<< 前へ次へ >>  更新
63/113

第二十七話 囚われの冒険者

 アルマはメイリーに手を引かれ、通路を走っていた。

 彼らの背を、六体の蛸人間ラメールが追う。


「そこそこ片付けてやったつもりだが、まだこんなにいやがったか」


「主様ぁ、追い付かれたくないから、背に乗って」


「おう、頼んだ!」


 アルマはメイリーの背に乗る。

 メイリーの姿が美しい白竜へと変わり、通路内を素早く飛ぶ。

 アルマは軽く背後を振り返り、ラメール達の様子を確認する。 


「はい、ポチっとな!」


 アルマは言いながら、背後へと赤と灰色の短い杖……《入力短杖(スイッチワンド)》を向ける。

 その途端、ラメール達の足場の床が落ちる。

 ラメール達は茫然とした様子で下へと落ちていった。

 落とし穴である。


 このアイテム、《入力短杖(スイッチワンド)》は情報量の乗った魔力を飛ばすことができる。

 単独だと意味のないアイテムだが《入力短杖(スイッチワンド)》に反応する鉱石と組み合わせることで、離れたところの物を動かしたり、爆発を起こしたり、魔法スキルの効果を及ぼしたり、なんてことができるのだ。


 遠隔軌道の罠を動かすのに適したアイテムであり、要するにリモコンである。

 罠の他、リモコンとしての扉の開閉やアイテムの起動は勿論、都市での破壊工作や気に喰わないプレイヤーへの嫌がらせの際の、アリバイ作りとしてよく使われる。

 要するに、例によってマジクラプレイヤー達に様々な形で悪用されている、ということである。


「あのラメール共も、まさか、自宅で落とし穴に掛かるとは思ってなかっただろうな。やっぱり、誰かを綺麗に引っ掛けた時が、一番気分がいい」


 アルマは笑いながら落とし穴を覗き込む。

 二体のトリトンゴーレムとキュロスに掘らせ、即席で造らせた落とし穴であった。

 薄く床を造り、《入力短杖(スイッチワンド)》の入力に反応して外れるようにすることなど、錬金術を極めたアルマにとっては、材料さえあれば折り紙に等しい。


「……血、血も涙もない」


 通路の曲がった先で隠れていたキュロスが、トリトンゴーレムと共に姿を現した。

 責めるような目でアルマをちらりと睨む。


『毒ガスで燻り出して、誘導先の細い通路で矢で仕留めたと思えば、次は落とし穴であるか……。お前は本当に容赦がないな。ここまでせんでも、よいのではないか……?』


 クリスが疑問の声を上げる。

 実際、メイリーが暴れれば余裕で制圧できる相手なのだ。


「クリス、お前、ラメールを舐めてないか? メイリーでも、あんまりゾロゾロ出てきたら手加減して戦える相手じゃないからな。逃すことがあったら警戒されるし、メイリーが本気で動き過ぎたらこんな遺跡数分で沈没するぞ」


