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第二十一話 海上遺跡

 アルマはメイリーを背に、《魔導バイク》を走らせて海上遺跡へと向かった。


「主様、そのまま真っすぐ」


 地図を手に、メイリーが口にする。


「今度は景色眺めてたら、地図の上下が入れ替わってました、なんてことないだろうな?」


 メイリーはムッと唇を突き出す。


「ボクの言うこと、信じられないの主様? 一度間違えただけなのに」


「その一回で半日近く無駄にしたから言ってるんだよ……。おっと、だが、確かに今回は合ってるらしいな」


 アルマは顔を上げる。


 やや距離を置いた海岸の先、陸のすぐ近くの海上に、奇怪な建造物群があった。

 それはまるで歪な城塞都市であった。

 建物は単一の鉱石によって造られており、建造物群全体が海の青の色を帯びている。


 複雑な構造をした円柱のようなものが複数あり、その他にも奇妙な外観の建物が多い。

 中央には巨大な台形上の祭壇のようなものがある。


 海岸からは橋が掛かっており、その前には十人の鎧姿の男が立っていた。

 海上遺跡に無断で立ち入る者がいないか、遺跡から湧きだした魔物がこちら側に乗り込んでこないかを見張っているようであった。


「アレは確かに、あの都市の冒険者じゃ無理だな」


『知っておるのか?』


 クリスの言葉にアルマは頷いた。


「ああ、アレは、海魔族ことラメールの遺跡だな。突発的に現れる海上ダンジョンの中だと、かなり危険度が高い。高度な魔法技術を持っており、青い蛸人間みたいな見かけをしている。過去の災厄から自身らの文明を守るために、各地方の都市を封印していたとされている」


『むぐ……ラメールは聞いたことはあるが、我でさえ名前くらいしか知らんぞ。この我が、博識さでニンゲンにこうも後れを取るとは。しかし、よくぞたかだか数十年しか生きられぬニンゲンが、そんな自信を持って、これがラメールの文明に違いないと口にできるな』


 クリスが驚いたように口にする。


「まぁ、ラメールの水上遺跡は十個くらいは潰してるからな」


『……頼りがいがあって何よりである』


「しょっぱい遺跡ならどうしようかと思ったが、これなら宝の山だな、四千万アバルくらい作れるはずだ」


『貴様といると色んな感覚が狂う……』


 アルマは《魔導バイク》を降り、都長の私兵達へと声を掛ける。


「ギルドで依頼を受けて来たアルマだ。通してもらえるな?」


「貴方方のようなA級冒険者は見たことがありませんが……」


 アルマは《魔法袋》より、依頼の受注書を見せる。


「特例で上げてもらったところでな。ほれ、ギルド長の判子付きだ。これでいいか?」


「む……確かに、本物のようですね。……ですが、お勧めできません。わけのわからない毒に掛けられた者や、正体不明の歪な傷痕を身体につけられていた者もいました。調査隊には、A級冒険者もいたのですよ。こういってはなんですが……その、救助の依頼をギルドに出した都長様は、少々早計ではないかなと。都長様は実際にここまで出向いたわけではありませんから、この遺跡の恐ろしさを知らないのです」


 私兵の男はそう口にして身震いした。


「忠告どうも。だが、お前達には、俺を止める権限はないんだろ? とっとと通してくれ」


「はぁ……仕方ありませんね。危ないと思ったら、俺達の言葉を思い返して、とっとと引き返して来てくださいよ。全く、A級冒険者の方々は、どうしてこうも強引なのやら」


「俺達以外にも、先に入った冒険者がいるのか?」


「ええ、実はA級冒険者のキュロスが単独で……」


「はい?」


 アルマは目を丸くする。

 キュロスは確か、調査隊が手も足も出なかった遺跡に、たかだか数名の冒険者が挑むのは馬鹿のすることだと、そう熱弁していたはずだった。

 言っていることとやっていることがまるで違う。


「……本当にそいつ、キュロスなのか? 何考えているんだアイツ」


 キュロスが冒険者ギルドで言っていたことは正しかった。

 調査隊は十数名の、B級冒険者相当以上の人間で構成されていたという。

 その中にはA級冒険者もいたはずである、という話だった。


 その彼らが逃げ帰ってきたのだ。

 A級冒険者が単独で挑んでもどうにかなるものではない。

 当たり前のことである。キュロスもそう言っていた。

 なのに、なぜ、キュロスは自分の言葉に背いて単独でラメールの遺跡を訪れたというのか。

 アルマにはまるで理解できなかった。


「主様が煽ったせいじゃないの?」


 メイリーがどうでもよさそうに口にする。


「いや、俺は煽っていないぞ」


『煽っておったぞ』


 多数決で敗れたアルマは口を閉ざした。

 確かに、不用意な発言でキュロスの怒りを買うことになったのは事実である。

 だが、その怒りの矛先がアルマに向かうのならばまだ理解できる。

 怒りのあまり単身でラメール遺跡に突撃する思考回路の意味がわからない。


「いや、俺が煽ったようなことになっていたとして、そんな愚かな人間いるか?」


『貴様ができるわけがない、みたいなことを言うからであろう』


 クリスがアルマの言葉に突っ込みを入れる。


「ま、まぁ、キュロスは、A級の中でもずば抜けた実力者だ。逆に都市パシティアで、あの都長様の無謀な依頼を完遂し得るのは、キュロスくらいだろう」


 私兵の男が、アルマ達のあんまりな言い様を前に、キュロスの擁護を口にする。


「あまり深入りする気はない、あくまで様子見だけだとも口にしていたからな。……ああ、そう言えば、他の冒険者の実力を確かめたい、みたいなことも言っていたか。あのときはあまり意味がわからなかったが、アンタのことだったのかもしれないな」


「中で鉢合わせしたくないな……」


 アルマは口許を歪め、深く溜め息を吐いた。


「なあ、ところで……あの遺跡、あまり壊すな、みたいなことは言われていないよな?」


「え? は、はい……危険な魔物がたくさんいますし……そんな話は、欠片も出ていませんよ?」


「つまり、あの遺跡がどうなっても責任を取らされるようなことはない、そうだよな」


「そ、そう思いますが……はい」


 私兵の男は困ったように応える。

 アルマの意図があまりよく掴めないでいた。


「そうか、ありがとう。ところで、一応お前の名前を聞いておいていいか?」


 アルマは笑顔で口にする。

 無論、後で文句を言われた際に男の名前を出してごねるためであった。

 保険は多い方がいい。


『おい、止めよアルマ。まさか貴様、我が居城のように、また穴ボコにするつもりではあるまいな?』

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