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第七話 《屍王化》

「わ、私が、こんな……」


 ネクロスが壁に手をつき、よろめきながら立ち上がる。

 その際に髑髏を模した仮面が割れ、ネクロスの素顔が露になった。


 アルマが彼へと近づき、五体のロックゴーレムの前に出る。


「う、うう……ううう……」


「勝負あったな、ネクロス。《怨魂石》さえ手に入れなければ、三流錬金術師として適当にやっていけただろうに」


「三流錬金術師ではない! 私は、私は天才錬金術師だ! それを証明すべく、この大陸をアンデッドで支配するのだ!」


「認めてほしかったのか? みっともない奴だ。正攻法で認められないから、騒ぎ立ててこんな大事件引き起こしたんだろ?」


 ネクロスが怒りの形相を浮かべる。


「違う! 私を認めない馬鹿共が間違っている! だから教えてやるのだ! この《怨魂石》を以て、私こそが真に優れた錬金術師であると! ハ、ハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハ! そう、そうだ! 私は三流錬金術師などではない!」


「もう諦めるんだな。お前に勝機は……」


「支配者として君臨することは叶わなくなったが、まだ手がないわけじゃない! 私は私の全てを以て、この大陸に恐怖を刻もう! 我がネクロスの名は、死の象徴として永劫に畏れられるのだ!」


