第一話 危険な男
アルマはメイリーと共に、ハロルドの館を訪れていた。
「こういう感じでどうだ、ハロルド」
アルマはハロルドへと数枚の紙を渡す。
そこには村開発の計画について記されていた。
「アイアンゴーレムを……さ、三百体!? こんなに必要なのかい?」
「アイアンゴーレムはいくらいたって無駄にはならない。安価で強力な労働力兼武器だ。数揃えるのはさすがにちっと手間だが、纏まった金が手に入ったお陰で動力源の魔石については心配無用だからな。何なら魔石の取り外しを楽にしておけば、村人にある程度の管理を任せることもできる」
「なるほど……」
「村の拡大にあたって、家屋の建造と外壁の増築も必要になるからな。魔物や野盗への対策としても、アイアンゴーレム三百体は必要だ」
「家屋と外壁の増築……ああ、こっちの紙に記していることだね」
ハロルドは紙を捲り、頭を押さえる。
「ほ、本当に短期間で、この工事を……?」
「村人にもなるべく協力してもらえると助かる」
「その方面は問題ないんだけど……こ、この予定は……ま、まぁ、本当にアルマ殿ならやってみせるんだろうね……。わかってはいたけれど、一気に村の規模が跳ね上がるね、こりゃ……」
「できれば鉄道も敷き直したい。前の騒動で魔物の大群にぶつけて以来、造り直していなかったからな」
「……少し待ってくれ、知恵熱が起きそうになって来た。整理するよ」
ハロルドは自身の両手の指を曲げてこめかみにやり、ぐりぐりと押し付ける。
「……とりあえず、アルマ殿はアイアンゴーレムの増産に着手してほしい。建造物や線路、外壁の配置に関しては、方針と外せない点を固めて教えてくれれば、後は僕が機能面と住民達の事情を考慮して、その辺りを調整した案をいくつか出すよ」
「さすがハロルドだ。面倒な部分を綺麗に潰してくれる」
アルマは上機嫌に頷き、それから目を細める。
「それで……お前が前に危惧していた、悪意の都市ズリングとやらについて教えてくれないか?」
「……そうだね。その話もしておかなければならない。悪意の都市ズリング……都長のゲルルフはリティア三都市同盟の事実上のトップであり、リティア大陸の支配者であるとも言える。実際には三都市同盟は、国というほど強い結び付きだとはとても言えないのだけれどもね」
「それは何度か聞かされていたことだ」
「ゲルルフは恐ろしい男だよ。敵対者は容赦しない。都市ズリングはこの大陸で最も栄えている地ではあるけれど、決して治安はよくないんだ。いくつもの犯罪組織が蠢いている。そしてゲルルフがその組織と繋がりがあることも、公然の秘密となっている」
「ほう、そりゃおっかないね」
アルマは忌々しげに口にした。
マジクラの延長であるこの世界は、人間に対して圧倒的に魔物が優位である。
ゲームだからこそ楽しめる、悪い冗談のような悪夢の仕様の数々も引き継いでいる。
だが、こんな世界においても敵は魔物だけではない。
「いずれゲルルフは、アルマ殿を取り込むか、消すか……どちらかの手を打ってくるだろう。都市パシティアでのアルマ殿の活躍は、良くも悪くも、目立ちすぎたと思う。ここの村の急成長の噂も、三大都市に流れるのは時間の問題だ」
「主様に自分から絡んでくるなんて、本当なら馬鹿なことだね、そのゲルルフって人」
メイリーが欠伸交じりに口にする。
『我もそう思う。この畜生と関われば、衣服を剥がれて尻の毛まで抜かれるどころか、骨と皮まで錬金術の素材にされるぞ』
《龍珠》の中からクリスが同調する。
クリスの言葉には重みがあった。
何せ、アルマに挑んだ結果、再生能力に目を付けられ、未だに定期的に尾の一部を回収され、魔石の廉価品として使用されているのだから。
「お前ら……言いたい放題か。俺は今、真面目な話をしてるんだからな?」
「そ、そうだよ。アルマ殿が凄いことは、僕だって知っている。でも、それでもゲルルフは、本当に危険な男なんだ。脅迫に風説、拷問、騙し討ちに人質、何でもありだ。アルマ殿とはベクトルが違い過ぎる。アルマ殿だって、誘拐されて牢に繋がれたら対応できないだろう?」
「そのときはボクが、向こうの都市全部ぶっ壊して助けるよ」
メイリーが手を挙げて、なんてことでもないふうに口にする。
ハロルドはメイリーを死んだ目で見つめた後、アルマへと目線を戻す。
「えっと……い、いくらアルマ殿だって、暗殺されたらどうしようもないだろう? 僕が言いたいのは、そういうことで……!」
アルマは自身が纏っているローブを掴んで引っ張った。
「このローブは、俺のいた地じゃ最強格の宝衣の一つと言われていたものだ。どこにダメージを受けても完全に肩代わりしてくれる《身代わり[Lv10]》の付与効果がある上に、その辺のドラゴンが十回死ぬようなダメージを受けても余裕で耐えられる優れモノだ。たとえ風呂場で襲われたって、ピアスだとかにも似たようなもんを仕込んでるからな。自慢するわけじゃないが、俺を不意打ちで殺すのは不可能に近いぞ」
「……主様、めっちゃ嬉しそうにぺらぺらと話してたけど、本当に自慢入ってないの?」
「う、うう……で、でも、でも……政治力だとか影響力だとかもあるから、危険な相手であることには違いないのに……」
ハロルドが肩幅を狭め、言い訳するように小声で口にする。
「で、それがどう実害になるんだ? チャチな嫌がらせなんてしてくるようなら、俺はそれを口実にズリングに嬉々として乗り込んでやるぞ」
「…………」
ハロルドが沈黙した。
「ほら」
メイリーがハロルドを指差す。
ハロルドはもどしかしげな表情を浮かべた。
「ほ、本当に危険なんだよ、ゲルルフは。犯罪組織絡み以外にも、いくつも不穏な噂があるんだ。魔物災害を人為的に引き起こしたことがあるんじゃないかとか、四十年前からほとんど姿が変わらないだとかね。それに怪しげなことを繰り返している割には、都市内での支持が厚いんだ。反抗勢力を容赦なく叩いているのもあるだろうけれど、人心掌握術に異様に長けている証拠だよ。向こうから仕掛けてきたとしても、乗っちゃあいけない。ゲルルフを追い詰めたら、何が起きることか……」
「四十年前から、姿が変わらない……?」
アルマは表情を顰めた。
「まあ、それはただの噂だけどね。でも、年齢不詳で、過去が今一つ見えない人物であることは間違いないよ」
「ハロルド、ゲルルフは錬金術師なのか?」
「う、うん……。腕前はわからないけれどね。部下に錬金術師も数名いるはずだから、本人の実力が発揮される場面もそうないだろうし」
「確かに随分と危険な奴らしいな。警戒するに越したことはなさそうだ」
「わ、わかってくれたかい、アルマ殿……」
ハロルドが安堵の声を漏らす。
アルマは表情を険しくしながらも、微かに笑みを浮かべた。
「ただ、俺の想定が当たってるなら、持ってやがるな……相当なレアアイテムをよ」
「……本当にわかってくれているかい、アルマ殿?」