第四十一話 シャドウの憂鬱
都市パシティアの都長の館を《ノアの箱舟》が襲撃している間、頭領のシャドウは天空艇内部の奥にある、自身の錬金工房にいた。
シャドウも昔は襲撃の際には表に出て、指揮を執っていた。
だが、最近では外にも出ていない。
それはいつもあまりに呆気なく終わり、退屈だからである。
収納箱を開き、錬金炉でアイテムを加工していた。
仮面の縁を人差し指で叩き、はあと溜め息を漏らす。
「刺激が、生きている実感が欲しくて始めた空賊だったというのに、随分と色褪せてしまったものだ。簡単すぎるというのは退屈なものだ」
シャドウがそう零したとき、天空艇が大きく揺れた。
壁に叩きつけられ、彼の顔から仮面が落ちた。
シャドウは壁に手を付け、体勢を崩さないように堪える。
「……なんだ? 反撃を受けたのか?」
通路より足音が響く。
この足の速さは、《ノアの箱舟》には一人しかいない。
扉が叩かれ、返事を待たずにせっかちに開かれる。
「キャ、キャプテン・シャドウ! 船の上で何かあったみたいニャ!」
亜人の少女、ミェルコであった。
事態の確認より先に、シャドウの指示を仰ぎに来たようであった。
「そう慌てるな、ミェルコよ。確かに妙なことが起きているらしいが、《ノアの箱舟》には俺の認めた、凄腕の剣士が何人もいる。多少の難事は、上の連中がすぐに解決するだろう。一応、俺も上がるがな」
シャドウは落とした仮面を拾い上げ、収納箱を閉じる。
「全く……錬金実験が、上手く行っていたところだったのだが」
「キャプテン、珍しく笑ってるニャ。最近ずっと、つまらなさそうだったのに」
「笑っている?」
シャドウは自身の顔へと手を当てて確認し、それから口端を吊り上げて邪悪な笑みを作った。
「ああ、確かにそうらしい。俺が向かおうじゃないか。動力室の点検を行ってから、だがな」
「悠長では? あの音……天空艇が損壊したんじゃ」
「だからこそだ。万が一にも今の衝撃で動力室にトラブルが起きていれば、最悪の事態になる。それに……その間に片付く事態だったならば、その程度の相手だったということだ。向かうぞ、ミェルコ」
シャドウが顔に仮面を宛がい、錬金工房を出た。
その後にミェルコが続く。
「は、はいニャ!」
「久々の難事だ。《巨鬼のタイタン》が上には控えていたはずだが……そう簡単に終わってくれるなよ、イレギュラー。この俺を楽しませてくれ」
◆
「ぐうっ!」
アルマは天空艇内部に頭から落下し、首を押さえながら立ち上がった。
ローブがダメージを肩代わりしてくれるために痛みはないとはいえ、あまりいい気はしない。
本当に叩きつけられていれば、首が折れて死んでいただろう。
アルマは壁に手を突いて立ち上がり、天井高くの亀裂を睨む。
「メイリー! 余計なことするなって言っただろうが! もう逃げれば全部終わりだったんだよ!」
メイリーが《オーガ鉛》の球体弾を投げ返したために、天空艇が大破損し、生じた亀裂に落下することになったのだ。
亀裂から飛び降りてきたメイリーが、アルマの横に落下した。
「思ったより高さある、ここ」
メイリーの言葉通り、アルマ達が落下した部屋は、五メートル以上の高さがあった。
アルマは周囲を見回し、内装を確認する。
壁や天井、床に分厚い金属装甲が用いられている。
物々しい箱型の装置が並び、中央には大きな太い柱がある。
「独学でやってるからか、見てもよくわからねぇな。天空艇の制御用か? プレイヤーならもっと効率化できてるだろうが、現地人の天才って感じだな。いいねぇ、この時代を先取りしてる感じ。ここの錬金術師は、ネクロスみたいななんちゃってじゃなさそうだな」
アルマはほう、と感心の声を上げ、近くの装置へと歩み寄る。
蓋を剥がして中を見て、興味深げに頷いた。
「これはこれで面白いな。思わず持って帰りたくなる」
「……どうでもいいけど、目的果たしたんでしょ? ボクもすっきりしたし、とっとと出ようよ」
「ああ、わかってるさ。さすがにここ弄ったら、何が起きるかわからないしな。勿論早く出るつもりだが、ここが何の場所なのかだけはっきりさせておきたい」
アルマは中央の柱に歩み寄り、柱を覆う金属板へと手を掛ける。
「《アルケミー》」
アルマが唱えると、強固に設置されていた金属板が容易く剥がれる。
内部から青の輝きと同時に、強い熱気が放たれた。
アルマは素早く背後へ跳んで距離を置く。
「っと、危ない。ローブの耐久値、ちょっと削れたな」
「……弄ったら何が起きるのかわからないんじゃなかったの? 何やってるの?」
「なるほど、運良くというか、悪くというか……どうやらここは、天空艇の心臓部だったらしい。ここは動力室で、これは動力源……《空のコア》だ」
「まさかそれ……持ち帰る気?」
メイリーがげんなりした様子で尋ねる。
「俺だってそこまで馬鹿じゃない。そんなことしたら、ここの錬金術師から一生目の敵にされるぞ。何のために俺が撤退したいと何度も言ってると思ってるんだ。だいたい、この天空艇だって、とんでもないことになる。確実に俺達も巻き込まれるぞ。第一な、《空のコア》はそう簡単に外せるもんじゃない。安全にやるには、周到な準備が必要だ。保管しておくのだって難しい」
アルマが早口でぺらぺらと喋り始める。
メイリーは鬱陶しそうに、片耳を手で押さえる。
「じゃあとっとと行こうよ。横壁に穴開ける? こっち側からなら、すぐ貫通できるはずだけど」
「ああ、そうだな。頼む」
アルマはそう言いながらも、《空のコア》から視線を一切外さなかった。
アルマが今一番欲しいのは浮動要塞であった。
そのためには《空のコア》が必須なのだ。
しかし《空のコア》の製造には、大掛かりな装置と、大量の材料が必要となる。
今のアルマには手の届かない額が必要なのだ。
各地から好きに資源を奪える《ノアの箱舟》だからこそ、造り上げられたものだといえる。
アルマは正攻法で造り上げられるのは、きっとずっと先のことになるだろう。
「……なぁ、メイリー」
「どうしたの、主様?」
「もう多分、都市の上って抜けたよな?」
「なんでそんなこと聞くの……?」