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第三十六話 空を舞い、地を統べる者

 空賊と、そう畏れられる者達がいる。

 彼らはただの盗賊とは一線を画す。

 何故ならば、空賊は天空艇と称される、空を飛ぶ船を有しているためだ。


 天空艇の開発には、莫大な富と、優れた技術を要する。

 つまり彼らは、金銭に窮して盗人に手を染めたわけではない。

 手段ではなく目的として、殺しや盗みを働く。

 彼らの穢れた魂は血によってのみ潤う。


 ある日突然人里に降り立ち、殺戮を繰り広げ、財宝を奪い、尊厳を穢し、またその地を去っていくのだ。

 そして、彼ら自身の尊厳は、決して何者にも侵されることはない。

 空を自由に飛べる者など、そう多くは存在しないからだ。

 魔物の蔓延るこの狂気の大地で、人の血の沁みついた武器を傍らに、彼らだけが安全な、不可侵の空の世界に守られていた。


 彼らの天空艇は黒塗りの巨大な船であった。

 大きな帆を掲げ、空を飛行している。


 乗員数は五十にもなる。

 彼らは全員、一流の冒険者に匹敵する戦士でもあった。


 天空艇もまた一つの宝である。

 その価値は、ものによっては都市一つにも並ぶ。

 生半可な者が所有すれば、地上に降りた際に奪われることは必定。

 だが、この天空艇は製造より十年以上経つが、一度も主を変えないでいる。

 それが現乗員達の強さの証明であった。


 船首に、黒いコートを羽織った男が立っていた。

 巻き髪の銀髪をしており、顔は仮面で完全に隠している。

 彼こそが空賊団《ノアの箱舟》の首領、シャドウであった。

 この天空艇を造り上げた、凄腕の錬金術師でもある。


「キャプテン・シャドウ! 朗報ニャ!」


 船首より地上を見下ろすシャドウの背に、一人の女が声を掛けた。

 頭には黒い三角帽子を被っており、ショートパンツを身に着けていた。

 橙のショートヘアーからは、猫のような耳が伸びていた。


 この世界において、亜人と称される人種であった。

 獣や魔物の特徴を持つ亜人達は、身体能力において普通の人間よりも遥かに優れていることが多い。


 彼女の名はミェルコ。

 亜人の高い身体能力が存分に発現した例であった。

 生まれの地でも、百年に一度の天才と、そう呼ばれていた。

 軽い言動とは裏腹に、純粋な戦闘能力において《ノアの箱舟》最強とされている。


「伝書にあったそうだけど、都市パシティア近辺で、大量の海轟金(トリトン)が見つかったそうニャ。海上に出現した遺跡のお陰らしくて、総額は五十億アバルにも昇るとか。他にもきっと、太古の高価なアイテムを回収してるニャ。これはリティア大陸の空を統べる我々としては、ちょろっとお零れいただかニャいと」


「ほう、遺跡か。では、パシティアに真っ直ぐ向かえと、操縦士に伝えろ」


「フフフ、最近はどの地も飢えて旨味がなかったけど、久々に狩りを楽しめるニャ」


 ミェルコが丸い猫目を細め、舌舐めずりをした。

 それからちらりと、シャドウを見る。

 彼はまだ船首から地上を見下ろしたまま、ミェルコを振り返りもしていなかった。


「……キャプテン、あまり楽しそうじゃないニャね」


「あらゆる贅と、快楽を尽くした。剣の達人を乗せた。稀少な亜人の中でも天才と呼ばれる、お前も乗せた。腕利きの料理人も乗せた。この船も増築を繰り返し、増えた場所に財宝と、新たに優秀な人材を集めた。……いつからだろうな? あれほど甘美だった略奪が、ただの作業になった。今では最早、俺やお前が力を振るう機会は滅多にない」


「キャプテン……」


「いや、つまらない戯言を吐いた。忘れろミェルコ」


「はっ……」


 ミェルコは俯きながらそう口にし、船首を去ろうとした。

 しかし、途中で足を止め、シャドウを振り返った。


「キャプテン・シャドウ、次の仕事が終わったら、別大陸に向かってみるのはどうニャ? 帝国はちょっとくらい骨があるかもしれないニャ」


「ふむ、そうだな、帝国に喧嘩を売るのも悪くない、か」


 シャドウは小さく頷く。


「では次が、このリティア大陸最後の仕事だ。盛大に暴れてやろうではないか。都市と共に残り続ける……いや、例えパシティアがなくなったとしても、我が名が恐怖の象徴としてリティア大陸中で向こう百年語り継がれる、そんな苛烈な惨劇をな」


 シャドウは船首の先端に足を掛け、雲の遮る地上を見下ろす。


「不幸だったな、パシティアよ。お前達は、不相応な宝を手にしたがばかりに、我ら《ノアの箱舟》の餌食となるのだ。嵐に怯える子供のように、ただ目を瞑り、神に祈りを捧げるがいい」

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