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第四十四話 《神秘のポーション》

 二日後、アルマはマドールより約束の《神秘のポーション》二百個分相当の材料と、残りの対価を受け取った。


「助かった、マドールさん。マドールさんの協力がなきゃ、間に合ってなかったかもしれねぇ」


「お役に立てて何よりです。しかし……こちら、どうやって運ぶのですか? どこの村か指示をいただければ、運ぶこともできますが」


「いや、大丈夫だ」


 アルマは答えながら、窓の外を指で示す。

 マドールは不審に思いながら、窓へと寄って外を見る。


「あ、あれは、天空艇!?」


 《ノアの箱舟》のもの程の大きさはないが、天空艇が館の外に停まっていた。

 装甲には海轟金(トリトン)が用いられており、青々とした輝きを放っている。


「あれへ詰め込む。部下を貸してもらっていいか?」


「こ、この大陸に、二つしかないと言われている天空艇が、どうして……? どこで手に入れたのですか?」


「ここ二日で造ったんだよ。大量の海轟金(トリトン)が手に入ったし、それに遺跡で見つけたアイテムを売ってちょっとした金もできたからな」


 海轟金(トリトン)の大半の権利はマドールに引き渡した。

 ただ、元々得られるはずだった海轟金(トリトン)の一割程度はアルマが単独で抱えている。

 天空艇を造って、なお持て余すだけの量がある。


 ラメール遺跡の奥に隠していた宝の山も、既に回収して天空艇に積んでいる。

 既にこの都市を立つ準備は終わっていた。


「そんな、あっさりと……。一隻あれば、都市間のパワーバランスが変わると言われているのですが」


「格好いいフォルムだろ、マドールさん? 褒めてもらってもいいぞ」


 アルマが得意げに口にする。

 マドールはやや心配げに眉尻を垂らし、天空艇へと目を向ける。


「……都市ズリングが、黙っておればいいのですがな」


「都市、ズリング?」


「リティア三都市同盟はご存知でしょう?」


 アルマは頷く。


「ああ、三大都市の一つか」


 このリティア大陸には、三つの大きな都市がある

 この地には国というほど確かな纏まりはない。

 ただ、この三つの都市が同盟を結び、交易の規定を定め、各村の保護を行い、互いが不審な行動を取っていないかの監視を行っている。


 各三つの都市には、特色からなぞらえた呼び名がある。

 商いの都市パティシア、要塞の都市カルーヌ、そして悪意の都市ズリングである。

 アルマもそこまでは知っていたが、その通り名の意味までは知らない。


「都市ズリングは、独裁都市と呼ばれることもあります。三大都市の中心を気取っておりまして、実際規模も大きく、武力も高いのです。都市内に犯罪組織が多く、都長であるゲルルフにも黒い噂が絶えません。……我々が強く出られないのをいいことに、時にあからさまなルール違反を行うことも」


「ゲルルフね……。なるほど、そいつらが、俺の天空艇に目を付けるかもしれねぇってことか。覚えとくよ、忠告感謝する」


 想定していたことではあった。

 元々アルマは、この悲惨な世界で大都市を独占している都長マドールが、ただの苦労人の老人であったことが意外だったのだ。

 もっと腹黒い人物が出てきてもおかしくないと、警戒して事前準備を重ねていたのだ。

 結果的にオーバーキルもいいところ、ノーガードの善良な老人に助走を付けてアッパーをかますが如き行為になり、都市内でのアルマの評判を落とすことに繋がったが。


『そのゲルルフとやら、アルマと気が合いそうであるな』


 アルマはクリスの《龍珠》を軽く引っ叩いた。


 天空艇に荷物の詰め込みが終わった後、アルマはアンデッド騒動の起きた村への移動を始めた。

 天空艇の内部の錬金工房にて、一部のゾンビを人間に戻す効果のある、《神秘のポーション》の製造に掛かる。


 村に到着する頃には、二百人分の《神秘のポーション》が完成していた。

 天空艇で着地すれば、家屋から出てきた村娘ミーアと、その母リニアが出迎えてくれた。


「待たせたな。ちょっとばかり、金策に手間取った」


「や、やっぱり、アルマさんだった! あのお船を見た瞬間、なんだかアルマさんじゃないかと、そんな気がしていたんです!」


 ミーアが歓喜の声を上げ、天空艇から降りたアルマへと駆け寄ってくる。


『……まあ、こんな非常識な乗り物あっさり持ってくるのは、他におらんであろうな』


 クリスが呆れ気味にそう零す。


「ありがとうございます……本当に、戻ってきてくださったんですね。何の縁もなかった、私達のためなんかに」


 ミーアが目を擦る。

 手の甲が涙で濡れていた。


「対価は勿論、きっちりいただくさ。百人単位に恩を売れるんだ、こんな機会、滅多にない」


『……どこまでも打算的な奴であるな』


 ミーアはぽかんと口を開け、呆気に取られたようにアルマとクリスのやり取りを眺めていた。


「なんだ、ミーアちゃん。俺がタダ働きするような人間に見えたか?」


 ミーアはアルマをじっと見つめ、くすりと笑った。


「いえ……必ず、恩返しさせていただきます。ですが、アルマさん程の方なら、こんな滅びかけの貧村に苦労して恩を売るなんて遠回りなことしなくても、利益を得ようと思ったらなんだってできるはずです」


 ミーアの言葉に、アルマはムッとしたように表情を歪める。

 頬が若干赤くなっていた。


「チッ、メイリー、とっとと村人を人間に戻す準備をするぞ」


 アルマはそう言い、ゾンビとなった村人を閉じ込めている場所へと向かう。

 メイリーは無言でその後に続く。

 ミーアはくすりと微笑み、アルマの背を見つめていた。


『アルマ、貴様まさか、いつものがめついポーズは、半ば照れ隠しだったのか? 厳しいことを言いつつ、最終的には甘いところがあるとは思っておったが、似合わん……』


「お前、鎖で縛って生きる無限魔石として扱ってやろうか?」


 クリスが途端に大人しくなった。

 アルマはフンと鼻を鳴らす。


『まあ、そうでもない限り、四千万アバルは使わんか』


 クリスがぼそっと零した言葉に、アルマの背を眺めていたミーアと母リニアの顔が蒼褪め、固まった。

 金策のことは聞いていたし、いつかは村ぐるみで返そうと考えていた。

 だが、リティア大陸の都市でない貧村にとって、一アバルの価値は高い。

 せいぜい百万アバルくらいだと、子も母もそう考えていたのだ。


 ゾンビを捕えているのは、民家を改造した大きな牢屋である。

 中のゾンビ達は皆、一心不乱に《焼きマンフェイス》を喰らっていた。

 アルマの設置した、《怨魂石》を用いた《全自動マンフェイス焼き生成器》は、無事に稼働し続けているようであった。


 心なしか、マンフェイス……巨大蜘蛛の背の人面模様も、悲壮げに見える。


「久々に見ると、うぷっ、吐き気が」


『おい、目を背けるな。貴様の罪だぞ』


「……とりあえず《怨魂石》を回収してマンフェイスを止めて、半日水だけ与えて絶食させるか。人間に戻すのは、それからにした方がよさそうだ」

【新作】

「王国の最終兵器、劣等生として騎士学院へ」、第一章完結しました!

 こちらも読んでいただけると嬉しいです!(https://ncode.syosetu.com/n4411gl)(2020/9/9)

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