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第二十二話 出荷

 地に頭を付けるハロルドを前に、村人達が騒めき始める。


「ヴェインと手を組んで、俺達を奴隷にしようとしてただと?」

「ど、どういうことだ……?」

「ハロルド! 信じてたのに、俺達を裏切ってやがったのか!」


 ハロルドは頭を下げた姿勢のまま動かない。

 村人達から漏れ始めた疑問と不満の声はどんどんと過激になっていき、怒声と罵声へと変わりつつあった。


「出鱈目である! 出鱈目であるぞ! 信じるな! 吾輩は無実である!」


 ヴェインが必死に訴える声など、最早誰も聞いてはいなかった。


「なるほど、やっぱり、最初からそういう策だったわけか」


 アルマはハロルドを見つめながら呟く。


「主様、どういうことなの? ヴェインの狙いが奴隷売買なのはわかったけど、ハロルドにここで暴露する意味はないんじゃないの?」


 メイリーは首を傾げ、アルマの顔を見る。


 アルマは、最初からハロルドの言動にはずっと違和感を覚えていた。

 結果だけ切り取れば、言っていることとやっていることが正反対なのだ。


 ここまでハロルドは、ヴェインの援護をほとんど行ってこなかった。

 それはヴェインとの関係性を薄くし、ヴェインが敗北した際に切り捨てるためのはずだと考えられた。

 だが、それをハロルドは、最後の最後のこの場面で、自らヴェインと協力関係にあり、村人の奴隷化を企てていたことまで明らかにした。


「ハロルドは……最初から、ヴェインを道連れに沈むつもりだったんだろう」


「えっ?」


「ハロルドがヴェインの目的に本当に加担しているのなら、最初から俺を村に招き入れる必要はなかったんだ。ヴェインの目的を考えれば、外部の錬金術師なんて不確定要素でしかないからな」


「でもあの時は、ヴェインの信頼を高めるために使うって零してたけど……」


「ただのヴェインを納得させるための方便だったんだろう。どう考えたって、デメリットの方が大きい。ハロルドが領主の権限を最大限に使って俺の行動を制限しに来ていれば、確かに抑え込むことは可能だっただろう。だが、ハロルドは俺を招き入れてから、完全に放置していたからな」


 その後にハロルドがやったことといえば、ヴェインに有利な舞台で戦わせてやると口車に乗せて勝負の土台に立たせ、梯子を外して追い込んだだけだ。

 最初から最後まで、ハロルドは徹底してヴェインを排除する方向で動いていた。


 手段を選ばないヴェインと、村内で絶対の権力を持つハロルドが相手では、こんな一週間前後で決着をつけるなど、不可能だったはずだ。

 本来なら、アルマが村で拠点を築くことさえできなかっただろう。

 村に入り込み、ヴェインと正面対決する構図を作れたのは、全てハロルドの援護射撃があったからに過ぎない。


「でも主様、それなら最初からヴェインを入れなければよかったんじゃないの?」


「いや、ハロルドはヴェインを村に招く必要があった」


 アルマは首を左右に振った。


「俺達を騙して利用してたんだな!」

「ずっと信頼してたのに、許せねぇ!」


 村人の数名が足許の石を拾った。

 石礫の嵐がハロルドを襲う。

 アルマは地面を蹴り、ハロルドの前に立った。


「《アルケミー》!」


 魔法陣が展開される。

 土が変形してせり上がり、盾となってアルマとハロルドを守った。


「ア、アルマ殿……」


 ハロルドがアルマを驚いた表情で見上げる。 


「アルマさん、何故そんな奴を庇うんだ! そいつは、ハロルドは、ヴェインと手を組んで俺達を利用しようとしてやがったんだ!」


 村の青年が声を荒げる。


「冷静に考えろ! ハロルドには、悪徳錬金術師と知っていても、ヴェインを招き入れるだけの理由があったはずだ。本当にハロルドが村を利用するつもりなら、こんなところで暴露なんかするわけがないだろうが!」


