第二十六話 《闇の手ギオン》
《ゴブリンの坑道》入り口付近で息を潜める、二人の男の姿があった。
彼らは二人組の盗賊であった。
魔物の蔓延るダンジョンに潜み、腕利きの冒険者達を襲撃する。
生活苦で盗賊に堕ちた弱者達とは一線を画する、生粋の略奪者であった。
鉱物に興味はない。
狙いは、鉱物狙いの冒険者である。
二人組の片方は、ギオンという金髪の男であった。
獣のような三白眼をしており、武器として三本のダガーを腰に差していた。
ギオンは元々は都市部の権力者が孤児を用いて育てた暗殺者であり、暗殺者のスキルに長けている。
組織を裏切って逃走してからは悪事を繰り返しながら拠点を転々と移しており、既に十年が経っていた。
もう一人はシェルバという、眼鏡を掛けた黒髪の男だった。
小奇麗な礼服姿で、三日月を思わせる、人間味の薄い無感情な糸目が特徴的であった。
一流の剣士であったが人を試し斬りする癖があり、都市部にいられなくなった元冒険者である。
ギオンもシェルバも、二人とも多くの都市から指名手配されている。
特にギオンは《闇の手ギオン》と恐れられており、その実力はS級冒険者にも匹敵するとされていた。
S級冒険者は、都市部で最上位格の冒険者に贈られる階級である。
ギオンは口端を歪め、犬歯を覗かせる。
「来た、来たァ……二つ、三つ。冒険者の足音だ。狩りの時間だぜ」
ギオンは暗殺者の《聞き耳》のスキルを有していた。
このスキルは常人よりも遥かに聴覚が鋭くなる。
ダンジョンに入る前から、足跡や食料の残骸など、人の痕跡は一切残さないようにしている。
また、ギオンは集団の気配を隠すスキル《アビスハイド》も有している。
訪れた連中が自分達に気付けるわけがなかった。また、その様子もない。
「ギオンさん、どう仕掛けますか?」
シェルバが尋ねる。
「キヒヒ、いつも通りの手順でやる。いいか、入り口からここに来るまでに、一ヵ所の分岐路があった。連中がこっちに向かってくるなら、隠れて不意打ちする。そんで、もしも反対側に行ったのなら、追跡して追いつめる」
「なるほど、承知しました。しかし、味気なく終わってしまいそうですね、たまには正面戦闘も悪くないのですが」
「フッ、戦闘狂め。だが、オレ様が楽しみたいのは、あくまで狩りなんでなァ。鳥一羽を殺すのに、わざわざ正面に立ちはしねぇだろォ? もっとも……正面戦闘になったとしても、オレ様が負けるとは思わねぇがなあ」
「もっともです、ギオンさん。貴方に勝てる冒険者が、この大陸にいるとは思えない。だから私も、貴方に従っているのですから」
ギオン達はしばらく気配を殺して待っていた。
しかし、対象は立ち止まり、それきりなかなか動く気配を見せなかった。
「なんだ、揉めてんのかァ? こっちに気づいたとは思えないが、入り口を変えるつもりかもしれねェ、一応動く準備を……」
ギオンの声を遮り、ドゴッ、ガツッと、激しい轟音が響いてきた。
《聞き耳》を研ぎ澄ませていたギオンは轟音に鼓膜を揺さぶられ、額に皴を寄せて頭を押さえる。
「うぶっ……な、なんだァ、突然」
「ギオンさん、この音は……?」
「チッ、知るか。動いてはねェよ、まだ待機だ。ああ、気分が悪い。この苛立ちは、連中で発散させてもらうとするか」
ギオンは舌舐めずりし、通路の先を睨む。
「採掘にしてはデカイ音だったが……」
そのとき、さっきまでよりも一層と苛烈に、轟音が響いてきた。
それも、全く収まる気配がない。
とんでもない剛力で何度も壁を殴りつけているような音だった。
明らかに一人ではない、複数人が壁を殴りつけている。
「ギオンさん……これは?」
「ほう……どうやらゴーレムみてェだな。連れてきてはなかったから、この場で即席に造ったのか、大した奴だ。面白い。なんで入り口で動かしてるのかは知らねェが、まァ、どうでもいいことだ。すぐにわかることだろう」
「あの、何か嫌な予感がするのですが……。何をしたいのかはわかりませんが、普通ではありませんよこれは。逃げた方がよろしいのでは?」
「ハッ、冒険者十人殺しが、案外ビビリなんだなァ、シェルバ。ククッ、いいねェ、いいねェ、最近楽な雑魚ばっかりで萎えていたところだ」
シェルバは連続的に響く轟音に嫌なものを感じ取っていたが、しかしギオンはそれさえも面白いと笑う。
