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第十三話 商いの都パシティア

 アルマ達のいる場所はリティア大陸と呼ばれており、今回訪れたのはそこにある三大都市の一つ、商いの都パシティアに当たる。

 リティア大陸では国というほどの纏まりはない。

 魔物被害が甚大であるため、都市間の繋がりが弱いのだ。


 代わりに三つの都市が交易の規定や魔物被害に対する協力、各地の村落保護を目的とした同盟を結んでいる。

 ある意味で、リティア三都市同盟が国名の代わりになっているようであった。


『この大地の外には国もあるはずだが、今となっては古い知見であるのでな。既に滅んでおるかもしれんし、形を変えているかもしれん』


「なるほど……お前、意外に博識なんだな」


 アルマはクリスの話を聞きながら、露店で購入した地図にメモを書き込む。

 聞くべきことが多すぎて、ハロルドからは国の形態のことを聞いていなかったのだ。

 ハロルドもあまりに基本的なことであったため抜け落ちていたのだろう。


『フン、侮るな。我ら竜族は人より長生きなのでな』


 アルマは並んで歩いているメイリーへと目を向けた。

 メイリーは眠たげに欠伸を漏らしている。

 クリスの話には微塵も興味がなかったらしい。


「まぁ、歳にも依るわな」


「……主様、今、ボクのこと馬鹿にしなかった?」


 都市を簡単に回った後、目的であった冒険者ギルドへと訪れた。

 二階建ての大きな建物で、扉の上には剣の描かれた看板が掛かっていた。


「思ったよりは賑わってるな」


 アルマはギルド内を眺めて頷く。

 鎧を纏う剣士や、ローブ姿の魔術師の姿がちらほらと見える。


 冒険者ギルドの最大の役割は、冒険者向けの仕事を流してくれることにある。

 交易商の護衛と、発見報告のある魔物の討伐が最も多い。

 その他に魔物の肉や牙の換金も引き受けている。


 受付で登録を済ませたアルマはその後、一応引き受けられる依頼を確認した。


 冒険者ギルドでは、冒険者の功績に応じてF級からA級、そしてS級と七段階に冒険者をランク分けしている。

 実入りのいい護衛依頼は大抵、C級以上の中堅冒険者しか受けられない。

 B級以上となると都市内の重要な戦力となるため、都市側が冒険者を離さないように税の免除や支援金の給付などを行っている。


「ま、今受けられる中で、まともな依頼はないわな……」


 アルマは確認を終えてから溜め息を吐いた。


「なあ、このB級冒険者向けの、海上遺跡の調査っての、どうにか組み込んでもらえたりしないか?」


 受付嬢が面倒臭そうに溜め息を吐く。


「はぁ……そういったことは、ギルドの規則で禁じられておりますので……。それにあの、その募集は既に終了しております。集められた冒険者の方が向かった後でして。今日には、もう戻られるかと」


「どうしても手っ取り早く金が欲しいんだ。な? 場所を教えてくれるだけでいいんだが」


「……依頼主は名目上、都長様となっております。未開ダンジョン故に、受注者以外の探索は禁止されております。禁が解かれても、安全面の配慮により、B級以上の冒険者のみに対しての開放となるでしょう」


「チッ、随分とお堅いんだな」


『……アルマ、諦めたらどうであるか?』


「未開ダンジョンは手っ取り早く金になるんだがな」


 未開ダンジョンというのは、何らかの理由によってこれまで探索されなかったダンジョンである。

 都市近くである場合は、地殻変動によってこれまで隠されていた入り口が表に出たケースが多い。

 これまで稀少であったために高価値であった資源や、古代に隠されたアイテムが発見されたりと、一攫千金に繋がる機会が多いのだ。


「ハッ、いるんだよなぁ、お前みたいに自信過剰な奴が」


 背後から声を掛けられ、アルマは振り返った。

 斧を背負う大柄な禿げ男と、痩せ型の弓使いの男の二人組が立っていた。


「なんだ、お前は?」


「いや、お前みたいにイキがってる雑魚を見ると、つい声を掛けたくなってな。お前、魔術肌の奴だろ。そっちも小柄な亜人族と来た。お前らみたいな奴は、外壁工事の手伝いでもやってりゃいいんだよ」


 禿げ頭の男が笑いながらそう言った。


「うん?」


 メイリーが青筋を浮かべ、禿げ頭の男を睨み返す。

 アルマは慌ててメイリーの腕を押さえた。


「お、おい、止めろ。お前が暴れると、ギルドが吹っ飛びかねん」


「なんだ嬢ちゃん、文句があるのか? そんなに腕が立つって言いたいなら、俺がそっちの魔術師の兄ちゃんに、現実見せてやってもいいんだぜ」


「そこまで言うなら、ボクが現実見せてあげてもいいけど?」


 メイリーが指を曲げ、関節を鳴らす。

 鉤爪が伸びていた。戦闘態勢に入っている。


「本当に止めろ! こんなしょーもない奴相手に暴れて、都市を追い出されたら俺は嫌だぞ! 二十四万アバルだぞ、二十四万アバル! そのときは、お前の尻尾売ってでも補填させるからな!」


