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第三十一話 絶対支配者

 屋外に出たアルマは、遺跡にある奇妙な突起を椅子代わりに用いて座り、錬金炉を並べて海轟金(トリトン)の加工を行っていた。

 キュロスは既に、他の冒険者達同様に、遺跡から避難させている。


『悠長なことであるな……アルマよ』


「最低限の準備はしておかないとな。デイダラボッチは強いぞ。無策で挑んだら、この遺跡がなくなっちまいかねない」


『負ける心配より、遺跡を失う心配なのか……。まあ、お前らしいが』


 メイリーは緊張感なく遺跡の上に寝そべり、アルマの造った海轟金(トリトン)製の棒キャンディを舐めている。


「別に、そんな心配しなくていいけどね。デカいだけの奴には、ボク、負けないよ」


 ぐらり、遺跡が大きく揺れる。

 遺跡中に亀裂が走ったかと思えば、そこから長い触手が伸びる。


 そして触手に続き、大きな頭部が姿を現す。

 亀裂を押し広げながら、巨大なラメールが姿を現した。


 通常のラメール同様に、人間に近い身体を持った蛸のような外観をしている。

 決定的に違うのは、目が六つあることであった。

 加えて全身に腫瘍のようなものがあり、通常のラメールよりも遥かに不気味な姿をしていた。


 全長は二十メートル近くはある。

 遥か高みより、六つの瞳がアルマを見下ろす。


『これが奴らの神、デイダラボッチ……。ほ、本当にどうにかできるのであろうな?』


 アルマはクリスの問いかけは無視して、メイリーへと顔を向ける。


「メイリー、準備がまだだ。時間を稼いでくれ」


「当然だけど、倒しちゃっていいんだよね?」


「まぁ、好きにやってくれ」


 アルマの言葉に、メイリーが翼を伸ばし、地面を蹴った。

 宙を掻き分け、豪速でデイダラボッチへと接近していく。

 メイリーを捕まえようと伸ばした触手は、まるで彼女に間に合っていない。


「遅すぎるよ」


 メイリーはデイダラボッチの目前で滞空したまま目を細め、ぺろりと舌舐めずりした。

 宙で大きく爪を振るう。

 デイダラボッチの顔面に爪撃が走る。


 額から顎に掛けて、深い傷跡が生じ、体液が噴き出していく。

 同時に、触手の一本が切断された。

 抉られた眼球の一つが、顔面から剥がれ落ちる。


「モンスターランク7なら、もうちょっと速いと思ってたよ。主様があんなに脅すもんだから、ヘンに警戒しちゃった」


「ゴオ、ウゴォオオオオオオオオオオオオ!」


 デイダラボッチが咆哮を上げる。

 デイダラボッチは、ようやくメイリーをただの羽虫ではなく、外敵として判断したのだ。


 デイダラボッチの身体から無数の触手が伸び、さっきまで以上の速度でメイリーへと迫る。

 振るわれた触手は、鉤爪付きの巨大鞭となる。

 ラメール遺跡の建造物を容易く打ち壊していく。

 かつて世界を支配していたラメールの遺跡が、まるで子供の玩具同然であった。


 遺跡全体が激しく揺れる。

 アルマも表情を歪め、近くの謎の柱へと抱き着いて身体を支える。


『ば、化け物め。これがラメールの切り札……奴らの信仰する、力そのものであるというわけか』


 クリスはそう零してから、ごくりと息を呑む。


『……だが、本当の化け物はメイリー様か』


 メイリーは宙を自在に飛び交い、デイダラボッチの触手を余裕を以て回避していく。

 最早、アルマやクリスの動体視力では、ほとんど姿を捉えることさえできなかった。

 たまにデイダラボッチの触手が切断され、身体に大きな傷が走る。


『あれなら、余裕で勝ってしまうのではないか?』


「デイダラボッチは、そんな簡単な奴じゃないぞ」


 メイリーの圧勝と見たクリスがそう嬉々として語るのを、アルマはあっさりと切り捨てる。

 そして喋りながら、精製した海轟金(トリトン)を大量に宙に浮かべ、巨大な鎖のようなものを造っていた。


『……む、そ、そうなのか? そしてお前は、さっきから何を造っている?』


「だから、対デイダラボッチ用のアイテムだよ」


 あんまり使いたい作戦ではないがな、とアルマは付け足す。


「《龍珠》」


 アルマは唐突に、クリスの入った《龍珠》を掲げる。

