第二十九話 ラメールの神
遺跡の開拓は順調に進んでいっていた。
トリトンゴーレムは既に十体まで増えていた。
採掘場の中央には、大量の錬金炉と収納箱が並ぶ。
冒険者達は採掘を行ったり、台車で
さすがのアルマも、指示出しと、大量の
床に座り込みながら、げっそりとした表情で、現在も精錬中の錬金炉の様子を見守っている。
「主様大丈夫? 食べる?」
「遠慮しておく」
メイリーの差し出した
こんなものをお菓子代わりに噛み砕ける生物はメイリーくらいである。
『日を置いて、そろそろ都市に戻ってはどうだ?』
「そんなことしたら、領主にごねられて採掘権を持っていかれるかもしれんだろ。俺はこのままここに居座って、この遺跡の
アルマはムッとした表情を浮かべる。
『そ、そうか……。しかし、そんなぐったりしていていいのか? まだ、この遺跡にラメールがおるかもしれんのだろう? 結局最奥部まで見ていないではないか。疲れ切ったところを攻められはせんか?』
「どうせ、潜んでいたとしても少数だ。出てきたらメイリーに叩いてもらうさ」
アルマがそう口にした、丁度そのときであった。
冒険者達の掘り進んでいた通路の奥より、複数のラメール達の叫ぶ声が聞こえてきた。
まるで絞め殺されるかのような、そんな苦悶の声であった。
「なんだ、この声……。遺跡内に、別の魔物でも現れたのか?」
アルマはそう呟いてから、はっと顔色を変えた。
「まさか、デイダラボッチか!」
『な、なんだ、その物騒な名は?』
アルマの驚いた声に、クリスが恐々と尋ねる。
「……キングラメールとも言うが、キングなんて生易しいもんじゃない。ラメールの一部には、長を呪法で強化して、不死身にして、代々君臨し続けられるようにする文化がある。そいつがデイダラボッチだ」
『連中はそんな悍ましいことをしておるか……』
「ただ、デイダラボッチは通常は遺跡と一緒に封印されたまま、遺跡が浮上しても眠ったままなんだ。祭壇奥地で眠っていて、冒険者が余計なことさえしなければ起きないはずだったんだが……」
マジクラにおいてデイダラボッチは、ラメール遺跡のおまけの隠しボスのようなものであった。
最奥部まで辿り着いた上で、プレイヤー側が復活の儀式を完遂させなければ、デイダラボッチが目覚めることはない。
ラメール達が自発的に復活させることはなかった。
だが、これはゲームではなく、現実の世界である。
ラメール達も自身らの危機を悟れば、切り札であるデイダラボッチを復活させることも危惧しておくべきだったのだ。
アルマとメイリーが好きに暴れたがために、ラメール達を脅かし過ぎたこともあった。
本来、デイダラボッチのいるラメール遺跡自体が稀なのだ。
そのために、アルマの頭から、ラメール達が自発的にデイダラボッチを復活させる可能性が抜け落ちていた。
「おい! 奥に行った奴を呼んでくれ! 集まったら、一人ひと箱は収納箱を担いで、上に避難してくれ」
アルマは冒険者達に呼びかけた。
冒険者達は、すぐに他の冒険者達を呼びに動き出した。
「アルマさんが大騒ぎしてるなんて、一体何が来るんだ?」
「お、重い……この箱、なんて重量だ」
冒険者達は収納箱を抱え、口々にあれこれと漏らしながら地上への直通階段を登り、どたばたと上がっていく。
階段は、アルマが余った鉱石の残骸で造ったものである。
収納箱が重いのは当然であった。
収納箱は、外観以上のアイテムが入る。
中にはぎっしりと
「捨てて行かないか? 何が来るかわからないし……」
アルマは眉間に皴を寄せ、そう口にした冒険者を睨み付ける。
その冒険者は背筋をピンと伸ばし、「な、なんでもありません!」と叫び、収納箱を抱え上げた。
『しかし、何故、ラメール共の喚き声が、そのデイダラボッチの復活に繋がるのだ?』
クリスがぽつりと疑問を漏らす。
「ああ、デイダラボッチ復活の儀式では、生きたラメールを縛り上げて生贄にするんだ。祭壇に生命力が吸われるんだが、その際に凄まじい苦痛を伴うらしく、ああいう大声が発される」
『なるほど、詳しいな』
アルマは頷いた。
「俺もデイダラボッチと戦うために、一回儀式をやったことがある」
『ラメールやらデイダラボッチやらよりも、お前の方が遥かに怖いわい……』
クリスは呆れ果てたようにそう零した。
『……しかし、何故、収納箱まで避難させたのだ? メイリー様でも、どうにもならない相手なのか?』
「収納箱は壊されたら大事故が起きるからな」
錬金術師の収納箱は、外観以上にアイテムが入る分、叩き壊されたときは一気にアイテムが放出されるのだ。
「デイダラボッチは、割と洒落にならない相手だ。特に、今の俺の戦力じゃ、周りの被害を気にして戦えるような、ヤワな相手じゃない。俺はあれを、キングラメールだの、ラメール共の長だのと言ったが、どっちかというとデイダラボッチは、ラメール達の神とでも形容した方が近い存在だ」
『ラメール共の、神……か。お前がそこまで言うのだから、生半可な相手ではないらしいな』
「ああ、大分厄介な性質を持っている。儀式で呼び出したのが俺なら、出てきたところに罠を仕掛けて嵌め殺しにできたんだが、今回は残念ながら、そういうわけにもいかないらしい」
『……やっぱりお前の方がよっぽど怖いわ』
クリスが投げやりに口にする。
アルマはふと、地上への直通階段へ目を向ける。
小太りの冒険者が、収納箱を抱え、ぜえぜえと息を荒げていた。
重さに耐えかねて、まともに動けないでいるようだった。
「おい、そこのお前、もういい、その辺に置いておいてくれ」
「す、すいません、アルマさん……」
小太りの冒険者はぺこぺこと頭を下げる。
「そうだ……念のために聞いておきたいんだが、お前、自分で最後だってわかるか? 他の冒険者は、もう先に行ったか?」
「えっと、はい。ええ……」
収納箱を置いて階段を上がって上方を確認してから、降りてきてアルマへと姿を晒す。
「キュロスさんが、いないかも……。そういえば、奥の方で掘ってたような……誰か、呼んであげなかったんでしょうか?」
アルマは手で頭を押さえた。
「……アイツ、俺のいないところでサボるために、わざと目の届かない奥まで行ってやがったな」
近辺で掘ればよかったのに、わざわざ奥まで行く理由は、それくらいしかなかった。
キュロスは他の冒険者にも見られたくなかったため、奥の奥まで進んで、そのせいで見つけてもらえず、結果、一人だけ呼び戻されなかったのだった。
「メイリー、キュロスを呼びに行くぞ。早くしないと、デイダラボッチが動き始めるぞ」