第六話 話し合い
アルマはオルランド達を時計塔の客間へと招いた。
オルランド達との話し合いには、護衛にメイリーを、そしてハロルドを同行させた。
ハロルドはずっと顔に手を当て、苦しげな表情を浮かべていた。
「どったの領主様?」
メイリーは大きなグラスを片手に、ハロルドへとそう尋ねた。
グラスの中には、七色の鮮やかな液体に加え、果物がいくつも入っていた。
アルマ特製ジュースである。
すぐに飲み干すため、グラスは通常サイズの十倍のものになっている。
「……いや、都市ズリングの使者を撃ち落としたと聞いて、アルマ殿は僕の話なんて何も聞いてくれていなかったんだなって思ってね」
ハロルドは死んだ目でアルマを睨んだ。
アルマは咳払いをし、ハロルドから目を逸らし、オルランドの方を向いた。
「オルランド、行き違いから両者に不幸があったわけだが、正直そちらさんの落ち度の方が遥かに大きいと思っている。だが、交渉前に無用な敵愾心を抱くのは得策じゃない。お互い、ここは一度、水に流そうじゃないか」
「どうしてアルマ殿はそこまでふてぶてしくいられるんだい……?」
アルマはハロルドを無視して、オルランドの方を見る。
当然、ここまでふてぶてしいのは虚勢に過ぎない。
アルマにはただの威嚇射撃だとわかっていたが、アヌビスと戯れて時間を無駄にしていた間に、急いたホルスが勝手に《赤い雷》を発射してしまっただけなのだ。
村側の被害は、たまたま爆風が掠った村の端っこの壁のごく一部と、量産ゴーレムの一体。
対して相手の被害は、都市間のパワーバランスを一隻で壊すとされている天空艇である。
まともにぶつかって賠償騒ぎになるのはごめんであった。
この村にも天空艇はあるが、アルマがつい最近造ったおニューである。
償いとして引き渡せば相手も納得はするだろうが、そんなことは勿論ごめんである。
かといって、金額で賠償するつもりも毛頭ない。
今はどうにかアルマのパフォーマンスで相手を黙らせることはできたが、相手には都市ズリングの後ろ盾がある。
現状、揉め事になるのは悪手なのだ。
弱気の姿勢を見せれば、相手にそこに付け入られ、何らかの形での賠償を請求され得る。
だからアルマは、意地でも今のふてぶてしい姿勢を崩さないのだ。
こっちも凄く被害を負ったけれど、そちらが先に攻撃して来たけれど、涙を呑んでお互い様で済ませるつもりでいますと、あくまでもそのスタンスを貫こうとしている。
「……天空艇のことは一先ず後回しにしてやろう。我々はゲルルフ様直属の部隊、《ヤミガラス》だ。オレは隊長オルランド、この女が副隊長のフランカだ。アルマ殿にお会いにしにこの村を訪れさせていただいた」
オルランドは手で黒髪の女剣士、フランカを示しながらそう口にする。
フランカはアルマへと小さく頭を下げた。
「ゲルルフ様の弟子、ゾフィーと申します。お見知りおきを」
金髪の幼い少女が続いて自己紹介をする。
オルランドとフランカが警戒した様子なのとは反して、ゾフィーはニヤニヤとした笑みを絶やさず、室内やアルマ達の顔を舐め回すように見ていた。
「いやぁ、お会いしたかったんですぅ、アルマ様。この村や、あの魔導兵器を見るに、想定以上の腕前と感服いたしましたよ。ゲルルフ様も、アルマ様をさぞお気に召されることでしょう」
ゾフィーは舌舐めずりをしながらそう口にする。
「……薄気味悪いガキだな」
アルマは嫌悪を隠さず、唇を歪める。
ゾフィーは声を押し殺すように笑った。
「アルマ殿よ、本題に入らせてもらおうか。我々が来たのは、都市ズリングの都長であられるゲルルフ様が、アルマ殿にぜひお会いしてみたいと仰ったためだ。ゲルルフ様は、あなたを食客として招きたいとお考えだ。それが叶わずとも、一度都市ズリングを訪れていただきたい、とな」
「食客……?」
アルマはオルランドの言葉を反芻し、ハロルドへと目を向けた。
知ってはいるが、あまり聞きなれない言葉だった。
元々、その地の風習によって意味合いや実情が変化する言葉だ。
