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第五話 狂気の錬金術師ネクロス

「……さすがに、やられてるか」


 アルマは舌打ちを鳴らした。

 ミーアの案内で村の避難壕の入り口を見つけたが、壁や床が嫌に整備されているのだ。

 壁には一定間隔で灯りも設置されている。


「ねぇ、元々こんなのだったの?」


 メイリーがミーアへと声を掛ける。


「わ、わかりません……。私は、入ったことがないんです」


「村をざっと見たが、家屋に比べて避難壕が手入れされ過ぎだ。避難壕なんざ、有事に使えればいいんだから」


 アルマはそう指摘すると、額を指で叩いて考える。


「……あんまりよくないんだがな、こういうのは。馬鹿正直に入ったら爆破されたり、水攻めを受けるかもしれん」


「そ、そういうものなのですか!?」


 ミーアが困惑したようにそう言った。


『おいニンゲンの小娘、そこの馬鹿の基準は信用しすぎん方がいいぞ……』


 クリスが呆れ気味にそう口にする。


「対策されてる可能性が高いが、とりあえず爆破したり水攻めしたりで様子を見るのが定石なんだが……今回は、中で村人が捕まっている可能性が高いからな」


『お前もするのか……』


 アルマは少し黙って考え込んだ後に、ミーアへと目を向け、言いづらそうに口を開いた。


「……ミーア、悪いが、ちょっとばかり失敬させてもらうぞ。村の仇討ちと母親捜索の、前払いみたいなもんだと思ってくれ」


「私にお支払いできるものでしたら、何でもお渡しいたします。ただ、村もこんな状態で、私も身一つで動いてきたので、何もお支払いできるようなものはないのですが……」


『まっ、まさか貴様、こんな幼い女を手籠めにしようというのではなかろうな! これだからニンゲンは信用ならぬのだ!』


 ミーアは顔を真っ赤にし、自分の身体を守るように抱いた。


「わ、私なんかでよろしければ、お母さんが見つかって、村が落ち着いてからでしたら、ご自由に……」


「違う、違う! クリス、お前は余計なことを言うな」


 アルマはローブに仕舞った《龍珠》を小突いた。


 その後、アルマは近隣の家を三件回って金属や窯を集め、臨時の錬金工房を造った。

 アイテムをいくつか作成して《魔法袋》に仕舞い、ロックゴーレムを五体用意した。


「よし、とりあえずこいつらを罠対策の囮人形にするか。急ぎだから行き当たりばったりだが、それで不味そうなら一旦引き下がろう」


『……まさか被害者の前で堂々と火事場泥棒を働くとはな』


「いっ、いえいえ、あの、私、全然気にしていませんから! ここの家の人も、きっと、アルマさんに使ってもらえて喜んでいると思います!」


「だからクリス、お前は、余計な気を遣わせるな! 俺だって、やりたくてやってるわけじゃないからな」


 アルマは再び《龍珠》を小突いた。


《魔法袋》も許容量はそこまで多いわけではない。

 今回は時計塔から資材を運び出すような手段も余裕もなかったので、最低限の基本装備しか持ってこられていなかった。

 錬金術師の拠点に挑む以上、こちらも仮の錬金工房くらいは持っておきたかった。

 特にゴーレムがいるのといないのでは、危険度が大きく異なってくる。


 その後、アルマは避難壕へと戻り、ゴーレム達を先行させて探索を始めた。

 ミーアを連れていくかは迷ったが、クリスと置いて行っても不安が残るため、母親の捜索のためにも同行してもらうことになった。


 仕掛け矢はゴーレムが弾いてくれる。落とし穴も、ゴーレムが落ちて這い上がってきて、片っ端から潰してくれた。

 落とし穴の下には針や毒が仕掛けてあったようだが、ゴーレムには関係がない。


 襲い来るマンフェイスの量は増えたが、ゴーレムで足止めし、その間にメイリーが片付けてくれた。

 ゾンビもアルマの持つ《聖水》を前にしては近づいてこないので、結局アルマはほとんど真っすぐ歩いていくだけであった。


「す、凄い……」


 ミーアがゴーレム軍団の背を眺めながら呟く。


『小娘よ、こんなもので驚いていればキリがないぞ。相手の錬金術師がいるところまで直進掘りしなかったのが我には意外だったくらいだ』


「いや、座標がわからないし、下手にやって崩れられても困るからな。お前、寝床の天井開けて騒音で起こしたの、まだ根に持ってたのか」


「……ねぇ、主様、なんか、思ってたよりここ、しょっぱくない?」


 メイリーが、引きちぎったマンフェイスの足を手に、そう口にした。


「お前が強すぎるんだよ」


「でも、結局魔物はマンフェイスばっかりだし……仕掛けも、いくらなんでも安っぽいんじゃないの?」


「確かに、妙だな……。誘い込まれているのか?」


 アルマが顎に手を当てる。


『いや、絶対に考え過ぎだと思うのだが……。貴様と張り合えるような錬金術師がそう何人もいれば、この世界は滅んでおるぞ……』


「世界は滅ばないだろ、この世界は広いからな。それに、考え過ぎではないはずだ。さっきも言っただろ? あれだけマンフェイスがいたってことは、ここに潜んでる錬金術師は魔物を造れる奴なんだよ。それでも純粋な力量で劣るつもりはないが、相手は万全に準備を整えているはずだ。それ次第では、俺もどうなるかわからん。最悪を想定して動くしかない」


