第四十二話 《空のコア》
「メイリー、ゆっくり行けよ、ゆっくり!」
「……わかってるよ、主様」
アルマが急かす傍ら、メイリーは天空艇の動力源である《空のコア》を両手でがっしりと掴んでいた。
柱を覆っていた装甲は、とっくにアルマが錬金術で解体して引き剥がしている。
メイリーの膂力と頑丈さなら、高熱の《空のコア》であっても、引き抜いて都市まで飛んで帰ることができるはずであった。
加えて、既に天空艇は都市の上空を脱している。
今更この天空艇が落ちようがどうなろうが、どうでもよいことだ。
「でもいいの? 主様、これ取ったら天空艇、落ちるんでしょ?」
「ああ、そうなるな。でも、脱出して飛べばいいだけだろ?」
天空艇から《空のコア》を引き抜いて脱出するのは危険なことだが、それだけのメリットがある。
今のアルマに《空のコア》を造るだけの資源と施設はない。
やっていることは強奪以外の何物でもないが、どうせ相手も無法集団である。
盗んだとしても文句を言われる筋合いもない。
本格的に天空艇を落とそうと動けば、敵錬金術師を本気にさせることになる。
しかし、今、アルマは、偶然にもその天空艇の心臓部にいるのだ。
この《空のコア》さえ外してしまえば、敵の錬金術師など関係ない。
空のコアを挟み込んでいる装置から、ガコッと大きな音が鳴った。
「もうちょっとで外れそう」
「よしよし、いいぞいいぞ。でも、慎重にな。下手したら爆発しかねないから」
『下手したら爆発しかねんのか……。我を道連れにせんでくれよ』
二人の会話を聞いていたクリスが、はあと溜め息を漏らす。
アルマとメイリーが《空のコア》を外すのに躍起になっていると、動力室へと足音が近づいてきた。
アルマはちらりと、入り口へ目をやった。
「なぁっ、何をしでかしてくれているか貴様らァァァァアアッ!」
入り口に現れた仮面の男が、大声でアルマへと吠えた。
仮面から覗く口許が歯噛みしている。
彼の横に立つ猫の耳を持つ亜人の少女は、信じられないものを見る目でアルマ達を見ていた。
「む、しまったな。扉を溶接でもしておくべきだったか」
「貴様っ! 貴様貴様貴様! 頭おかしいのか!」
仮面の男がアルマを指差す。
まっすぐ伸ばされたその人差し指は、怒りのためか小刻みに震えていた。
亜人の少女はすぐはっと我を取り戻したように表情を引き締め、ナイフを構える。
「おおっと、いいのか! それ以上来るのなら、俺のスキルで刺激を与えて、この《空のコア》を今すぐ爆発させるぞ!」
亜人の少女は、再び顔を歪ませ、動きを止める。
「落ち着け、ミェルコ! ただのハッタリだ! そんなことをすれば、すぐ近くにいる奴らが助からない」
仮面の男が、亜人の少女へとそう言った。
「そそ、そうですよね、キャプテン。まさか連中だって、そんな馬鹿な真似するわけがニャいですもん」
「なるほど、お前が《ノアの箱舟》の頭領、シャドウか。だがシャドウ、考えてみろ。こっちのメイリーは、素手で《空のコア》を抱えてるんだぞ? 爆発が起きたって生き延びるさ。俺だって、このローブは特別製……《空のコア》の爆発にだってギリギリ耐えられる自信がある。どんなアイテム抱えてるかわからないお前らを近づけるくらいなら、俺は《空のコア》を爆破して、そのどさくさに乗じて逃げるぞ」
アルマは口端を吊り上げ、シャドウとミェルコへと目を向けた。
「さーあ、どうする? 俺はどっちでもいいぞ。俺は、やると言ったら、本気でやるぞ。お前らに覚悟はあるか?」
「キャ、キャプテン、不味いニャ! アイツ、本気の目ニャ! 本格的に頭がおかしい奴ニャ!」
「ふ、ふざけるな! 交渉にもなっていないだろうが! それを引き抜かれたら、俺達は元々終わりなんだよ! 第一、交渉しながら《空のコア》を引き抜こうとするんじゃない! その手を止めさせろ、話はそれからだろうが!」
シャドウの叫びを聞いて、メイリーが手を止める。
「メイリー、手を止めるな。そのまま続けていいぞ」
「ん、わかった」
