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第九話 《怨魂石》の使い道

 アルマは村を巡ってマンフェイスを駆除すると同時に空き家を漁って素材を集め、ネクロスの拠点を改造して大きな牢屋へと変えた。

 村の中を動き回ってゾンビをネクロスの拠点へと集め、自動で閉まる扉の罠を用いて全員を牢屋の中へと閉じ込めた。


「よし! 上手く全員生け捕りにできたな。罠も上手く作用してよかった」


 アルマは満足げに頷く。


「主様、ちょっと楽しそうだった」


「馬鹿を言うなメイリー、これも人助けだ」


『貴様……合法的に空き屋を物色できる状況を楽しんではおらんかったか?』


 アルマは無言でクリスの《龍珠》を指で小突いた。

 それからアルマはミーアを振り返った。


「《神秘のポーション》は、お前の母親……リニアさんに使った一個しかない。ちょっとばかし、稀少な材料が多くてな。俺でも、この数をすぐには集められない」


 アルマは牢に入ったゾンビの群れへと目を向けて、そう口にした。


「そう……ですよね。ですが、お母さんだけでも助けてくださって、本当にありがとうございます」


 ミーアは涙を手で拭い、アルマへと深く頭を下げた。

 リニアはゾンビ化から還ってきたばかりで体力を消耗していたので、村の家で休息を取ってもらっている。


「安心しろ、残りの全員も必ず治療してやる。薬の材料を集めるのに時間をもらうがな」


「ほっ、本当ですか!」


「ああ、だが、一つ難点があってな。ゾンビは生命力に特化してるから、身体の一部が欠けても死ぬことはない。あの緑の血はすぐに凝固するから、例え両足が刎ねられても失血死しないくらいだ。ただ、餓死は別だ」


「餓死……ですか?」


「そうだ。人間よりも代謝は低いが、何せ、これだけの数だ。通常は同種は襲わないが、牢屋の中にずっと籠っていれば、共喰いを始めることもあるだろう。そうなったら、悲惨なことになる」


 ゾンビは何でも喰らう。

 鼠や虫、死体は勿論、土や木材さえ口にする。

 外に放しさえすればどうにか食い繋ぐだろうが、しかし村を徘徊させ続けるわけにはいかない。

 各々好き勝手に行動する以上、何らかの事故死が出てもおかしくはない。

 それにゾンビと敵対する魔物が来れば大変なことになるし、旅人が訪れてもややこしいことになってしまう。


「……つまり、そのお薬ができるまで、皆さんの食糧をどうにかしなければいけないのですよね」


 ミーアが暗い表情を浮かべる。

 何せ、村人全員分の食糧である。膨大な量になることは間違いない。

 すぐに用意できるとは思えなかった。


「そこで、な? ちょっとばかし、雑なことをする必要があるんだが、見逃してほしいんだ。村人達の食糧確保に、どうしても必要なことだからよ」


「え……? は、はい! 私はアルマさんの言うことでしたら何でも従ってみせます!」


 ミーアが強く頷く。


「そうか、ならよかった」


 アルマが悪い笑みを浮かべた。

 ミーアはアルマの様子に少し困惑げに眉を顰めたが、迷いを振り切るように首を振り「もっ、勿論です!」と口にした。


 一時間後、牢屋に奇妙な機械が併設されていた。

 魔石を原動力にした金属製のベルトコンベアであり、硝子の壁で覆われて小さな通路のようになっている。

 端には黒い箱があり、逆側は牢屋の中へと続いている。


「よし……出来上がった!」


 嬉しそうに口にするアルマの横で、メイリーは退屈そうに息を吐いた。


「主様、またヘンなの造ってる……」


「ア、アルマさん、あの、これは一体……?」


「まあ、見ていろ」


 少し時間が経つと、黒い箱からマンフェイスが這い出てきて、ベルトコンベアへと乗った。


「アルマさん! あの蜘蛛は、ネクロスの……!」


「ああ、あの箱には《怨魂石》と魔石が設置されている。定期的にマンフェイスを放出して、あの稼働板の上に乗せてくれるわけだ」


「きっ、危険なんじゃないですか!? なぜ、あんなことを……」


「大丈夫だ。ほら、見てみろ」


 マンフェイスはベルトコンベアに乗ると、ギーギーと苦しげな声を上げた。

 マンフェイスの身体から煙が昇り始める。


「あのベルトコンベアは、常に高温の熱を持っているんだ」


 マンフェイスはベルトコンベアの途中で脚を縮めて小さくなり、こんがりと焼き上がっていく。

 ミーアはその様子を怪訝な表情で見守っていた。


 完全に焼き上がったマンフェイスが、牢屋の中へと落とされる。

 ふらふらとゾンビが集まってきて、マンフェイスの身体を掴んで引き千切り、齧りつき始めた。


「な? こうして自動で、焼きマンフェイスが提供され続けるというわけだ。マンフェイスが逃げようとしても、あの箱は狭いからすぐに窮屈になって、ベルトコンベアへと送り出される仕組みになっている。名付けて《全自動マンフェイス焼き生成器》とでもいったところか」


 アルマは得意げに語る。

 ミーアは焼け死んでいくマンフェイスを前に口を手で押さえ、「うう……」と嗚咽を漏らした。


「こういう使い道があるから、魔物を生み出せるアイテムは何かと便利なんだ。ただ戦力に使うなんて、勿体ない」


 ミーアは何か言いたげな様子であったが、言葉を呑み込んで沈黙を保った。


『き、鬼畜め……』


 クリスがぽつりとそう零した。

 アルマは聞こえなかった振りをした。


 メイリーはどうでもよさそうな表情で《全自動マンフェイス焼き生成器》を眺めていた。

 アルマがこういったことをやらかすのは、特に珍しいことではなかった。


「いや、ここで《怨魂石》が手に入ったのはありがたい。魔物を生み出せるアイテムは稀少な上に悪用しやすいから、相場が滅茶苦茶高くなるんだよ。足許を見てくる錬金術師も多い。昔は数十種類揃えていたが、今は一つも持っていないからな」


 アルマはそう言って大きく頷いた。


『……おい、アルマ、本当にあのアイテムを、あんな使い方をするために高額で売買している連中がいるのか?』


「ああ、上手く説明できないが、俺は遠いところから錬金失敗の転移事故で飛ばされて来てしまってな。そこでは、あの手のアイテムばっかり買い集めて転売しているような高位錬金術師がゴロゴロいたさ。よく揉めて殺し合いになっていたがな」


『地獄か?』


 クリスの脳裏に、アルマの集団がアイテムを奪い合っている図が浮かんでいた。

 そんな世界があると信じたくはなかった。


「アルマさん、あの、あれって、アンデッドなんですよね? 食べて、その、害とかないんでしょうか……?」


「常人なら最悪死ぬだろうが、ゾンビだからな。問題ない。まぁ、戻す前に一応、水を多めに飲ませてやった方がいいかもしれないな」


「……な、なるほど」


「後で村人を人間に戻す際には、ゾンビの間に俺が蜘蛛の丸焼きを食わせていたことは黙っておいてくれよ」


「……はい」


 ミーアは考えることを止め、無表情で頷いた。


『言えるわけないであろうが、馬鹿め』


 クリスが呆れ果てたようにそう口にした。

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