『う、ううむ……我は錬金術師に詳しくないので、そう言い切られれば、そうなのか、としか言えないが……』


 地下階段を降りた先で、ゴーレム達が大きな扉を押し開けた。

 その先は、どうやら大きな広間となっているようだった。

 アルマ達はゴーレムに続き、広間へと足を踏み入れた。


 パチパチと、周囲から拍手が巻き起こった。

 広間の端は鉄格子になっており、その向こう側にいるゾンビにされた村人達が、無機質な拍手でアルマ達を出迎えてくれていた。


 広間の奥には、骨で造られた椅子に座る、一人の男がいた。

 痩せた男で、黒色のローブを身に着けていた。

 髑髏の仮面をつけており、顔の上半分が隠れている。

 大きな水晶のついた、禍々しい大杖を手にしていた。


「フフフ……おめでとう。村人をわざと逃がして冒険者を招いたのは私だが、まさかここまで辿り着ける者がいるとはな。周囲の村の動向を確かめておきたかったのだが、いや、さすがに罠が温かったかな? まぁ、そんなことはいい。私は純粋に、君達が辿り着けたことを祝福しよう」


 男は椅子の近くに控えている、一体のゾンビウルフの頭を撫でた。

 三体のゾンビウルフが男の周囲をウロウロとしている。


「私は錬金術師、ネクロスだ。かつての名は捨てた。死こそが私、私こそが死! 死を司る者として、いずれこの大陸を支配する男だ」


 男はそう言いながら、ゆらりと幽鬼のように立ち上がった。


『ついにお出ましか! 不気味な男め』


「あ、あの人が、村を……!」


 クリスとミーアは、男の不気味な気迫に圧され、怯えていた。


 アルマは額に皴を寄せ、広間を見回す。

 部屋の隅には収納箱が並んでおり、窯や錬金炉も見てとれた。

 ご丁寧に、武器も壁に設置している。

 そして何より、この先の通路や隠し通路になりそうなところが、一切見当たらない。


 どう考えても、ここが最奥部だとしか思えなかった。

 このネクロスも、ダミーだとは思えない。


「お前、なんで拠点突破されて、そんなに堂々としてるんだ……?」


 アルマが恐々と尋ねる。


「フフ、あんなものはちょっとしたパズルでしかない。楽しんでもらえたかな?」


 アルマは冷や汗を流し、口を押えた。


「最大のアドバンテージを堂々と捨てるなんて、馬鹿なのか……? 素材を集める暇がなかったなら、どう考えたって、もっと水面下で動くべきだっただろ。準備を怠るなんて、錬金術師としては二流どころか三流以下だぞ……」


「なにぃ……?」


 ネクロスが顔を顰める。


「……いや、もしかしたら、とんでもない実力に裏打ちされたものなのかもしれない。マンフェイスを生み出していたのは間違いないんだ。たまたま拾った超レアアイテムに依存してますみたいな馬鹿な理由でもない限り、魔物を造り出せる錬金術師が、ただの無能なわけがない」


 アルマは自身へ言い聞かせるように呟いた。

 それからふと、ネクロスの持っている大杖へと目を向けた。

 数秒ほどぼうっと彼の大杖に目を向けていたが、それからとんでもないことに気が付き、大きく目を見開いた。


「お、お前、まさかその宝石……!」


「フフフ、ハハハハハ! そうだ! これぞ伝説のアイテム、大量の魔物の恨みが詰まった《怨魂石》よ! 罠の転移魔法陣でダンジョン奥地に飛ばされた際に偶然手に入れたのだ! こいつは魔力の限り、無限にマンフェイスを生み出す力を持つ! もっとも、それだけではないがな! これさえあれば、好きな場所をアンデッド塗れにしてやれるというわけさ。私はこれを手に入れてから、この大陸を支配するネクロマンサーになると決めたのだ!」


「ねぇ、主様、たまたま拾った超レアアイテムのお陰だって」


 メイリーが冷めた目でネクロスを指差し、告げ口する子供のようにそう言った。

 アルマは手で顔を覆った。

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 (2020/5/6)

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