 クリスはアルマのすぐ前へと、その姿を現した。


『ん? どうしたのだアルマ? ま、まさか、我をアレの囮にしようとはしておらんであろうな?』


「ちょっと背中に乗らせてくれ。揺れに跳ね飛ばされて、海にでも落ちたら最悪だ」


『そうか、よかった……。あんなのと戦えと言われてもごめんであったからな。十秒も持たんぞ』


「そんな酷なこと言うもんか」


 クリスは心底安堵したように息を漏らす。


「それで……クリス、ちょいとそこの収納箱を、三つほど背に乗せてくれ。あと、錬金炉も三つな」


『……うむ?』


 クリスが表情を曇らせる。


『ま、待て、アレが重いのは、我は痛いほど知っておるぞ。あんなのを乗せて、空を飛べというのか?』


「低空で結構だ。それに、あの鎖はとりあえず地面に置いていってやる。どうせ運べないだろ?」


 アルマは先ほど造った、海轟金(トリトン)の巨大な鎖へと指を向ける。

 二十メートル超えの長さになっていた。

 かなり金属が分厚く、間違いなくクリスの持てる重量を超えていた。


『し、しかし、しかし……!』


「たまには仕事をしてもらわんとな」


 クリスは言われた通り、背に収納箱と錬金炉を積み上げ、アルマを乗せて空へと逃れる。


『お、重い……本当に重い! 今触手で狙われたら、ひとたまりもないぞ』


「射程外だ。あの化け物だって、メイリーを前に俺達に構ってる余裕なんてあるもんか。それに、どうせ何も背負ってなくても、狙われたら避けられないだろあんなの」


『それはそうだが、それはそうなのだが……!』


 クリスはちらりと、メイリーとデイダラボッチへと目を向けた。

 既にデイダラボッチ討伐が終わっていることを期待したのだ。

 だが、メイリーとデイダラボッチは、依然変わらず交戦を続けていた。


「何でこいつ、こんなにしつこいの!」


 どちらかといえば、メイリーの方が疲労で速度が落ちている。

 対するデイダラボッチは、依然メイリーにはまるで届いていないものの、初期と変わらぬ速度で触手の鞭を放っている。

 メイリーに与えられた怪我は、即座に傷が塞がり、再生していく。

 その度にぶくぶくと傷口が膨れ上がり、腫瘍が生じていた。


『あの異形は、形成を度外視した再生能力によるものであったのか……』


 クリスはデイダラボッチを眺め、そう漏らした。


「うざったい!」


 メイリーはデイダラボッチから距離を置いたかと思えば、一気に旋回してデイダラボッチへ突進していった。

 空気との摩擦のため、メイリーの直線軌道に炎が燃え上がった。

 触手はまるで追い付いていない。

 ばかりか、デイダラボッチの六つの目は、最早メイリーを認識できていなかった。


 デイダラボッチの胸部を、メイリーが貫いた。

 黒焦げになった触手が、崩壊した遺跡の上に散らばる。

 デイダラボッチの胸には、燃え上がる大穴が開いていた。


 メイリーは側転しながら身体を床で弾き、二度目の衝突でしっかりと着地した。


「ふう……ちょっと本気出しちゃった」


 メイリーはデイダラボッチの体液塗れになりながらそう漏らし、腕に付いた肉片を舐め取った。


『お、おい、普通に勝ったではないか……』


「先に、もっと具体的に言っておくべきだったか」


 アルマの言葉に、クリスが表情を顰める。


『なに……?』


「デイダラボッチはラメールの文明そのものであり、集大成だ。生き物の目的とは、自身の痕跡を後の時代に遺すこと。人間にもあるその思想を、奴らはもっと愚直に扱っている。だからこそ自身らに適していない時代だと判断したら、数万年都市ごと永眠するような手段も取ったわけだが」


『どういうことだ?』


「最初に言っただろ? 言葉の通りだ。デイダラボッチは奴らの神であり、代々君臨し続ける絶対支配者であり、永遠に残り続ける奴らの痕跡なんだ。デイダラボッチは、不死身なんだ」


 身体に大穴を開けられたデイダラボッチは、膝を突くことさえしなかった。

 先の一撃の反動で床に蹲るメイリーへ、巨大な触手が迫っていく。


「嘘……心臓ごと吹き飛ばしたのに!」


 さすがのメイリーも、表情に焦りが出始めた。

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