない。本体はヒョロヒョロの小僧であるし、付き人は竜人とは言え小娘だ。他の使用人など、どうやら悪趣味な金ぴかの鶏と犬っころで賄っている様子。入ってしまえばこっちのものというわけだ。このオレの剣技で、全員食肉にしてくれるわ』
『あ、悪趣味な金ぴかの鶏ですと!?』
ホルスは憤慨したように、バシバシとオルランド達の映っている鏡を翼で打った。
『しかし、油断は大敵だ。準備を怠って大事を成した者はおらん。万が一仕損じそうなときには塔内に火を放つのだ。そのどさくさに紛れてやるぞ』
「……よくそんな杜撰な行き当たりばったりで、準備が大事だのと宣えたものだな」
アルマは溜め息を吐いた。
『アルマ様! このホルス、辛抱なりませんぞ! 奴の相手は、わたくしめにお任せを!』
「ホルス、奴らの会話って録音できてるか?」
『む? ええ、はい。途中からですが、《メモリークリスタル》で。映像も鏡越しにですが、残せているはずですぞ』
「そうか」
アルマはそう言うと、机の上に埋め込まれている、丸く加工された魔石へと手を触れて魔力を流し込んだ。
魔石が点滅したかと思えば、オルランドのいる部屋の床の隅より、黄色い煙が噴射された。
『では、行くぞ。意外と斬り甲斐のない、あっさりした仕事になるかもしれ……な、なんだ、この煙は!』
『オ、オルランド様、お助けを! 動けません!』
オルランド達が慌てふためく。
すぐに部下の一人が床に伏して動かなくなり、部屋内は阿鼻叫喚となった。
『あ、ゾフィーわかりますよお。これ、コカトリスの毒液を気化させたものですね。気化させると一気に拡散する上に即効性のある麻痺毒になるので、室内で使う対人の毒としては使いやすくて凄く便利なんです。気化毒くらいなら内臓へのダメージもさほどありませんし、万が一事故になってもさほど被害が出なくて……』
『誰が説明しろと言った!』
『ええ……オルランド様が聞いたんじゃないですかあ。ぶっちゃけ今から対処法なんて、もうありませんよ。対策アイテムを持ち歩くか、毒の効かない魔物でも連れ歩くか、敵に案内された個室に入らないかくらいしかできませんし……』
『それを今更言ってどうするつもりだ!』
すぐに全員バタバタと倒れていった。
「ホルス、あいつら牢にぶち込んでおいてくれ。ゾフィーのアイテムチェックは入念にな。今日は眠いから、また明日ハロルドに相談する」
『わ、わかりましたぞ、アルマ様』
ホルスは少し腑に落ちなさそうにそう零して、画面に映る倒れたオルランドを見つめた。
『……回収前に、一発軽く叩いておいてもいいですかな?』
「ああ、好きにしてくれ」