第十二話 通行証
アルマはメイリーを背に《魔導バイク》に跨り、平原を駆けていた。
「主様、遠くに見えてきたよ。地図の都市って、アレじゃない?」
メイリーの声に、アルマは首を伸ばして目を細める。
地平線の先にある、高い煉瓦壁に覆われた都市が目についた。
アルマはニヤリと笑みを浮かべる。
「久々だな、まともに都市に入るのは」
『貴様、これまではどうやって生活しておったのだ……?』
クリスが《龍珠》の中から、アルマへそう疑問を投げ掛ける。
「別に人里で群れないと生きていけないってことはないだろ。なんとなく人里ってのが、性に合わなかったんだよ。機動要塞に従魔を配置して、その中でぬくぬくと錬金術の研究さ」
『なるほど、確かに貴様らしいかもしれんな。都市で一般人に紛れている貴様を想像すると、そっちの方が違和感がある』
変に納得したようにクリスが答える。
アルマは「失礼な」と口にした。
「あのなぁ……俺も昔は都市で冒険者やってたことがあるんだぜ。メイリーもまだいなかった頃だがな」
「主様が、冒険者……? なんで? 何のために?」
「金が欲しかったのと、後はまぁ、やってみたかったってのがある。元手も技術もないときは、冒険者ギルドにでも行くのが定石だったからな」
マジクラでは中堅以上のプレイヤーは都市の長に立つことの方が多い。
そのため冒険者よりも、冒険者ギルドの管理者の、更にその上の人間であることが常である。
冒険者ギルドに資材を投じて発展させ、周囲に武器や防具の店を造っていくのが王道の進め方である。
そうして仲介料を稼ぎつつ、都市内で力を持った冒険者を育てて、いざというときに対処してもらうのだ。
……もっとも、サービス終了前の無法地帯では、冒険者ギルドをまともに運営できているプレイヤーはいなかっただろう。
上位プレイヤーの都市荒らしが横行していたことはいうまでもないが、最終的には人間を育てるよりも強大な魔物を造り出した方が手っ取り早く強力な戦力を得ることができるようになるためである。
そのためサービス開始から時間が経つに連れ、冒険者ギルドを運営するプレイヤーがどんどん減っていったのだ。
人間は技術を磨き、道具を操り、策を練ることができる。
だが、身体能力では、高いモンスターランクを誇る魔物に敵いっこないのだ。
かつてアルマの好敵手の一人に、猛反発枕という名の冒険者ギルド派のプレイヤーがいた。
彼は高レベル帯では不遇になっていく冒険者軍団を駆使してどうにか戦っていたため、魔物中心の無人要塞を拠点にしていたアルマとは大きな差が開いていった。
拘りを持つのは結構なことだとアルマは思っていたが、猛反発枕は格下であったはずのプレイヤーに都市を壊滅間際まで追い込まれた結果、闇堕ちして生き残った冒険者を全員捕まえてアンデッドに変えてしまったのだ。
その後、彼の都市がどうなったのかをアルマは知らない。
「懐かしいな……」
アルマは切なげに呟いた。
『……何やら、冒険者ギルドに思い入れがあるようであるな。長年足を運んでいなかったのだから、まあ相応の事情があったのであろう。深くは聞かんぞ』
クリスは気を遣い、そう返した。
アルマは何を言っているんだコイツと思ったが、口には出さなかった。
「まあ、あれだ。冒険者ギルドに冒険者として入るのは、あんまり金銭的に美味しくないんだよ。そこの都市とギルドの規模が稼げる限界になるからな」
『む、そうなのか? しかし、冒険者ギルドで四千万アバル稼ぐつもりではなかったのか? 他に何か、当てがあるのか』
「いや、金銭的にそこまで美味しくはないが、四千万アバルくらいは余裕で稼げるだろ」
『……貴様の基準が、我には最早わからん』
「信用不要の素材換金目当ての討伐依頼を数熟すだけだから、数日もあれば大丈夫だ。金さえあれば、多少の遠出もできるようになってくるしな」
『まあ、貴様がそういうのならば、そうなのであろう』
クリスが呆れたように口にする。
「さてと、通行証はかなり高額なんだったな。おい、メイリー、わかってるな? しばらく《龍珠》に戻ってもらうぞ」
「ええっ! ヤダ、ボク、あそこに入るの嫌いっ!」
『余計な揉め事を起こそうとするでない! 数千万アバル程度いくらでも用意できると豪語した男が、あまりにみっともないぞ!』
アルマ達は街門を通り、通行料を支払って門を潜った。
街の中を歩きながら、アルマは不満げな表情で通行証を睨む。
薄い金属板に日付や番号が記されており、偽造防止のためか竜の模様が入っていた。
メイリーも自身の通行証を、空にかざし、透かして見ている。
「クリス、生真面目な奴だな、お前も。俺はハロルドから出してもらった金を、無駄遣いしたくなかっただけだというのに」
『……貴様といると、頭が痛くなってくる』
「しかし、ただの金属板だな。こんなものが十二万アバルか」
都市への通行証はかなり高額に設定されている。
この世界では魔物の脅威が大きいため、しっかりした外壁に守られた都市の中で生活ができるということはそれだけ価値のあるものなのだ。
十二万アバルも一定期間内のものであり、超えた場合は追加の料金を支払って更新しなければならない。
《魔法袋》の中も確認されてあれやこれやと質問責めにされたため、アルマはやや不機嫌になっていた。
もう少しで商品扱いで関税まで掛けられかねないところであった。
「チッ、ここまで都市の行き来が面倒になっているとはな。俺なら設備がなくても、いくらでもコピー品を造れるぞ。半額で売り捌けば、四千万アバルくらいあっという間に集まってしまいそうだな」
『おい、本当に止めよ』
「まあ、郷に入れば郷に従うさ。俺はこの付近に疎いんでね。俺が都市に来たのは、そこの解消が一つの課題でもあるんだからな」
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