「ククク、さて、向こうさんが動くまでは、こっちも様子を見させてもらうか」
「…………あの、ギオンさん、盛り上がっているところ悪いのですが、私は去らせてもらっていいですか? 昔から、ここ一番での嫌な勘が当たるんですよ。子供の頃、家にどうしてもいていられなくなって外に出ると、火事になったことがあるんです」
「アァ? 何馬鹿なこと言ってやがるんだ、萎えること言うんじゃねェ。お前をここで殺してやろうか」
ギオンは目を見開き、シェルバを睨む。
シェルバは眉間を押さえて息を吐きだし、それから口を噤んだ。
ギオンはどんなに些細なことであろうと、気に喰わないと思えば簡単に相手を殺す。
彼に同行しているシェルバは、そのことをよく知っていた。
「……ギオンさん、ギオンさん、何故だか蕁麻疹が出て来ました。これは相当です。あの、やっぱり止めた方がいいのでは」
知っていたつもりだったが、自身の身体の急激な不調に、シェルバは現状への恐怖が勝った。
「おい、静かにしろ。四体のゴーレムがこっちの通路に来る」
「えっ」
「偵察のつもりか、慎重な奴だ。だが、面白れェ。奥に隠れるのもいいが、ここは迎え撃ってやろう。逃げられる前に、退路を塞がねぇとなァ。ここの通路はゴーレムが何体も並べるほど広くねェ、脇を潜り抜けてゴーレムの主を叩くぞ!」
「ま、待ってください!」
シェルバは先行したギオンを追い掛ける。
そして角を曲がったところで見えた光景に、目を見開いた。
「……あれっ?」
あったはずの通路が、土砂や石によって塞がれている。
微かに空いた小さな穴の先では、四体のゴーレムが台車をひっくり返して壁を埋めていくのが見えた。
「な、エリシア。こうして余った石で通路を埋めておけば、魔物に背後から襲われるリスクが下がるというわけだ。道もシンプルになるから、ダンジョンに入る他の人間にも優しい。これで帰りは出口まで綺麗な一本道で済む」
「なるほど……しかし、この奥に冒険者がいたら大変なことになるのでは?」
「いや、先に人が入った形跡がないのは確認済みだ。さて、魔物が暴れて崩すかもしれないから、一応《アルケミー》で壁を補強しておこう」
何者かの声が穴の奥から響いてくる。
「帰りの出口が!?」
シェルバは大声で叫んだ。
ゴーレムは容赦なく、僅かに開いていた穴を土砂によって完全に埋めてしまった。
「おっ、おい、開けやがれ! クソが、ブッ殺してやる!」
ギオンは声を荒げて土砂の塊を叩く。
手の感触に、ギオンは蒼褪める。
明らかに壁が、何らかのスキルによって硬められている。
それに響く音からして、ゴーレムがどんどん壁を厚くしているのは明らかだった。
「奴ら、オレ様を生き埋めにするつもりか!」
「あ、ああ、あああああああ! だから言ったんです! だから言ったんです! ど、どうしましょう、私もギオンさんも、分厚い壁を破壊するようなスキルはありませんよ! 見てください、私こんなに蕁麻疹出てたのに、どうして引き留めたんですか! あのとき出てれば、こんなことには!」
ギオンはしばらく前方を睨んでいたが、すぐに壁へ背を向けた。
「……他に表に出られる道を探すしかねェ、体力がある内に行くぞ」
「む、無茶です! ダンジョンがどれだけ入り組んでいると思っているのですか! 元冒険者の私には、それがどれだけ無謀なのかわかります! あるかどうかも怪しい出口を探すなんて!」
「それしかねェだろうが、ぐちゃぐちゃ文句言うんじゃねェ! 奴ら……オレ様に気づいて、あろうことか、通路を埋めて弄びやがった。時間を掛けて通路を埋めるより、もっと確実にオレ様を殺す手段はいくらでもあったはずだ。オレ様を舐めやがった奴は、絶対に許さねェ。オレ様は、耳はいいんだ。イカれ錬金術師め、声は覚えたぞ……! このふざけた真似は、高くつくぞ!」
ギオンはそう叫び、ダンジョンの奥へと走って行く。
シェルバは慌ててその後を追いかける。
「ま、待ってくださいギオンさん! ダンジョンで無計画に動くのは、ただの自殺です!」
――かくしてアルマは、無自覚の内に盗賊二人組の撃退に成功したのであった。
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(2020/4/26)