 村の青年がはっと表情を変える。


「まさか……」


「飢饉と魔物災害の対策だ。恐らく、村の状態が手詰まりと踏んだハロルドは、ヴェインの計画に乗る振りをしてアイツを招き入れたんだ。真っ当な錬金術師を雇う伝手も余裕も、この村にはなかったからだ。そうだろ?」


 アルマはそう大声で言ってから、足許のハロルドを見下ろした。

 ハロルドは苦悶の表情を浮かべながら、力なく頷いた。


 マジクラの世界では、出没する魔物の種類や頻度が、場所や時期によって大きく異なる。

 比較的安全であった地が、それからもずっと平穏が続くかといえば、決してそうではない。


 それは魔物が月の魔力に由来する生き物で、月が自転や公転を行っているため、この世界への月の光の当たり方が変動するためである。

 ……というのはマジクラの仕様のための設定であり、栄えている村や都市でも、プレイヤーが手を入れなけば簡単に滅んでしまうように調整されているためだ。

 平和な地にNPC達が拠点を築いても、いずれそこが魔窟と化すようになっている。


 ゲームであればスリルと達成感のある調整だが、しかしこの世界は現実である。

 ヴェインを招いたのは、過酷な状況に置かれつつあるこの村を懸命に守ろうとした、ハロルドの知恵だったのだ。


 ヴェインが目を見開いて顔に深く皺を刻み、憤怒の形相を浮かべる。


「ハロルド、貴様……! 最初から、この吾輩を利用していたのか! 計画に乗り気だった割に、あれこれと理由を付けて延期していたのは、そのためであったのであるな! 侮辱しおって! ぶっ殺してくれるわ!」


 ヴェインが吠える。


「……アルマ殿、貴殿がこの村に来てくださったのは、本当に思いもよらない幸運だった」


 ハロルドは寂しげな笑みを浮かべ、アルマにだけ聞こえるようにそう口にした。


 ハロルドは、敢えてヴェインの計画に乗った振りをして彼を招き入れることで、村が滅ぶ最悪の事態を解決しようとしていたのだ。

 だが、アルマが来たことで、ヴェインが完全に不要になった。


 しかし、そのときにはヴェインが村内で信頼や実績を築き過ぎていた。

 ヴェインに心酔している者や、彼に雇われている者も大勢いた。

 一方的に追い出せばヴェインの反攻に遭い、村が割れるような事態も有り得たはずだ。

 大事にする前に、まず村からヴェインをゆっくりと引き剥がす必要があったのだ。


 そのためにアルマとヴェインをぶつけ、ヴェインから村人達が離れていくように仕向けたのだ。

 そこには、アルマの人柄や実力を探る意図もあったのだろう。

 元々ヴェインの真の計画を知っていたハロルドは、ヴェインが焦ればボロを出してくれることは想定できたはずだ。

 もっとも、ここまで綺麗に墓穴を掘るとは思っていなかっただろうが。


「だが、僕は、いよいよそのときが来れば、村から奴隷を出すつもりだった。ヴェインが村に余裕ができないように調整していたのを、黙認もしていた。僕を残せば、村に不和を生むことになる。アルマ殿、このまま僕を追放してくれ」


 ハロルドは小声でアルマへとそう漏らした。


 アルマは顔を上げ、村人を見回す。


「おい、ハロルドの処遇は俺に一任してもらいたい。構わないか?」


 異論は上がらなかった。

 アルマは言葉を続ける。


「ハロルドは俺の監視の許、以降も村の統治に尽くしてもらう」


 村人達から不満の声は上がらなかった。

 アルマは今や村の英雄であるし、ハロルドの真意もまた村人達には伝わっていた。


「ア、アルマ殿……」


「俺に政務まで押し付ける気か? 人様に頼らず、自分でやれ。それに、優れた錬金術師ほど、正確に物の価値を量れるんだよ。恩を売った優秀な人材は、アダマントのインゴットに勝る。ただで捨てるような、勿体ない真似をするものか」


