第二話 悪意の王ゲルルフ
リティア大陸三大都市・ズリング。
悪意の都市と揶揄されるこの地には、中央に大きな塔がある。
都長であるゲルルフの住居であった。
その最上位階層にて、二人の男が顔を合わせていた。
「商いの都パシティアに、凄腕の錬金術師が現れたそうだ。彼は、都長が編成した探索部隊がしくじった遺跡攻略に、たった二人で乗り込んで完全制圧し……都市を強襲した空賊団を、あっという間に追い返したそうだ」
そう語るのは、白髪の片眼鏡を付けた男だった。
藍色の布地に赤の刺繍が入ったローブを身に纏っており、傍らには、彼の所有物である黄金の大杖があった。
男は都市ズリングの都長、ゲルルフであった。
「信じ難い話ですね、ゲルルフ様。誇張されたものでは?」
応じるのは、逆立った翠色の髪をした、強面の男であった。
好戦的な三白眼をしており、額から唇に掛けて大きな傷跡がある。
彼の名はオルランド。
ゲルルフの側近部隊、五人からなる少数精鋭部隊、《ヤミガラス》の隊長であった。
「簡単な調査は勿論終えている。それは君達に任せるような仕事ではないからね。多少の誇張はあるだろうが、噂話はそれなりに信憑性のあるもののようだ。この錬金術師……名をアルマといい、パシティア近隣の村に在住しているらしい。その村でも、最近発展が著しいという話だ。それもアルマの力だと考えれば、辻褄が合う」
「ゲルルフ様よ、少々早計では?」
「フフ、噂が全て真実であれば、彼はこの俺にも匹敵し得る錬金術師だと言えるだろう。動くのは早いに越したことはない」
「ゲ、ゲルルフ様に……? そんなことはあり得ない! 貴方様は、古代より錬金術師の課題であった不老を成し遂げた、唯一の御方……! そして、この都市の……いや、この大陸の支配者であられる! ゲルルフ様に匹敵するなど……!」
「あまり不老のことは話してくれるな、オルランド。部下の中でも、十人と知らぬ秘密だ」
ゲルルフは冷たい目で、オルランドを睨み付ける。
「し、失礼をいたしました。ですが、信じられません。ゲルルフ様に匹敵する錬金術師が、突然現れるなど……!」
「とにかく、このアルマに俺は関心がある。俺だってまさかとは思うが、万が一ということがあるだろう? 君達《ヤミガラス》は、このアルマという錬金術師に接触し、我が塔へと招け」
「それは、食客としてこの塔へ置くおつもりで? 本当にそんな価値のある男かどうか……」
「ああ、優秀な錬金術師であるのならば、手許に置いておきたい。無価値だと思えば、君の判断で適当に引き上げていい。その場合も、念のため、後で暗殺部隊でも送っておくがね」
「承知しました。ただ……他の都市は、ここズリングを不気味がっているきらいがあります。もし強く断られたら、どういたしましょう?」
「金銭や宝で釣るがいい。この件に関して、俺は出し惜しみはしない。仮にそれでも反発するのならば、脅迫や暴力を使っても構わない。本当に一流の錬金術師が村に居着いているのならば、そこに余程の愛着があるということだ。火を放つなり、人を攫うなり、どんな手を使ってでもアルマをここへ招け」
「ほほう、手段を選ばずとなれば、我ら《ヤミガラス》の本領が発揮できます」
オルランドは口端を吊り上げ、凶悪な笑みを浮かべた。
「そしてもし……本当に危険な男で、反抗的であったならば、君の判断でアルマを殺せ。優秀な者を殺すのは惜しいが、刃を向けられるよりは遥かにマシだ。こちらも手段は問わない。目立ったとしても構いやしない。その際には、村を滅ぼし、アルマの宝を奪って来い。どの程度の錬金術師であったのか、参考までに知っておきたいからな」
「そこまで警戒されておるのですか、ゲルルフ様……?」
「俺が臆病に見えるか、オルランド?」
「い、いえ……そういうわけではないのですが……」
「フフ、俺は臆病な男だよ、オルランドよ。そしてそうでなければ、この悪意渦巻くズリングで、この力を奪い、都長の地位を得ることは叶わなかっただろう。権力者と錬金術師にとって、大切なのは危機感だ。周到な準備を行った方が勝つ」
「なるほど……さすがゲルルフ様、含蓄のあるお言葉。では、オレは部下を連れて、アルマの許へと向かいましょう。村の場所は?」
「そう焦るな。アルマに会いに行くに当たって、天空艇を動かすといい」
「一隻しかない天空艇を使うのですか? 空から向かえば、相手を威嚇して不審や不安を煽るだけでは?」
「アルマを素直にするための、ちょっとした挨拶だ。力の差は、最初に教えてやるべきだろう。お互いのために、ね。この俺が、ただの気紛れでアルマに目を掛けているわけではないと、それで伝わるはずだ。威嚇射撃を撃っても構わんが……今回は、さすがにそこまでする必要はないか」
「さすがはゲルルフ様。悪いことをお考えになる。では、このオルランド、仰せのままにいたしましょうよ」
オルランドとゲルルフは、二人して笑い合った。