「アルマ殿はあまり聞いたことがないかい? 権力者が、秀でた技能を持つ者を、客人扱いで長らく自身の館に置くことさ」
正式な部下として雇うのではなく、あくまで客として長期間館に招き入れることを指すらしい。
そして食客は必要に応じ、その能力を主へと貸す。
概ね、アルマの知っている意味合いとの乖離はなかった。
この世界では、一つの職業や役割に専念してればそれがクラスと認識され、クラスの熟練度に応じてスキルを得ることができる。
アルマの錬金術師もそうであるし、他にも剣士や狩人、黒魔術師に暗殺者と、多数のクラスが存在する。
そのため、身分や実績とは別に、人間自体に大きな価値の差異が生じる。
マジクラのゲーム内に食客という言葉は特に出てこなかったが、現実化したこの世界でそういった制度が現れるのは、ごく自然なことであると思えた。
「ええ、ええ、ええ、ぜひお越しください、ぜひ。ゲルルフ様は、とてもお喜びになるでしょうし、ゾフィーもとても嬉しいです。アルマ様の御業を、我々に教示していただければと望んでおりますよ」
ゾフィーがねちっこい視線でアルマを見る。
アルマは不快そうに目を細めた。
「……ま、言いたいことと目的はわかった」
「アルマ殿、ま、まさか、ズリングに食客として向かって、そのまま帰ってこない、なんてことはないよね? 戻ってきてくれるよね?」
ハロルドが、アルマへと懇願するようにそう口にした。
「……その点は大丈夫だ。ここでやり残していることがいくらでもあるからな」
「そ、そう? 本当だよね? 信じていい? よかった……」
ハロルドが心から安堵したように言い、深く息を吐いていた。
今アルマが村を捨てれば、またいつ魔物に滅ぼされるかわからない貧村に戻りかねない。
ハロルドが危惧していたのはその点であった。
「と、いうより、ズリングまで行かなきゃいけないことに、俺はあんまり乗り気じゃない。俺が遠くの都市まで遊びに行ってると、その分村の開発が遅れるんでな。なあ、オルランドよ、それ、どうしても行かなきゃ駄目か?」
アルマは挑発的な笑みをオルランドへと向ける。
「アルマ殿は、我々を随分と軽んじているようだ」
オルランドが目を細める。
「ゲルルフを軽く見てるわけじゃねえ。こっちの村を重く見てるんだ。ゲルルフの奴に伝えてくれないか? どうしても会いたいなら、お前が会いに来いってな」
村の開発が遅れることもそうだが、錬金術師同士の争いで、敵の本拠地に乗り込むような真似はできればしたくなかった。
対立も表面化していない上に、ゲルルフの情報も何もないのだ。
こんな状態で、ゲルルフの館に食客として招かれるなど、ごめんであった。
何日も泊っていれば、どうしたって大きな隙を晒すことになる。
「貴様……舐めた口を!」
オルランドの額に青筋が浮かんだ。
「し、使者の方々も、ズリングからの移動でお疲れでしょう。どうでしょうか? 今日のところはゆっくりと休まれて、明日またその件について話し合うということは?」
ハロルドが手を叩いて注意を引き、そう提案した。
それからチラチラと俺の方を睨む。
どうやら、俺の態度があんまりに怖かったため、色々と言いたいことがあるらしい。
一度話し合いを中断して、俺に釘を刺しておこうというつもりなのだろう。
「オルランド様、ハロルド殿のご厚意に甘えさせていただきましょう。我々にも、少し話し合わなければならないことがありますし……」
フランカがオルランドへとそう言った。
オルランドはフランカの言葉に納得したように頷き、ハロルドへと向き直る。
「では、ご厚意に甘え、そうさせていただくとする。天空艇を解体し、貴重な部品を持ち帰らなければならんしな」
オルランドはそう言いながら、アルマを睨み付けた。
アルマは舌打ちを鳴らした。
「チッ、やっぱり持ち帰るか。《空のコア》が手に入れば、もう一隻造れると思ったのに」
「アルマ殿……君は、この期に及んでそんなことを考えていたのかい……」
ハロルドが呆れた目でアルマを見る。