『……ラメールは置いておいて、メイリー様が化け物過ぎんか?』


「落とし穴掘るくらい簡単にできるんだから、メイリーに丸投げするよりリスクが少なく済むだろ」


『お前と一緒にいると、本当に感覚が狂う……』


 アルマは落とし穴とは別の通路を使い、《アダマントの魔力磁針》を用いて人間の気配があった方向へと進んでいく。


 そしてついに、大量の檻が並んでいる場所へと辿り着いた。

 檻の内いくつかには人間が入っている。

 全員で十一人だった。

 恐らく、先に遺跡に入った冒険者達であった。

 大怪我を負っている者もいたが、ロクに治療もされずに不浄な檻の中に押し込まれている。


 皆もう希望を捨てていたらしく、死んだようにぼうっと座り込んでいた。

 しかし、アルマ達を見ると歓声を上げ、よろめきながら立ち上がった。


「お、おい、人間だ!」

「A級冒険者のキュロスもいる!」

「俺達を助けに来てくれたんだ! 駄目かと思ったが、俺達は見捨てられちゃいなかった!」


 アルマの傍らのメイリーが、ヒラヒラと冒険者達へと手を振る。

 彼らは金属の格子を握り、目を輝かせてアルマとメイリーを見つめる。


『可哀想に。奴ら、これからアルマにこき使われると知らんのだ』


 クリスが彼らを憐れんでそう漏らす。

 同時に、キュロスが疲れ切った溜め息を漏らした。


「人聞きの悪いことを……。ちょっとばかりタダで働いてもらうだけだ。あの蛸共に拷問死させられるよりは遥かにいいだろ」


 アルマはクリスにそう返してから、檻へと指を向けた。


「メイリー、頼んだ。全部壊してくれ」


「ん」


 メイリーは簡単にそう答えてから、パキポキと指を鳴らす。


『あの青い輝き……檻は海轟金(トリトン)でできているのではないのか? メイリー様に任せるより、お前が錬金術のスキルで金属格子を歪めた方がいいのではないか?』


 アルマは首を振った。


「メイリーを甘く見るなよ。アイツにとって海轟金(トリトン)なんか、ちょっと堅めの海藻味のクッキーだからな」


 ここに来るまでに、メイリーは散々海轟金(トリトン)を喰らっている。

 仮にメイリーと戦うのならば、海轟金(トリトン)の鎧や盾なんか一撃で破壊されるだろう。

 剣もまともにメイリーの身体に通らない。奪われてバリバリ食べられるのがオチである。

 アルマから言わせてみれば、クリスは巨大過ぎるメイリーの力を、まだまだまともに認識できていない。


 メイリーは容易く、海轟金(トリトン)の格子を爪で破壊していく。

 捕らえられていた冒険者達は驚いていたようであったが、今はそれよりも命が助かったことを喜んでいた。


「もう駄目だと思った……あの蛸の化け物に、殺されるかと思っていた……」

「ありがとうございます、キュロスさん……それから、アルマさん、メイリーさん」


 キュロスは真っ先に名前を呼ばれたのを、心底居心地悪そうにしていた。


「そんなに量はないが、治療ポーションや包帯は持ってきている。怪我が酷い奴は俺が治療しよう」


「おおっ! ありがとうございます、アルマさん! 本当に貴方は命の恩人です……!」


 そうやって重傷者の治療が終わった。


「キュロスさん達は、どうやってあの蛸の化け物を掻い潜ってきたんですか? 俺達、無事に帰れるでしょうか?」


 冒険者の一人が恐々と尋ねる。

 他の冒険者達も、深刻そうな表情をする。


 檻を壊した時点で、蛸の化け物、ラメール達が怒るのは当然のことであった。

 一度も遭遇せずに外に出られるとも思っていなかった。

 本当に振り切って逃げる算段があるのかどうか、聞かずにはいられなかった。


 キュロスは何も答えなかった。

 ただ、冒険者達に憐れむような視線を返した。


「よく聞いてくれ! これからお前達には、遺跡採掘を手伝ってほしい」


 アルマの言葉に、冒険者達は怪訝な顔を浮かべる。

 聞き間違いだと思ったのだ。

 彼らはもう、一秒だって長くこの遺跡にはいたくなかった。

 ようやく帰られると、そればかり考えていた。

 すぐにでも安全な都市に帰り、まともな食事でも口にして、ベッドで横になって眠りたかった。


 だが、アルマは確かに遺跡採掘と口にしていた。

 彼らは仲間達とアルマの言葉がどう聞こえたのかを確認し合い、段々と蒼褪めていった。


「奥まで探索して完全に外敵を排除してから、最終的にはこの遺跡の海轟金(トリトン)を全て回収したい! そのためにはどうしても人手が欲しいんだ。力を貸してほしい」


 アルマの真剣な話し振りより、冒険者達はどうやらこいつはマジらしいと判断しつつあった。

 その場に凍り付き、更に顔色を悪くしていく。

<< 前へ次へ >>目次  更新