 ネクロスは《魔法袋》を取り出すと、手で掴んで掲げた。


「《バーン》!」


 小さな爆発を引き起こすスキルである。

 ネクロスの声に応じるように手許の《魔法袋》が爆ぜ、大量のアイテムが周囲に散らばった。


「《ネクロマンシー》!」


 ネクロスが大杖を掲げる。

 宙に黒い霧が広がった。散らばったアイテムを影のような腕が掴み、ネクロスの周囲に掲げる。

 靄の合間に、黒い宝石や不気味な仮面、木乃伊の腕が見えた。


《ネクロマンシー》は死霊魔術の基礎であり、アンデッド作成などの補佐のために用いられるものであった。

 霊魂を束縛し、怨恨などの負のエネルギーを許に肉体の異形化を促進させる。

 いわば、錬金術の必須スキル《アルケミー》の死霊魔術版であった。


「ネクロス……お前、まさか、《屍王化》が使えるのか!」


 アルマの額に汗が流れた。

《屍王化》は複数のアイテムを用いて、自身をアンデッドへと変化させるスキルである。

 その際のモンスターランクはなんと9になる。

 マジクラでは上位プレイヤーの一部が使用できたスキルである。

 使えば身体のコントロールが効かなくなり、ゲームオーバーになるまでアンデッド化が解けることはない。


 プレイヤーの使役できる最上位クラスの魔物を突然発生させられる、という面で強力なスキルである。

 ただ、消費するアイテムが高価であり、おまけにゲームオーバー前提であるため、コストが膨大過ぎてあまり使いやすいスキルではない。


 しかし、マジクラプレイヤーは対人戦では損得よりもその場の感情を優先することが多い。

 どうせ拠点が破壊されてアイテムが奪われるくらいならば、《屍王化》で道連れにしてやろうというプレイングに走るプレイヤーは決して少なくない。


 だが、マジクラでも死霊魔術を伸ばした一部の錬金術師にのみ許された奥義であった。

 それに死ねばそれまでのこの世界で、《屍王化》を使ってくる者がいるわけがない、という考えもアルマの頭の隅にはあった。

 ネクロスのような小物が、いきなりぶつけてくるようなスキルではないはずだったのだ。


「行け、ロックゴーレム!」


 ロックゴーレム達をネクロスに向かわせる。

 同時にアルマは振り返り、メイリーへ顔を向けた。


「メイリー、《屍王化》が来る! すまないが、食い止めてくれ! 俺はミーアを連れて逃げる!」


 メイリーであれば、《屍王化》のアンデッドでも倒しきることができるはずだった。

 だが、それなりに戦いが長引くことが予想される。このネクロスの拠点は無事では済まないだろう。


「時間を稼いでから外に連れ出してくれれば、援護もできる! 悪いが、頼むぞ!」


「……人間の姿じゃ、ボクでもキツいかな」


 メイリーが白い光に包まれ、小さな竜へと姿を変えた。


『《屍王化》であると……? き、聞いたことがあるぞ。かつてそのスキルを用いて、王国一つを墜とした錬金術師がいた、と。まさか、実際に目にする時が来ようとは……』


 クリスの言葉に、アルマは唇を噛んだ。


 エリシアより、この現実化した世界でも、獣に引かれずに走る車の伝承があることは確認していた。

 何らかの形でプレイヤーの知恵や技術が伝わっていたのは間違いないのだ。

 その時点で、もっとこの世界におけるそうした技術について、積極的に調べるべきだった。


 少なくとも《屍王化》があると知っていれば、もっと準備に時間をかけ、警戒してネクロスに挑んでいたはずだった。

 その時間だけネクロスの被害者が増えていたかもしれないが、負ければ全てを失うのだ。


 ネクロスに殴りかかったロックゴーレム達が弾き飛ばされた。

 岩の巨人が軽々と飛び、壁に叩きつけられる。

 内の一体は胸部に大きな罅が入っており、地面を転がりながら二つに分かれた。


「ああ、ああ……感じる。私の優れた叡智が、侵されていく。脳が、腐っていく……」


 ネクロスの肉は腐って黒ずみ、皮が剥けてところどころ赤黒い中身や骨が露出していた。

 頭は禿げ上がり、肉体も痩せ衰えていた。

 だが、目だけは真っ赤に輝き、執念と狂気の光を帯びていた。


「だが、我が身など、惜しくはないさ……。だって、ほら、こんなに強くなれたんだ。それにね、なんだか気持ちいいんだよ」


 下半身が膨れ上がり、球体のようになっていた。

 そこから無数の顔のようなものが全方面に浮かび上がっており、何本もの腕が伸びていた。

 下半身に浮かんでいた無数の顔を押しのけるように裂け目が生じ、巨大な口が現れた。


『なんという異形の姿よ……!』


「う、嘘だろ……?」


 アルマは大きく口を開け、ネクロスを茫然と見上げる。


「さすがの君でも怯えているようだね。ねぇ、どんな気分だい? 散々上から目線で馬鹿にした相手に、追い詰められるっていうのは。それもこれも全部、この私に従わなかった君がいけないのだよ」


 ネクロスは腐った顔で笑みを浮かべる。

 ずるり、ずるりと地を這い、化け物がアルマへと迫ってくる。


『お、おいアルマ! 知っていたのではないのか?』


「こ、これはさすがに想定外だった……」


『なんだと!? アレは《屍王化》ではないのか!?』


 クリスが声を荒げる。


「あれは……《屍王化》じゃなくて、《屍塊化》だ……」


『……む? それは、どう異なるのだ? まずいのか?』


「《屍王化》は、自身をモンスターランク9のアンデッドへと変化させるスキルだ。この系統のスキルはいくつかあって、上から《屍神化》、《屍王化》、《屍竜化》、《屍鬼化》……そして最後に、《屍塊化》となっている」


 だが、《屍神化》は存在こそ仄めかされていたが、使える錬金術師をアルマも見たことがなかった。

 条件が極端に厳しいか未実装の、どちらかのはずであった。


『うむ……? それで、《屍塊化》は要するに何が違うのだ』


「《屍王化》より下は変異先のアンデッドが弱すぎて、あまりにコストと自身の死に見合っていない、無意味なスキルだ。具体的に言うと、《屍塊化》はクリスでも頑張ったら勝てるかもしれないくらい酷い」


『すまん、今我を小馬鹿にする必要あったか?』


「まさか人生の集大成として《屍塊化》するような馬鹿がいるとは思わなかった。何を考えているんだアイツは? 大陸に恐怖どころか、下手したら対策練って編成組んだ都市の冒険者パーティーに普通に討伐されかねないぞ」


 ネクロスがぷるぷると震える。


「こっ、殺してやる! 貴様から殺してやるぞぉぉっ!」


 ネクロスの下部の巨大な口が開き、咆哮を上げた。

 その瞬間、メイリーがネクロスの球状に肥大化した下部へと飛来していった。

 爪を振るい、腐肉を抉って貫く。

 ネクロスの全身に浮かんでいた顔のようなものが一斉に苦悶の表情を浮かべる。

 大量の血と肉が辺りに飛び散った。


「主様ぁ、ボク、とっととシャワー浴びたい」


 人の姿に戻ったメイリーがネクロスの背後で、うんざりとした表情を浮かべていた。

 身体は赤黒い血塗れになっている。


 ネクロスはゆっくりとメイリーを振り返る。


「そん、な、呆気なく……こ、こんなはずじゃ、私は……何故……?」


 ネクロスの下半身が爆ぜ、肉片が地面へと崩れ落ちた。

 痩せ衰えたネクロスの上体が、水浸しの床へと転がった。

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