「はっ、散々な言いようだな? 俺は思い上がった雑魚冒険者を、優しく先輩として諭してやっているだけなんだがなぁ。自分を棚に上げてしょうもない奴とは、言ってくれるじゃねぇか」


「そうだぜ? ボルドの兄貴は、C級だけど調査に噛ませてくれって、公衆の面前で頭まで下げたのに無視されたんだ。兄貴の前で、新人如きが未開遺跡に行きたいだなんて、無神経にも程があるぞ」


「フノス! テメェからぶっ殺してやろうか! それじゃ俺が、鬱憤晴らしに突っかかった、ただの馬鹿みたいだろうが!」


 禿げ男が、弓使いの男の首を絞める。


「すす、すいません兄貴!」


「いいからお前ら、とっとと逃げろ! こいつ、気が長い方ではないからな!」


 アルマはメイリーを押さえながら叫んだ。

《天空要塞ヴァルハラ》で何一つ不自由なく暮らしてきたメイリーは、アルマの側近として気を遣われることが多かったため、このように一方的に突っかかってくる者の存在はほとんど初めてであったのだ。


「大丈夫、主様。腕二本で我慢するから」


 ムスッとした表情でメイリーが振り返る。


「大丈夫じゃない! こいつらのために《再生のポーション》を使いたくなんかないぞ!」


 禿げ頭のボルドとメイリーが睨み合う中、一人の男が近づいてきた。


「やれやれ……新人いびりとは、感心しないな」


「おおう? お前は……あ、貴方は! A級冒険者のキュロスさん!」


 ボルドは振り返り、はっと両目を見開く。


 キュロスと呼ばれた男は、コートを纏った長髪の人物であった。

 羽根帽子を被っている。


「すいません、あの、キュロスさん! ただ、俺達はその、決して新人いびりをしていたわけでは……」


「言い訳をするな。私は、つまらない人間は嫌いだ。己の行いを改めることだな」


 キュロスはフンと鼻を鳴らし、芝居掛かった大声でそう言った。


「は、はい……!」


 ボルドは顔を赤く染め、フノスの首を掴むと、そそくさとその場から離れていった。


「なんだ、何の騒ぎだ?」


 周囲の冒険者が、キュロスの張り上げた声を聞いて集まってくる。


「キュロスさんだ! キュロスさんが、ボルドの新人いびりを止めたらしい」

「やはり、強い武人には高潔な精神が宿るものなんだな……。俺もああありたいものだ……!」 


 キュロスは周囲の様子をちらちらと窺い、頬を緩めていた。


「フフ、いいことをすると、とても気分がいい」


「いい人そうで助かった……」


 アルマはほっと安堵の息を吐き出し、押さえていたメイリーを解放した。


『……本当にそうか?』


 クリスが訝しげにそう言った。


「君達も君達だよ。まあ、新人の頃の蛮勇は誰にでもあるものさ。私もF級冒険者の頃、どうしてもオーガに襲われた村を救いたくて、無謀にもギルドの反対を押し切って単身で飛び出してしまったものだ」


 キュロスがぺらぺらと語る。


「助かったよ。あのままだったら、ウチのメイリーが……」


「ま……私は、そのままオーガに勝ってしまったんだがね」


 キュロスはアルマの言葉を遮ってそう言った。

 アルマは額に皴を浮かべる。

 ちょっとこいつおかしいぞ、と勘づき始めていた。


「そ、そうか……うん、凄いな。まぁ、助かったよ」


「フフ、理想が高いのはいいことだ。君達も、私のような冒険者になれるよう、精進したまえ」


 キュロスはメイリーの肩を強くバンバンと叩いた。

 メイリーが露骨に嫌そうな表情を浮かべ、アルマへと訴えるように目をやった。


「こうして私が助けたのも、何かの縁だ。どうしても遺跡に向かいたいのなら、C級冒険者になってから私に声を掛けてくれ。恐らく近い内に遺跡が一般開放されるだろうから、どうしてもというのならば、そのときに私に同行させてあげても構わないよ」


 キュロスがパチンと指を鳴らす。


「……主様、ボク、こいつも嫌い。早く行こう?」


「本当かっ!」


 嫌がるメイリーとは反対に、アルマはガッツポーズを取った。


「そのときはぜひ、よろしく頼む」


 アルマは素早くキュロスの手を取った。

 キュロスは一瞬呆気に取られたように口を開けていたが、すぐに爽やかな笑みを浮かべた。


「ああ、任せてくれ。新人冒険者君よ」


 二人の様子を、メイリーは嫌そうに眺めていた。

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