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第三話 世界竜の娘メイリー

「嘘だろ……おいおい、ロクなアイテム入ってないじゃないか……」


 アルマは額を押さえ、地面に座り込んだ。

《魔法袋》の中のアイテムを点検していたが、思った以上に中身のラインナップがしょぼかったのだ。


「ほとんど収納箱に入れてたからなあ……ああ……」


 まともな武器が入っていない。

《アダマントソード》を探してみたのだが、《アダマントの鍬》と《アダマントのツルハシ》、そして《アダマントの釣り竿》しか出てこなかった。


 マジクラにおいて、過度に武器を気にする錬金術師は三流なのだ。

 剣の予備より、貴重な鉱石を回収できるツルハシの予備を多めに持っておくのは定石だ。

 一流の錬金術師は窮地で武器がないことよりも、レアアイテムを前に採取道具が摩耗していることを恐れる。


 魔物など、一流の錬金術師であれば、いざとなればどうとでもなるものなのだ。

 何せ自由度の高いマジクラである。

 レベルの高い錬金術師ほど、地形を好きなように操ることができる。

 壁を造って逃げてもいいし、敵を土砂崩れで潰したり、深い穴に落としてしまってもいい。

 何なら自分諸共爆弾で吹き飛ばすなんて手もある。

 だが、一番いいのは、自分の機動要塞で圧殺して、そもそもまともな戦いにしないことだ。

 マジクラの戦いとは、最終的にはそういうものなのだ。


 しかし、今のアルマに自慢の機動要塞《天空要塞ヴァルハラ》はない。

 そしてこの世界で死ねば、きっとゲームオーバーでは済まない。

 さすがに自分の命よりも稀少鉱石を優先するような生き様は、この世界ではできなかった。


「鉱石も魔石もまともにない……これじゃあ、魔導二輪も造れないじゃないか……。ああ、なんでいつ異世界転移してもいいように、しっかり準備しておかないかな」


 なんて軽口を叩いてみる。

 それからはあ、と息を吐く。

 こちらに来てから何度目になるかわからない溜め息だった。


「余裕ができたら、ダンジョンを掘らないとな。この際、ただの鉄鉱石でもいい」


 まともな魔石や鉱石がない代わりに、《終末爆弾》と暗黒結晶(ダークマター)製の装飾品が《魔法袋》の中に転がっていた。

 こちらは危な過ぎて、ちょっと気軽には扱えない代物だ。


 もっとも、二つともこっちの世界で手に入るかどうかは怪しい代物である。

 持ってこられてよかったかもしれないと考えてしまうのは、ゲーマーの性だった。


「……俺の錬金工房には、魔石も魔油も、アダマントも暗黒結晶(ダークマター)も、腐るほどあったのにな。どうせなら持ってきたかった」


 そう文句を口にしながら、《魔法袋》から水晶玉を取り出した。

 これは《龍珠》といい、自身に服従している魔物を封じておくことができるものである。


「これがあったのはよかったというべきか……もっといいものが欲しかったというべきか」


 アルマが《龍珠》を掲げると、そこから白い光が抜け出て、それは宙で実体化した。

 白い、綺麗な竜であった。

 全長一メートル程度であり、尾の先から頭まで、全身が純白であった。


「きゅぴぃ」


 白竜がそう鳴くと、宙返りをしてアルマへと、媚びる様に擦り寄ってくる。


『主様、ご飯? ご飯?』


 白竜の声が、アルマの頭に響く。

 白竜の名はメイリー、アルマがマジクラのイベントで入手した従魔であった。


「あれ、食べていいぞ」


 アルマは目前のマイマイの死骸へと指を向けた。

 メイリーはピンと身体を張った後、抗議をするようにアルマへと頭突きをする。


『ヤダッ! ヤダ! あんなもの食べたらっ、ボク、弱くなっちゃうよ! これは我儘じゃないもん、主様の役に立ちたいから言ってるんだもん! あんなグロくて不味そうなの……じゃなくて、不浄な魔力を取り込むわけにはいけないもん!』


