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第三十二話 崩御

 デイダラボッチの触手が、メイリーの身体を巻き取り、持ち上げた。


「放して、放して……! 放せ! この……!」


 自身より遥かに大規模な触手を、メイリーは膂力だけで強引に振り解こうとする。

 別の触手が、触手の上から更に押さえ込み、ダマとなっていく。


「ゴォオオオオオオオオオオオ!」


 デイダラボッチが狂ったような咆哮を上げる。

 顔から、三つ口のようなものが開いた。

 メイリーを包んだダマと化した触手の塊を、出鱈目に遺跡中に打ち付け始める。

 あちらこちらの建造物が崩れ、海の中へと落ちていく。


『あ、あれはさすがにまずいのではないのか? メイリー様が……!』


 デイダラボッチが触手ダマを空高く掲げ、そこから勢いよく振りかぶった。

 投げ出されたメイリーの身体が床に叩きつけられる。

 投擲されたメイリーによって数々の建造物が破壊されていき、メイリー自身も床にめり込み、地下階層へと姿を消した。


 デイダラボッチの五つの目が、アルマ達へと向けられた。

 肉が蠢き、割れた眼球が再生していく。

 切断された触手さえ、本来の長さを取り戻していく。


 胸部に開いた大穴も、どんどんと肉で埋まっていく。


「オォ、オォォオオオオオ……」


 次はお前だ、と。

 デイダラボッチはそう宣告しているようだった。


『アルマ! おい! メイリー様が、メイリー様が!』


「安心しろ、ウチのメイリーはそんなにヤワじゃない」


 デイダラボッチが、辛うじて滞空しているアルマ達へと迫ってくる。

 建造物が踏み壊されていく。


『というか、我々もまずいではないか! どうするのだ!』


 床を貫き、クリスとデイダラボッチの間にメイリーが姿を現した。

 宙で勢いよく身体ごと足を振り回し、高く掲げた踵をデイダラボッチの頭部へ打ち付ける。


 デイダラボッチの頭が大きく窪み、首が歪む。

 だが、身体はびくともしてない。


「……こんなに頑丈なら、教えておいてよ」


 メイリーが不貞腐れたように口にする。


「一応言ったぞ。……まぁ、言葉足らずだったが」


 アルマは頭を掻きながら、そう言い訳を漏らす。


「だが、準備は終わった。クリス、こいつをメイリーへ」


 アルマはそう言って、クリスの背に置いた収納箱を手で叩く。


『仕方あるまい……』


 クリスは収納箱を前足で取り、メイリーへとぶん投げた。


『頼んだであるぞ、メイリー様!』


 メイリーは収納箱を爪で壊す。

 中から、海轟金(トリトン)の錨が現れた。

 メイリーはそれを器用に抱き締め、デイダラボッチの触手を避ける。


「どうするのこれ!」


「遺跡の端っこ……あの辺りに、ぶん投げてくれ! 床にぶっ刺すようにな!」


 メイリーはアルマの指差した位置へ、海轟金(トリトン)の錨をぶん投げる。

 床に深々と海轟金(トリトン)の錨が突き刺さる。


「よし、よくやった!」


 アルマは言いながら《龍珠》を掲げる。


「クリス、もう休んでいいぞ」


 クリスが《龍珠》に吸われていく。

 背に乗っていた収納箱や錬金炉、そしてアルマが落下していく。


「主様ぁっ!?」


 メイリーが慌てて飛んできて、落下中のアルマを背に乗せる。


「先に言ってもらわないと、困るんだけど!」


「悪い悪い、あんまり余裕がないからな。どうせ、お前なら咄嗟でも対応できるだろ」


「で……ここからどうするの?」


「下に落とした収納箱の中に、アレと同じ海轟金(トリトン)の錨が入ってる。それと、俺が先に造っていた、海轟金(トリトン)の鎖を回収してくれ」


 床に降り立ったメイリーは、収納箱を蹴り壊して海轟金(トリトン)の錨を右手に抱え、海轟金(トリトン)の鎖の片側を左手に抱えた。

 デイダラボッチの触手の追撃が飛んできたため、すぐに床を蹴って空へと逃れる。


「さすがのボクでも飛びにくいんだけど!」


「次はさっきの、遺跡に突き立てた錨の方へ飛んでくれ」


 すぐにメイリーは目的へと到着した。

 アルマは錬金術のスキルで、鎖の両端に、二つの錨をそれぞれに繋げる。


「そっちの錨を、奴の背に打ち込んでくれ」


「あいつを鎖で動けなくするの? でもこんなの、アレの膂力ならすぐに引き剥がせるんじゃ……」


「大丈夫だ」


 メイリーはアルマを背に乗せ、鎖の付いた海轟金(トリトン)の錨を持って空へと飛び上がる。

 追ってきたデイダラボッチが、無数の触手を伸ばしてメイリーに迫ってくる。


「オゴオオオオオオオオッ!」


 メイリーは空を飛び交い、デイダラボッチの触手を回避していく。

 そしてデイダラボッチの身体に鎖を巻き付けるように一周してから相手の背後へ回り、塞がり掛かっている胸部の穴、肉の奥へと、背中側から海轟金(トリトン)の錨を深々と打ち込んだ。

