第四話 錬金スキル
「周囲を探るには、《遠見鏡》と櫓が欲しいな」
アルマは呟く。
《遠見鏡》……要するに、双眼鏡のことであった。
マジクラではこの名称で呼ばれている。
「どれ、力を試す意味でも作ってみるか」
アルマは魔法袋より《アダマントのツルハシ》を取り出した。
軽く素振りをしてから近くの岩を狙う。
「《ブレイク》!」
錬金術師のスキルであった。
道具を用いて伝えた衝撃を、全体に均一に走らせることができるのだ。
マジクラで劣化させずに素材を集めるためには、複数の条件がある。
適した道具で採取を行うことと、高い品質の道具で採取を行うこと、錬金術師のスキルである《ブレイク》を用いることである。
そこに採取を行う人物の器用値も加わってくる。
これらの要素を欠かすほどに素材が使い物にならなくなったり、採取するためにとんでもない時間が掛かったりする。
ツルハシの一撃を受けた岩はビィンと震え、その後バラバラになった。
アルマはそれから残骸に手を翳す。
「《アルケミー》」
物質の状態や形状を変えたり、変化を促進させるスキルだ。
錬金術師の代名詞でもあるスキルである。
岩の残骸と土が混ざり、小さな直方体が出来上がった。
中には空洞があり、扉がついている。
これは《錬金炉》である。
元の世界でいうところの溶錬炉に近く、錬金術師の鉱石の精錬や溶解、合金製造の作業を補佐する大事なアイテムである。
形状は暖炉に似ており、小さいなりに煙突がついている。
燃料を入れる小さな扉があり、その上に金属を入れる大きな扉がある。
「これでよし……」
辛うじて《魔法袋》に残っていた石炭を取り出し、《錬金炉》の中へと入れる。
砂を手で握って《アルケミー》を用いて分別し、硝子レンズの生成に必要な成分を取り出す。
珪砂と呼ばれる、石英の粉である。
一般的な土壌には微量しか含まれていないが、今回造りたいのは薄い小さなレンズなので、問題はなさそうだ。
取り出した珪砂を《錬金炉》の上に置き、《ディンダー》という発火スキルで《錬金炉》に火をつけた。
後は《アルケミー》で調整を加え、無事にレンズを造り出した。
レンズを岩と砂を合わせた外装で覆っていき、あっという間に双眼鏡……《遠見鏡》を造り出すことができた。
ゲームではもっと大雑把に造ることができた。
それにアルマは元々、硝子だのなんだのに詳しいわけではないし、双眼鏡の細かい図面も頭に入ってなんかいなかった。
だが、どうやら姿やスキルだけでなく、知識も『《錬金王アルマ》が持っているはずのもの』が今のアルマに与えられているようだった。
「さっすが主様、手際がいい!」
メイリーがぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。
続けてアルマは《錬金炉》とスキルを用いて岩の残骸を加工して《岩塊の斧》を造った。
こんな低級アイテムを造ったのは久々であった。
周囲の木々を斧で殴りつけ、《ブレイク》で均一に破壊していく。
木の残骸をメイリーに一か所へと集めさせた。
「主様ぁ~、これでいい?」
膂力や速度はメイリーの方が遥かに上であった。
力仕事は任せてしまった方が効率がいい。
「ああ、《アルケミー》!」
木々の断片の形が整えられ、均一な木材へと変わっていく。
「《アーキテクチャー》!」
木々の断片が浮かび、組み重なっていく。
節目を樹皮で造った紐が固めていく。
要するにこれは、力を使わない建築のスキルである。
物体に浮力を与え、頭で描いたように組み立てていくことができる。
便利な魔法ではあるが、もっとも範囲や重量には制限があるし、そこまで燃費のいい魔力でもない。
そのため単純な作業はメイリーに任せてしまった方が効率がいい。
あっという間に、梯子の掛かった大きな櫓が完成した。
高さは軽く二十メートル以上はある。
「なるほど……ゲーム内のときと手間は変わらないか」
アルマはそう零しながら、自身の築いた櫓を見上げる。
ものの数秒でこの櫓が完成した様は圧巻であった。
自分の手で造った、というのも達成感がある。
所詮ゲームのグラフィックと、現実化した今とでは迫力が違う。
ぜひ《天空要塞ヴァルハラ》も見てみたかったものだと、欲が出てしまう。
「おぉっ!」
メイリーも櫓を見上げ、感嘆の声を漏らす。
別にメイリーに《遠見鏡》を持たせて周囲を探ってもらってもよかったのだが、彼女は少し抜けているところがあるため、アルマが直接確認しておきたかった。
それに、自身の力を確かめておきたい、という理由もあった。
アルマはメイリーと共に櫓を昇り、《遠見鏡》で周囲を確認した。
山や森と、自然が続いている。
ぽつぽつと魔物の姿が見えるが、マイマイや骸骨剣士ばかりだ。
自然が多いのに、食料になりそうなものが見当たらない。
アルマは舌打ちを鳴らした。
「初期位置としてはハズレだな。まあ、孤島や砂漠、火山じゃないだけまだマシかもしれんが……」
マジクラでは初期地点はランダムなのだ。
また、他プレイヤーによる粘着対策や詰み防止のため、死んだ際に全アイテムを放棄することと引き換えに遠くの地で再スタートする機能がある。
そのため始めたばかりのプレイヤーは十回前後死んで初期位置ガチャを行うのが望ましいとされている。
しかし、今この世界でそんなことをすれば、そのまま死んでしまいかねない。
加えて今手持ちのアイテムとメイリーも失うことになる。
「山に鉱石を探しに行って拠点を築いてできることを増やしたかったが……今それをやったら、そのまま餓死しかねないな」
アルマは頭を手で押さえた。
「……しかし、これだけ自然が多いのに、ここまで食料になりそうなものが少ないのは妙だな。果実の木も獣も、食べられそうな魔物もいない。少し離れたところに村があるのかもしれない」
マイマイや骸骨騎士ばかり残っているのは、村人達が食べない魔物であったからなのかもしれない。
マジクラの世界では村人達はプレイヤーの取り分がなくなる程に積極的に狩りを行うことはない。
しかし、この世界は既に、ゲームの世界ではなくなっている。
そういったことが起こるのは不思議ではないように思えた。
「しばらく森を歩いてみよう。食料のない今、当てもなく歩き回るのは危険だが、他に選択肢もないからな。獣か村が、見つかってくれるといいんだが」
「わかったー、主様っ!」
メイリーはぴしっと敬礼のポーズを取る。