 本音の漏れているメイリーの言い分にアルマは苦笑いした。


 メイリーのコンディションが食べたもので変動するのは事実であった。

 メイリーは世界竜オピーオーンという、マジクラ最強格のイベントボスの遺した卵であった。


 オピーオーンは元々、魔力を吸って力を付ける魔物である。

 世界の自然エネルギーの源といえる、龍脈と呼ばれる地脈の膨大な魔力の流れがある。

 オピーオーンが自身の延命のために龍脈を吸い上げ始めたため、討伐しなければならない、というイベントであった。


 討伐後、オピーオーンはこれから生まれるであろう娘の世話をするために強引な延命を計っていたことを明かし、最後に錬金術師達に娘の卵を託す。


 ……そこまでならいい話で終わるのだが、討伐まで協力していた錬金術師達が目の色を変え、血で血を洗う世界竜の卵争奪戦を始めたことは言うまでもない。

 オピーオーンの被害よりも卵戦争の被害が遥かに大きい。

 何せ、服従確定のユニークモンスターの卵である。

 金品をいくら積まれても交渉にさえならないくらいだ。


 マジクラのイベントはどのような形で始まろうとも、最終的には不毛で終わる。

 人間とはかくも醜いものなのかと、当時のアルマも唖然としたものだった。

 マジクラのイベントとはそういうものなのだ。

 最終的には、一番恐ろしいのは人間であるという教訓を錬金術師達に与えてくれる。


 もっとも、激戦を制してちゃっかり世界竜の卵を手に入れたのもアルマであったのだが。


 アルマはオピーオーンの魔力を吸って力を得る特性を活かすために、常に高級食材や魔石を与えていた。

 その甲斐あって懐きはしたものの、そのせいでメイリーは重度の偏食家で、我儘三昧になっていた。


 この世界でもメイリーは変わっていないことにちょっとがっかりしていたが、それ以上に安堵があった。

 全てが変わってしまった世界で、変わらない知人がいてくれることは心強い。


 メイリーがまた宙返りをする。

 白竜の姿が、真っ白な少女へと変わった。

 頭には大きな角があり、ドレスからは長い尾が垂れ、背中からは翼が突き出していた。


 すべすべした白い肌に、深紅の大きな瞳を持つ。

 人間離れした美貌があった。

 メイリーのスキルの《人化》である。


「ね、ね、主様? どうしてそんな意地悪するの? ボク、凄くお腹が減ったんだけど……」


 メイリーが上目遣いでアルマへと尋ねる。

 ゲーム世界が現実化し、より可憐さを増したメイリーの様子に、アルマもつい甘くなってしまいそうになる。

 だが、すぐに現状を思い出して首を振った。


「駄目なものは駄目だ。……実は、資源の大半が、錬金実験のミスで紛失したんだ」


「ほっ、本当に!? 大半って……えっと、それって、どのくらい……?」


「よく聞けメイリー、《天空要塞ヴァルハラ》が全焼した。ついでに俺にも、ここの座標がわからない」


 メイリーは目を丸くしてアルマを見た。


「う、嘘……。あ、主様……結構ドジなところがあるからいつか何かやらかすんじゃないかと思っていたけど、まさかそこまでだったなんて……」


「……ともかく、これでベヒーモスのステーキも、悪魔の魔石も、魔鉱物も、もうロクに手持ちがないんだ。メイリーの分もそうだが、俺の食料もない」


「そんなぁ……」


 メイリーががっくりと膝を突く。


「でっ、でも、でも主様、マイマイの死骸はボクも食べられないよ!」


「む? だが、他の従魔は食べていたぞ?」


 通常の従魔は、どんな魔物の肉でも好んで食らう。

 マジクラ世界において、人間の嫌うゲテモノ系の魔物肉は、従魔や家畜に与えるのが主な使用用途であった。


「無理だよう……。だってボク、主様からもらった高級品しか食べたことなかったもん!」


「ああ、そうか……」


 アルマは頭を押さえ、溜め息を吐いた。

 我儘偏食歴が、この極限状態に大きく足を引っ張っていた。


「主様はアレ食べられるの! あの、ぬめぬめしてるの! 虫だもん! ただのでっかい虫だもんアレ!」


 メイリーがマイマイを指差して叫ぶ。


「ま、まぁ、無理だが……」


「でしょ!? ボクだって無理だもん! 自分の食べられないもの人に強要するのはよくないもん!」


「その理屈はわかるが……そうなると、お前もしばらく食事を控えてもらうことになるぞ」


「ヤダ、ヤダッ! お腹空いたもん……。ねぇ、ねぇ、主様ぁ……お願い、今くれたら、しばらくはボク、我慢できるからぁ……」


 メイリーはアルマのローブの裾にしがみつく。


「こっ、こら辞めろ、み、みっともない!」


 メイリーは潤んだ瞳でじっとアルマを見上げる。

 アルマはしばらくメイリーを睨み返していたが、やがて観念したようにアイテムを取り出した。


「……仕方ない。これなら食っていいが、しばらくはもう出せないからな。それに、食べた分は働いてもらうぞ」


 アルマは《ミスリルのインゴット》を《魔法袋》より取り出し、メイリーへと渡した。


「わーーーっ! 主様っ! 大好き!」


 メイリーはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜び、インゴットに噛り付く。

 メイリーは通常の料理も食べられるが、それよりも魔力を帯びたアイテムが大好物なのだ。


 こっちの人間に渡せば《ミスリルのインゴット》もしばらくの資金にはなっただろうにと、アルマは額を押さえる。

 メイリーの我儘癖もそうだが、アルマはアルマで、マジクラでのメイリーへの甘さが抜けきってはいなかった。

 金属塊に喰らいつくメイリーを、微笑ましく見てしまう。


「ひとまずは人里を探してみないとな……」


 ないものを嘆いても仕方ない。

 今できることをやっていくしかないのだ。

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