第四十三話 材料集め
《ノアの箱舟》事件の翌日、アルマは都長マドールの館に招かれた。
今回は食堂での話し合いであり、机の上には鶏の丸焼きやら大きなソーセージ、サラダが並んでいた。
早速席に着いたメイリーは、誰から許可を受けるよりも先に、それらを豪快に食していた。
「悪いな。甘やかしていたもんで、礼儀知らずで」
「お、おかわりはいくらでもございますので」
マドールがやや引き攣った顔で答える。
「先の遺跡騒動で力を貸していただいたばかりか、《ノアの箱舟》の撃退にも尽力いただき、ありがとうございます。いえ、アルマ殿がいなければ、この都市はどうなっていたことやら」
「ああ、《ノアの箱舟》は恐ろしい連中だった」
アルマは深く頷く。
『……どの口が言うか』
クリスは思わず、そう呟いた。
撃退など、そう生易しいものではなかった。
強引に乗り込んで散々荒らし回った挙句、天空艇の核を盗んで墜落させたのだ。
《ノアの箱舟》は既に壊滅したも等しい状況であった。
「しかし、俺は今後とも、マドールさんと、そしてこの都市パシティアと、いい関係を築いていければと思っている。だからこそ、身を呈して守らせてもらった。力になれたようで何よりだ」
大嘘である。
当初は適当に金でも掴ませて、穏便に対処すればいいだろう、くらいに考えていた。
《ノアの箱舟》の連中に
「ハ、ハハハ……。アルマ殿にそう言っていただけ、光栄ですな。ハハ、ハハハハ……」
マドールは渇いた笑い声を上げた。
アルマに『いい関係を築いていければ』と言われると、不穏なものしか感じなかった。
「こ、これで、アルマ殿には、借り二つになってしまいましたな」
「いやいや、そう気にしないでくれ。ただちょっと、俺が困っているときに力を貸してもらえればなと思っている」
「ハ、ハハハ、ハハハハ……。アルマ殿のような御方が困っているような事態に、私なぞが力になれるかは怪しいものですが、いえしかし、そういうときがくれば、勿論できる限り、力をお貸しいたしましょうよ」
「ご謙遜を。リティア大陸三大都市の一つ、パシティアの都市長なんだから。できないことの方が少ないだろう」
アルマにあれこれ言われる度に、どんどんマドールの顔が引き攣っていく。
『……おいアルマ、程々にしてやれ』
マドールの委縮した様子は、クリスから見ても可哀想なほどであった。
「で、実は俺が金策を急いでたのは、ちょっとした理由があってな。疫病に襲われた村があって、そこのために大量の薬が必要なんだ」
実際には疫病どころではなくゾンビ化なのだが、それを正確に伝えるわけにはいかない。
一部を誤魔化し、アルマはマドールにそう語った。
「な、なるほど……。要するにそれは、一刻を争う事態なので、ハプニングがあったけど早めに二億アバルをいただきたいと……そういうことですな?」
マドールはアルマの顔色を窺いながら、そう口にする。
「ん? いや、それは当然だろ」
「い、いえいえいえ、勿論当然でございます! た、ただその、午後まで待っていただければと! 今日中にはお支払いいたしますので、ね? ね?」
「ああ、そこに関わる話でもあるか。実は薬の材料を集めたいんだが、店回って搔き集めるのもなかなか大変でな。そもそも、今の都市にある分だけで足りるのかも怪しい。費用は多少上乗せしてもいいから、どうにか部下を使って、これだけ集めてくれないか? 大急ぎで」
アルマはそう言って、紙をマドールに渡す。
紙には村人を人間に戻すために必要な、《神秘のポーション》の材料について記されている。
「こ、こんなにたくさん……。相場は少し、調べてみなければわかりませんが……」
「多目に見て四千万アバルくらいだと思う。だが、それを大きく上回っても構わん。とにかく時間が惜しい。金の方も、これが揃うまで待とう。どうせ、集まらないと動けないからな」
「わかりました、アルマ殿。ちょいと厳しいですが、三日あれば、どうにか……」
「二日で頼む」
「ふっ、二日!? 都市外の村にも呼び掛けるとなると、それは……」
「村まで部下走らせて、あるだけ買い集めさせればいいだけじゃないか。な、《ノアの箱舟》がまともに暴れていたら、どれだけの被害になるかなんて、わかったもんじゃなかっただろ? それに比べたら、ちょっとくらい無理してくれたってよくないか?」
「わわ、わかりました、アルマ殿。必ずや、明後日までには用意させていただきます……」
「よし、頼りにしてるぞ、マドールさん。何せ、村の人達の命が掛かってるからな」
「お、お任せくだされ、アルマ殿……」
マドールは言いながら、苦悶の表情で額を押さえていた。
話が纏まったところで、アルマは食事を行おうと、机の上へと目を向ける。
しかし、既に机の上は、空き皿ばかりになっていた。
横へ目を向ければ、メイリーが満足げに自身の腹部を押さえている。
「……メイリー、お前、俺が話し込んでる間、休まずずっと食べてやがったな」
「む? おい、早く新しい料理を持ってこい。まだ私もアルマ殿も、食事は終わっておらんぞ」
マドールが声を上げると、部下が慌てた様子でやってきた。
「も、申し訳ございません、マドール様。……その、メイリー様が際限なくお食べになっていたもので、在庫が。すぐ、追加を買いにいかせておりますので」
「しょっ、食糧庫の残りを、確認しておらんかったのか?」
「いえ、何というか、そういう次元ではなく……」
部下が困ったように言葉を濁し、ちらりとメイリーへ目をやった。
アルマは指先でメイリーの額を小突いた。
「……ちょっとは自重してくれ。こっちは大事な話してるんだから」
「だって、おかわりならいくらでもあるって聞いてたから……」
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