第八話 《メビウスの黄金環》
村に入ったアルマ達は、エリシアの案内で空き家に訪れていた。
薄く木の板が継ぎ接ぎされただけの小屋であった。
古く、十年は使われていなさそうな様子であった。
メイリーは嫌そうな顔で床を指でなぞり、アルマを振り返った。
「主様ぁ……ボク、こんなところで眠れない……」
アルマは指を重ね、メイリーの額を叩く。
「すいません、アルマさん。ヴェインが、まだ信用ならない男を民家に泊めるわけにはいかない、と……」
「あの二流錬金術師は、またねちっこい嫌がらせを仕掛けてきたものだ」
アルマはヴェインの肥えた顔を思い返し、鼻で笑った。
「領主のことも、黙っていて申し訳ございません。ですが、アルマさんに頼るしかなかったのです。村は、いつ餓死者が出るのかもわからない状態で……アルマさんに見限られるわけにはいかなくて……」
エリシアが苦悶の表情で語る。
アルマはその顔をじっと眺めていた。
マジクラはNPCに厳しい世界だ。
プレイヤーが守らなければ、魔物や災害、他のプレイヤーや強大なNPCの悪意に晒され、あっという間に村の一つくらい滅んでしまう。
いちいち守ってはいられない、そういう世界なのだ。
だが、この世界はゲームの仕様を引き継いではいるものの、ゲームではない。
一人一人の村人が、迫りくる災厄や大きな争いに巻き込まれながら、必死に生きているのだ。
「見捨てられないよなぁ……」
アルマは溜息を零す。
「アルマさん、今、何か……?」
「いや、独り言さ。心配するな、エリシアさん。こっちも飯に困ってて、他に選択肢がない。渡りに船だったさ。あの領主さんに追い出される前に、結果を出さないとな」
「……しかし、私も村を救いたくて、色々と調べていました。錬金術を用いての村の復興は、それなりに長い目で見なければならないのではないですか?」
エリシアが不安げに言う。
「そうだな。材料を集めて建造物を補強するのは、好意的に村人の協力を得られることを前提にしても、一か月は掛かる。畑を管理して村を賄える程に纏まった食糧を得るのだって、上手く行って二か月といったところか。水源や高価な鉱石が都合よく集められるわけもないし、その辺りの下準備にも時間が掛かる。領主と二流錬金術師のタッグの妨害を考えれば、短く見積もって、充分な結果を出せるのに四か月ってところか」
「四か月……」
エリシアがアルマの言った期間を反芻する。
浮かない表情だった。
無理もない。領主の様子だと、半年も経てば、その間にアルマはこの村を追い出されていることだろう。
「並の錬金術師なら、な。俺なら三日もあれば充分だ」
アルマは伸ばした人差し指を、得意げに左右に振るった。
「アルマさん……?」
アルマはマジクラ最強のプレイヤーである。
プレイヤー間の実力差が激しいマジクラの中でも、数多のライバルを沈め、世界の半分の資金と資材を蓄えた《錬金王アルマ》である。
本人に自覚は薄いが、ゲーム内のレベルインフレを加速させ、最もマジクラのサービス期間を縮めたプレイヤーでもある。
「《フレッシュ》」
アルマが腕を掲げる。
魔法陣が展開され、部屋全体に光が走っていく。
光を浴びた個所の床や壁の、欠けた部分や黒ずんだ部分が修復されていく。
あっという間に朽ちたあばら家が、綺麗な新築になった。
「やったー! 綺麗になったー! さすが主様っ!」
メイリーが無邪気に燥ぎながら床を転がる。
「う、嘘、これは……一体……?」
戸惑うエリシアに、アルマがニヤリと笑う。
「物の耐久値を回復させるスキルだ」
「そ、それは知っていますが……修復のための、素材が必要なはずです。その埋め合わせは、どちらから……?」
マジクラの世界では基本的に等価交換が保たれている。
何かをするためには相応の物資やエネルギーが必要となる。
スキル発動者の魔力でもそれは補えるが、マジクラの世界では人間の魔力など形ある物質に比べれば微々たるものなのだ。
「俺には、これがあるんでな」
アルマがローブを捲れば、腕に黄金の輪が嵌められていた。
《メビウスの黄金環》という、アルマが自身で錬金した装備アイテムであった。
錬金スキルを行使して物質の変換を行う際に、その変換効率を引き上げることができるのだ。
加えてこの《メビウスの黄金環》は資材を惜しまず投じて造ったもので、《変換効率増[Lv10]》の追加効果が最大数の八つ付与されている。
他の数十万といたマジクラプレイヤーが成し遂げられなかった、錬金変換効率1超えの装備アイテムである。
それはマジクラ運営が遵守していた、等価交換、エントロピー増大の法則の破壊であった。
アルマの魔力が必要な以上、使用回数は限られるが、それは錬金スキルを行使すればするほど、条件次第ではアイテムが増えることを意味する。
木や石程度の安価な素材であれば、《フレッシュ》の修復による素材コストは、完全に踏み倒すことができるのだ。
「是非あの領主さんに、ヴェインと俺を『露骨に比べるような真似』をしてもらうか」
アルマはそう言って不敵に笑った。