 再生していく肉に鎖が埋もれていく。


「オッ、ゴオ、オオゴオオオオッ!」


 デイダラボッチが鎖に触手を絡め、暴れる。

 だが、鎖はまるで千切れない。


「ルーンで強化した、バグ鎖だ。モンスターランク7でも、あれは壊せない」


『バグ鎖?』


 アルマは頷く。


「あの鎖には《魔力の代償》のルーンが付いている。《魔力の代償》は武器に付与するルーンで、壊されそうになったら、装備者の魔力を吸って再生するんだ」


『……ふむ? 今、お前がアレに魔力を供給しておるのか?』


「いや、鎖に付与して相手に巻き付けた場合には、装備者の判定が巻き付けている対象になるんだ。つまり壊そうと暴れると、装備者の魔力を吸って鎖が復活する仕組みになっている」


『ええ……』


 壊そうとすればするほど、対象の力を削いでいく。

 絶対壊すことができない呪いの鎖。故に、バグ鎖である。

 マジクラでも散々悪用されてきた手法であった。


 一応、鎖の耐久値を超える一撃を与えて再生を許さずに破壊するか、ルーンなどの効果を一時無効にする力があれば、バグ鎖の性質を掻い潜って破壊することができる。

 というより、マジクラ後期においては、明らかにバグ鎖対策のスキルを持った魔物だらけになっていた。

 意地でも既存の仕様を変更しない、運営部のプライドが滲み出ていた。


 鎖には《魔力の代償》の他に、《耐久強化》も付与されていた。

 アルマはマジクラを熟知している。

 この鎖であれば、デイダラボッチにはギリギリ突破できないと見抜いた上での調整を行っている。


 アルマは遺跡の中央側へと目を向ける。


「メイリー、あの辺りを勢いよく殴りつけてくれ。本気目でな」


「いいの? そんなことしたら、せっかくの遺跡が滅茶苦茶になるよ」


「ああ、構わん。アレにこれ以上暴れられていたら、遺跡がなくなってしまう」


 アルマの言葉に、メイリーが手のひらを拳に打ち付ける。


「そういうことなら、全力で行かせてもらうけど」


 メイリーが拳を振り上げ、遺跡の中央部へと急降下していく。

 床に、メイリーの拳がぶつかる。

 凄まじい衝撃波が走った。

 メイリーの拳で、これまで散々デイダラボッチが暴れたことによって亀裂だらけになっていた遺跡が、崩壊していく。


 遺跡が大きく割れる。

 デイダラボッチの繋がれている部分が崩れ、海へと落ちていく。

 それに鎖で引かれ、デイダラボッチも海へと落ちていく。


「ゴオッ、オゴオオオオオオオッ!」


 デイダラボッチの断末魔の叫びが響く。


 海上であれば、デイダラボッチは触手の膂力で遺跡を叩き壊して、重しから逃れることができただろう。

 だが、遺跡の材料である宝魔珊瑚(アプサラス)は珊瑚であり、海中にあるとより頑丈になるのだ。

 加えて海に落ちてしまえば、水の抵抗で触手に速度が乗らなくなる。

 殴る対象である宝魔珊瑚(アプサラス)も海中に浮かんだ状態であり全く固定されていないため、殴ってもしっかりとしたダメージが通らない。


 おまけにデイダラボッチの触手の破壊力は、その長さによって裏打ちされたものであるのだ。

 デイダラボッチの触手は鞭のようなものである。

 長ければ長いほど先端速度が跳ね上がり、その引き上げられた加速度によって、高い破壊力を生み出している。

 鎖で縛られた状態で、かつ背中側で、おまけに鎖で至近距離に繋がれている宝魔珊瑚(アプサラス)の塊に対しては、充分な威力を発揮できないのだ。


「悪いが、海底で眠っていてもらうぞ。不死身でも、浮かんでこれなきゃ関係ないからな」


 アルマは遺跡の残骸と共に沈んでいくデイダラボッチを眺めながら、そう口にした。

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