第三十一話 村の進化
アルマが村に帰還した際、当然の如く大騒ぎとなった。
「お、おい、ドラゴンがいるぞ!」
「落ち着け、アルマさんが従えているみたいだ」
「あんな化け物まで服従させられるのか……」
「そ、それより、あの黒い乗り物はなんなんだ!?」
エリシアが窓から顔を出し、村人達の様子をそっと眺める。
「まぁ、そうなりますよね……」
「しばらく収拾がつかなさそうだな、こりゃ」
アルマは自身の髪をくしゃっと握り、溜め息を零す。
「不安に思う気持ちはわかるが、退いてくれ」
「ハッ、ハロルド様!」
よく通る声が響き、村人達の集まりが左右に分かれた。
遠くから、部下を引き連れたハロルドが向かってくる。
「騒いでも混乱する一方だ。僕からドラゴンについて、アルマ殿に安全性を確認する」
ハロルドはそう村人達を諭す。
騒いでいた村人達の大半が静かになった。
もしも恐怖や混乱が村全体に広がれば、余計な問題ごとに繋がりかねない。
村の代表者がしっかり詳細を問い、村全体に広めるのは、最悪を避けるために必要なことであった。
「さすがハロルド、手慣れてるな。残ってもらってよかったぜ」
アルマは小さく頷き、そう零した。
「……うん?」
ハロルドはアルマ達に近づき、目を瞬きさせた。
これまで人集りでよく見えていなかった蒸気自動車の存在にようやく気が付いたのである。
「ハロルド様、アレはなんでしょうか? ドラゴンに引っ張らせて動かしたとは、とても思えませんが……」
部下の一人がそう口にする。
ハロルドは答えず、ただ茫然と口を開いて蒸気自動車に目を向けていた。
聡明であり、見識も広いハロルドは、ドラゴンなどよりも、よっぽどとんでもないものが齎されたと、一目見てそう気が付いたのである。
ハロルドの頭に、この技術の正体と、この技術が村に齎された結果何が起こるかの推測が一瞬の内に飛び交い――そしてパンクした。
「フ、フフフ、フフフフ」
ハロルドは小さく笑ったかと思えば、腰を抜かしてその場に倒れた。
「お、おい、ハロルド!?」
アルマが声を掛けたが、ハロルドから反応はない。
彼は失神していた。
なまじ賢いがばかりに現状の異様さを正確に認識し、処理しきれなくなったのだ。
「ハッ、ハロルド様! ハロルド様ーっ!」
部下が大慌てでハロルドを抱え起こす。
アルマはその後、拠点の外で鉱石の整理を行っていた。
荷物があまりに多すぎて、拠点の中で作業をするには限界が出てきていたのだ。
そこへエリシアがやってきた。
「アルマさん、どうにかハロルド様は意識を取り戻したそうです」
「そうか、良かった。あの坊っちゃんに寝込まれたままだと困るからな」
「ただ、まだ本調子ではないとのことです。明日また諸々について話がしたいので、面会の時間を取っていただきたいと、執事の方が」
「ういうい、わかったよ」
アルマは作業をしながら答える。
「……それでその、あの、そんなに沢山のゴーレムは必要なんでしょうか……?」
アルマの周囲には、二十体のアイアンゴーレムがずらりと並んでいた。
「労働力だ。単純作業しかできないが、人間とは馬力が違う。いくらいたって、足りないってことはないだろ?」
「ですが、今まではこんなに沢山は……」
「魔石のお陰で、同時に動かしていられるゴーレムの数が跳ね上がったからな」
アルマの魔力で動かす分には限界がある。
魔力をエネルギー源として用いるには、魔石という媒体が一番なのだ。
扱いやすい魔力貯蔵庫になる上に、エネルギー変換効率も高い。
「こっちには
「は、はあ……」
マジクラにおいても、クリスタルドラゴンを飼い殺して魔石採掘場にする、という試みはあった。
だが、クリスタルドラゴン自体が希少な上に、ドラゴンは全体的に人間に対する親密度が低い傾向にある。
クリスタルドラゴンが友好的な態度を示すことはマジクラでは有り得なかった。
それでも苦心してクリスタルドラゴンを檻に入れ、安定した魔石の入手を試みたプレイヤーは存在した。
だが、他プレイヤーに檻を襲撃され、根こそぎ魔石として回収されるという哀れな末路を遂げたという。
結局マジクラプレイヤーの中では、その場で倒して魔石を回収するのが最適解だということで決着がついていた。
「これだけ作業規模を増やせるなら、外壁はかなり広めに取っておくか。ゴーレムがあれば田畑も一気に開拓できるし、これだけ金属と魔石があれば、いくらでも造れる施設はあるからな。ついてこい、ゴーレム軍団!」
「なんだか楽しそう! ボクも見に行く!」
ゴーレムを引き連れるアルマに、メイリーが楽しげについていく。
その頃、領主の館の三階にて。
ベッドから起き上がったハロルドは、衣服を着替えて部屋を出た。
「ハロルド様、お身体の方は?」
執事のダルプールが声を掛ける。
「大丈夫だよ。ちょっと知恵熱を起こしていたけれど、まぁ、今は問題ないさ。彼は初日に半日放置していれば、新種の作物を広めていた男だからね。一日放置していたら、アルマ殿がどうなるのかわかったものではないよ」
ハロルドは冗談めかしたふうに口にして微笑んだ。
「その点なのですが、ハロルド様、お耳に入れたいことがございます」
「なんだい? まあ今更、アルマ殿の件で何が起きても驚かないけれどね」
ダルプールは部屋の扉を開く。
「部屋に何か……」
部屋にある窓から、村の様子が見えていた。
村の外周に、黒い煉瓦の壁が積まれつつあった。
アルマが《アルケミー》とマジクラ特有の鉱石を用いて造った、安価な強化煉瓦であった。
そして村の端に、巨大な塔ができていた。
煙突が何本も付いており、上部には大きな時計がついている。
「ア、アレは……?」
「アルマ殿の、新しい錬金工房だと……」
ハロルドを眩暈が襲ったが、壁に手をついてどうにか堪えた。
「えっと……じゃ、じゃあ、あの地面に設置された、金属の列はなんなんだい?」
村の壁の内側にぐるりと、金属の列が敷かれている。
ハロルドの見識には、あのようなものはなかった。
「それはですな……」
ダルプールが説明する前に、金属の列の上を、大きな黒塗りの乗り物が駆けた。
線路と蒸気機関車であった。
中には試運転で乗らせてもらった村人達が、腕を突き上げて歓喜の声を上げていた。
アルマは村の外周を大きく取り、村内の移動を容易にするために線路を敷いたのだ。
無論、音には気を使い、住居からは距離を取っている。
「……ああいうものでございます、ハロルド様」
ハロルドは再び意識を手放した。