第十五話 《魔物寄せの杖》
ゴブリンの群れを全滅させたアルマは砦を漁った。
ゴブリンの防具や武器を集め、嵩張らないように錬金炉を用いて溶かし、金属のインゴットへと変えていく。
その後、討伐証明のために、各種ゴブリンの右耳を切り落としていった。
最後に造り上げたロックゴーレム達から《ゴーレムコア》を引き抜いていく。
「いや、ゴブリンのクセにいいものを持っていた。アルケミーゴブリンのお陰だな。砦の残骸は残しておこう、場合によっては職員が確認に出てくるらしい」
『連中も不運であったな。相手がアルマとは』
「そう褒めるなよ。さて、色々と素材が集まったお陰で、面白いものが造れそうだな」
アルマはゴブリン達のアイテムとアルケミーゴブリンの頭蓋骨を用いて、不気味な杖を造り出した。
金属製の棒に、魔法陣を細かく刻んだアルケミーゴブリンの頭蓋骨を突き刺している。
『……それは何だ?』
「《魔物寄せの杖》だ。独特な魔力を放ち、魔物を集めてくれる。せっかく森奥地まで来たんだから、魔物も効率的に狩っておきたいところだからな。ちょっとでも実績を水増ししておかないと」
『都市の近くでそんなものを使ったら、問題になるのではないのか……?』
「運が悪かったら大事故を引き起こしかねないが、メイリーがいるからまず問題ない。ちゃんと集めた魔物を全部処理すれば大丈夫だ。それに、どうせバレないだろ」
『最後の一言が不穏なのだが……』
アルマは《龍珠》を掲げた。
水晶が輝き、クリスが姿を現した。
『む……どうしたのだ?』
「いや、クリスは体格が大きい分、群れの殲滅に適しているだろ。数を狩りたいから協力してほしい」
『フン、仕方あるまいな。《龍珠》に引き籠るのも飽いてきたところなので、少しは働いてやることにしようではないか』
「じゃあ頼んだぞ」
アルマが《魔物寄せの杖》を掲げる。
ひとりでに杖の先端の髑髏の顎が動き、ゲラゲラと不気味な笑い声を上げる。
その異様な様子に、びくりとクリスが身体を震わせた。
『な、なんだ、脅かせおって。確かに感情を逆撫でするような、耳障りな笑い声である。これに苛立って、寄ってくる魔物もおるかもしれんな。しかし、そこまでの効果が……』
「結構がっつり鳴らしてたね、主様。ちょっとこれ、しんどくない?」
「大丈夫だろ。おいクリス、しっかり身構えとけよ」
『……む?』
アルマ達を取り囲むように、十体前後の巨大な蟷螂がぽつぽつと姿を現し始めた。
ジャイアントリッパーという魔物であった。
『きゅっ、急にいっぱい出てきたな。まあこのくらいは、メイリー様もおるのだから、そこまで苦では……』
クリスが言い終える前に、追加でまた十体前後のジャイアントリッパーがゾロゾロと現れた。
『あっ、集め過ぎではないか!? こやつら、モンスターランク2の中でも高めであろう! この数は少し危険であるぞ!』
「おかしいな? 同種ばっかりか? 単一種類だと、ギルドの昇級の規定としては不利なんだが」
アルマはもう一度、《魔物寄せの杖》を空へと掲げた。
髑髏がゲラゲラと笑う。
『おい、貴様! 馬鹿か! 片付く前からそれをやるのを止めよ!』
「シーッ!」
大量のジャイアントリッパーが腕の刃を構え、アルマ達へと一斉に向かってくる。
「よし、頼んだぞ、メイリー、クリス。俺は錬金術のために体力を温存したいし、そもそも膂力がないし、ローブの耐久値はあるけど捕まったら最悪詰むから逃げに徹するぞ」
「ん、わかった。後で美味しそうなもの買ってね」
メイリーは爪を構える。
『待て、待て待て待て! メイリー様はいいかもしれんが、我、ランク4! モンスターランク4!』
「おいおい、俺のことを非力なニンゲン如きと偉そうに宣っていた、尖っていた頃のお前はどこに行ったんだ? 竜族の誇りを見せてくれ。ほら、来るぞ」
不幸なことに、ジャイアントリッパー達は、一番大きな標的であるクリスを、攻撃対象の最優先候補として動いているようであった。
クリスは必死に翼で攻撃を防ぎ、前脚を振り回してジャイアントリッパーを殴り飛ばしていく。
『我は、我はそこまで強くないぞおおおっ!』
半刻後、魔物の骸の山を前に、クリスはぐったりと地面にうつ伏せで倒れていた。
メイリーはピンピンしている。
『もう、もう、我は一生分戦ったぞ……』
「おう、お疲れ。この辺りはジャイアントリッパーしか出ないようだから、もう一回位置を変えてやってみようと思う」
『来世の分も戦うことになりそうであるな……』
アルマはこうして森で大量の魔物を狩り、都市パシティアの冒険者ギルドへと帰還した。
「……うわ、また来た」
受付嬢のシーラは、アルマを見て露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「魔物の素材を換金して欲しい。ああ、後、ゴブリンの砦を一つ潰したのでその分の報酬も欲しい」
シーラが深く溜め息を吐いた。
「あの、ですね、アルマ様? 半日も経っていないのに、西の森の調査を終えて、あまつさえゴブリンの群れを滅ぼして、他の魔物も狩ってきたと言うのですか?」
「ああ、俺は独自の移動手段を持っているからな」
「討伐に関する嘘の報告は重罪になりかねませんよ。誤情報で人が死ぬこともあるんです。アルマ様は随分と軽く考えておられているようですが、本当に、認識を改めてください。今でしたら、私も聞かなかったことにしますから」
アルマは《魔法袋》をひっくり返し、大量のゴブリンの耳を受付の台の上へと置いた。
シーラはぽかんと口を開ける。
「ほら、見ろ、この真っ赤な耳を。ジェネラルゴブリンが仕切ってたんだ。嘘じゃない、地図のこの印の位置に向かえば、砦の跡を見ることができる」
シーラはジェネラルゴブリンの耳を手にして確認すると、両手で頭を抱えた。
「う、嘘……本物に見える……? どど、どういうことですか? えっと、まさか、本気で半日でゴブリンの砦を見つけ出し、そこにいたこの数の、五十近いゴブリンを仕留めて帰ってきた……と……? い、いえ、しかし、まさか、こんな……」
「それから、これとは別に魔物を討伐したから、こっちの素材も買い取ってほしい。ほら、これでC級冒険者の基準はクリアできてるんじゃないか?」
アルマはもう一度《魔法袋》をひっくり返す。
コボルトの毛皮やら、ジャイアントリッパーの刃やらが大量に床に積み上げられた。
周囲の冒険者達がアルマの異様な様子に気が付き、騒つき始めた。
「え……? こ、ここ、これは……? ど、どういうことですか?」
「さっき狩ってきた魔物だ」
「いや、しかし、ゴブリンの砦を壊滅させていたのでは?」
「その後に狩ったんだが。因みにもう少し量があるんだが、ここで散らかすのは迷惑だろう。箱か何かでやった方がいいか?」
「あ、あはははは、はははははは。そ、そんな時間、あるわけ、あるわけ、あは、ははははは……」
「おい、大丈夫か!?」
シーラは急に笑い始めたかと思うと目を回し、がくんと糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
アルマの突飛な行動に、シーラの理解が完全に追いつけなくなり、思考の回線がショートしたのだ。
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