「ありがとう、アルマ殿……」


 ハロルドは再び頭を深く下げた。


「ふ、ふざけるでないぞ! ハロルドが無罪放免であると! 通るわけがなかろう、そんなものが! 騙されるでない! そ、そうである! 全てはハロルドが悪いのだ! 吾輩は悪くない! ハロルドがアルマと手を組んで、吾輩を嵌めようと仕組んだことなのだ! 何故わからぬ、愚図共め!」


「……さて、あいつの処遇だが、どうすればいい? これまで散々悪さを働いてくれたわけだが」


 アルマは泣き叫ぶヴェインへと、冷ややかな目を向ける。


「……ヴェインがいなければ、この村はアルマ殿が来る前に、とうに僕の至らなさのために滅んでいたはずだ。どういった思惑であれ、彼が村のために尽くしてくれ、それによって救われたことは事実なんだ。僕はそのことにはヴェインに本当に感謝している。だから、追放処分で済ませたいと、そう考えている」


 ハロルドは静かにそう口にした。

 村人達も一部から不満の声が漏れていたが、仕方がない、というのが過半数のようだった。


「ハ、ハロルド様……! なんと慈悲深き御方、このヴェイン、改心し、今後は貧しい人々のために尽くすのである!」


 ヴェインがおいおいと涙を流す。

 アルマは唇を噛んで目を細め、ヴェインを睨んでいた。

 これだけ胡散臭い表情ができるのも一つの才能である。


「絶対嘘だよ。ねぇ、主様、ボクすっきりしない。丸焼きにしようよ」


 メイリーがくいくいとアルマの裾を引く。

 アルマはメイリーの口を手で押さえた。


「案外、甘いんだなハロルド。ま、お前がそうしたいというのなら、反対はしないさ。お前はそれだけこの村を大事に思ってるってのは伝わった。その意志は尊重してやりた……」


「だけど、村に魔物を引き込んだのは別だ」


 アルマの言葉を遮り、ハロルドは冷たい口調でそう言った。


「おう?」


「ヴェイン、お前が昨夜、意図して村内に魔物を引き込み、アルマ殿に拘束されたことは知っている。放火、集落への魔物の引き込み、災害の誘発、アンデッドの研究。この四つはどこの地でも、問答無用で重罪に当たる。元々都市部で暮らしていたお前が、知らなかったわけがない」


 ハロルドの言葉に、ヴェインは見る見る内に真っ青になっていく。


「違うのである! 吾輩ではない! そ、そうである! 他の罪は全て認めるが、それは吾輩ではないのである! おのれ、アルマめ!」


 ヴェインはこれまで言っていたことを一転させ、アルマへ魔物の引き込みだけでも押し付けようとした。

 だが、もはや、ヴェインの言葉に耳を貸すものなど、この場にいるわけがなかった。


「ヴェイン、お前が村に尽くしてくれたことに免じて極刑だけは避けてやる。幸い、錬金術師には価値がある。他都市に事情を話し、終身犯罪奴隷として引き渡す」


「嫌である! 終身奴隷など絶対に嫌である! 何故吾輩が、そんな目に遭わねばならんのだ!」


 ヴェインが必死に身体をくねくねと動かして訴える。


「ヴェインを倉庫に閉じ込めておいてくれ。明日には護送する」


 ハロルドはヴェインを見もせず、部下へとそう命じた。

 屈強な鎧の兵がヴェインを取り押さえ、ハロルドの館へと運んで行った。


「お願いである、生涯奴隷など、あまりにも惨めである。慈悲を! 吾輩に慈悲を!」


「お前がこの村でやろうとしてたことだろ」


 アルマは溜息交じりに、ヴェインへとそう返した。


「お、恩人にこのような仕打ち! 必ずやこの村には天罰が下るぞ! ハロルドォ、アルマァ! 吾輩は、吾輩はこの村を呪ってやる!」


「大人しくしていろ。無駄な暴力を振るいたくはない」


 ヴェインはハロルドの館の方へと消えていった。

 こうして村でのヴェイン騒動は、完全に終着したのであった。

【お願い】

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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 ポイントは作品の今後を大きく左右するので、評価を行っていただけると本当に助かります……。

(2020/4/24)

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