メイリーは再び《空のコア》へと手を付けた。
「お前らふざけてるだろ! ちょっと、本気で止めろ! わかった、望みならなんでも聞いてやる! すぐに地上に降りて、貴様らに《ノアの箱舟》の所有する財の全てをやる! それから安全に貴様らを逃がしてやる!」
「ほう、それは魅力的だな」
「あ、ああ、そうだろう? 実は持ち運びきれない宝を、この大陸各地に隠している。その場所も教えてやる!」
シャドウは必死にアルマへと呼び掛ける。
「い、いいんですかニャ、キャプテン?」
「背に腹は代えられない……!」
アルマは顎に手を当て、考え込む。
「うむ……《ノアの箱舟》の莫大な財産……。確かにそれさえ手に入るのならば、《空のコア》に固執する理由はない、か?」
「おいそこの竜人、手を止めろ! そっちの男が考慮しているだろうが!」
メイリーはアルマへ目をやる。
「あ、メイリー、手は止めるなよ」
「よくわかったぞ! 貴様、時間稼ぎをしているな!?」
「そりゃそうだろ。一旦俺達が《空のコア》から離れたら、お前達に俺との約束を守る理由はなくなるんだから。ここはお前のアイテムがわんさか眠る、天空艇内部だぞ。お前の提示した条件なんか、呑めるわけないだろうが」
アルマの飄々とした態度を前に、シャドウは歯軋りを鳴らす。
「もういい! やれ! ミェルコ!」
「でで、ですがニャ、キャプテン!」
「ハッタリだ、ハッタリ! 仮に本気だったとしても、このまま見ていたら《空のコア》を引き抜かれるだけだ! それならいっそ、爆発させてやれ!」
シャドウがミェルコへと怒鳴る。
「落ち着け、ミェルコ! 《空のコア》が爆発したら間違いなく即死だが、引き抜くだけなら助かるかもしれんぞ。今は海上を飛んでいるはずだ、多分」
アルマが手でメガホンを作り、ミェルコへと呼び掛ける。
「お前に馴れ馴れしくミェルコとか呼ばれたくないニャ! 馬鹿にしてるのか!」
そのとき、ガコッと大きな音が響いた。
メイリーが、手に青々と輝く《空のコア》を抱えていた。
室内に並ぶ様々な装置が次々に停止していく。
「お、でかしたぞメイリー!」
「後でいっぱい食べさせてね、主様」
メイリーはそう言うと、足で壁を蹴った。
厚い装甲に覆われた動力室の壁が容易く崩れ、空が見える。
「あいつら、本当にやりやがった! 戻せ、戻せ馬鹿! ミェルコ! とっ、とと、取り返せ、アレ! 取り返せ! お前の速さならまだ間に合う!」
「むむっ、無理ですニャ、キャプテン! だって、壁蹴破って、素手で《空のコア》抱えるような奴ですニャ! 取り戻せたって、落下前に安全に設置できるわけがないニャ! それより、何か、何か安全に着地できるアイテムを……!」
シャドウがミェルコに抱き着き、泣き崩れる。
「頼むミェルコ! 天空艇は、天空艇は俺の全てなんだ! これがなくなったら、俺は、俺は……!」
「ちょ、ちょっと、キャプテン!? 落ち着いてくださいニャ! そうだ、これでまた《ノアの箱舟》を復興するという目的が……!」
「そんな目的がいるかぁ! 無理だ! 今全てを失ったら、もう無理だ! これまでどれだけ努力してきたと思っている! それが全部、無に帰って、今更ゼロからなんで……無理だぁ!」
その間にメイリーは、蹴破った壁の穴より、《空のコア》を抱えて降りて行った。
アルマもまた穴から飛び降り、《龍珠》を掲げてクリスを開放する。
翼を広げるクリスの背に乗り、天空艇より脱出した。
振り返ると、浮力を失った天空艇が、急激に落下していくところだった。
唯一の救いは、本当に下が海であったことくらいか。
「よくやったぞメイリー! これで乗り物さえ作れば、移動が一気に楽になる!」
『惨い……あまりに』
クリスが天空艇を振り返りながら呟く。
「何言ってるんだ? あいつらに泣かされた奴の方が多いだろうよ。俺はいいことをしたんだよ」
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