第三十話 デイダラボッチ
アルマとメイリーは、冒険者達が遺跡を掘って作った坑道を走る。
『トリトンゴーレムは連れて行かんのか?』
クリスの問いに、アルマは首を振る。
「ああ、足が遅いし……それに、デイダラボッチの前じゃ、ほとんど無意味だ」
『そこまで凶悪なのか』
「デイダラボッチはモンスターランク7だ。奴がその気になれば、こんな遺跡一瞬で崩壊する」
『モンスターランク7であると!? た、高すぎて、イメージができん……』
アルマが以前に釣りあげた大食海獣カリュブディスでさえ、モンスターランク6なのだ。
「クリスが百体いても足止めにしかならないレベルだ」
『よくわかったが、本当に我を引き合いに出すのはやめてもらえんか? 結構傷ついておるのだが』
アルマは走りながら、傍らのメイリーへと目を向ける。
「……デイダラボッチは厄介な性質を持つ。だから、ウチのメイリーでも、ちょっとしんどい戦いになりかねない」
「ちょっと、主様。ボク、デイダラボッチについては戦ったことはないし、そんなに知らないけど、ボクの方がランク上なんでしょ?」
メイリーがムッとしたようにアルマを睨む。
マジクラ最強のドラゴン、世界竜オピーオーンの娘であるメイリーは、モンスターランク9である。
一対一では負け知らずどころか、ほとんど苦戦したことさえない。
そのためメイリーは、少しばかりプライドが高かった。
「悪い悪い。そうだな、
『キュロス、か。奴も憐れな男である。何故毎度毎度、ハズレクジを引いておるのか……』
クリスはそこまで言って、深く溜め息を吐いた。
『……ああ、率先してアルマに関わっておるせいか。そうであれば、キュロスが悪いな』
「人を天災みたいに言ってくれる……。俺は別に、あいつに何か悪いことをした覚えはないぞ? 難癖付けられても笑って流してたし、命の危機に遭ったら助けてやってるんだから」
そのとき、通路の前方よりキュロスが姿を見せた。
アルマより支給された《
こちらに気が付いたキュロスは、顔を上げ、やや安堵したように息を吐いた。
「おい、他の冒険者はどこに行った?」
「無事だったか、キュロス。とっとと上に行け、化け物が来るぞ」
「化け物だと?」
正にキュロスがそう口にした直後、床を破壊し、彼の後ろから、青黒い巨大な触手が現れた。
触手は豪速でキュロスへと迫っていく。
「うぐぉわああああぁああああっ!」
キュロスは絶叫しながら、地面を蹴り、天井すれすれまで高く跳び上がった。
触手がキュロスのすぐ足下を掠める。
キュロスの《
あれのお陰でジャンプ力が上がったのだ。
もし《跳躍強化》がなければ、間違いなく触手に貫かれていた。
高く跳び過ぎた代償に、キュロスは派手に床に身体を打ち付ける。
「うぶっ!」
それからすぐ近くの触手に目を向け、顔を蒼褪めさせた。
「ひっ、ひいっ! ひぃいいいっ!」
すぐに叩き潰されそうになったが、合間に潜り込んだメイリーが、青黒い触手を片手で押さえた。
「ほら、早く」
キュロスは茫然とメイリーを見上げた後、こくこくと頷き、よろめきながらアルマ達の方へと走ってきた。
「なんだ、あの、巨大触手は……」
「お前はいらないって言ってたが、あって助かっただろ?」
「……何の話だ?」
アルマはキュロスの持つ《
「《跳躍強化》」
キュロスは腑に落ちなさそうに顔を顰めた。
メイリーは巨大触手を押さえているのとは逆の手を引き、身体を捻って勢いよく殴り飛ばした。
「ちょいさっ!」
巨大触手はメイリーに殴り飛ばされ、壁、床と激しく打ち付けながら、奥へと引っ込んでいく。
遺跡内が大きく揺れ、辺りに亀裂が走った。
「……で、どうするの主様? 追って殺すの?」
メイリーは、なんてことでもないかのように振り返り、あっさりとそんなことを口にする。
今の光景に茫然とするキュロスの横で、アルマは首を振った。
「いや、狭いところで延々あんなのと殴り合ってたら、遺跡が沈んでしまう。屋外で迎え撃つ。本音言えば、本体叩いてとっとと早期決着付けたかったが……それでしくじれば、遺跡がなくなりかねないからな。デイダラボッチは、実際何の準備もなしに戦うのはしんどい」
「ふーん……今の感じ、そこまでだったけどね」
メイリーは納得いかなさそうに、触手を殴り飛ばした拳を開閉する。
「今回は、俺がしくじったよ。横着せずに最深部まで先に向かっておけば、儀式も中断させられただろうし。何より、デイダラボッチが出てくる可能性を危惧できてれば、叩く準備を整えるなり、なんとでもやりようがあったんだ。もっと慎重に動かんとならんな」
アルマはそう反省してから、天井へと目を向けた。
「メイリー、天井に穴を開けてくれ。一旦脱出する」
「ん」
メイリーは短くそう返すと、その場にしゃがみ、勢いよく地面を蹴って跳び上がった。
天井を突き破り、一直線に穴が開いた。
ぱらぱらと、鉱石の欠片が穴から落ちてくる。
顔を上げれば、青空が見えていた。
アルマは《魔法袋》より、長い縄を取り出した。
片側の先端には、引っ掛ける金属鉤が付いている。
「キュロス、上までぶん投げてくれ。できるだろ?」
「あ、ああ……」
キュロスは茫然と穴を見上げていたが、アルマから縄を受け取ると、真上にぶん投げた。
遺跡の屋外に鉤が引っ掛かる。
アルマはそれを見て、満足げに頷いた。
「よし、掛かったか。さすが、腕っ節でA級冒険者になっただけはある。先回りして、上でデイダラボッチを倒すための準備をしておくか」