第十九話 魔物災害
夜、ヴェインは再び部下を集め、村の外へと出ていた。
ハロルドからは『頼むからもう何もするな』と言われていたが、このまま何もしなければ村から追放されるのは目に見えていた。
このまま引き下がってはいられなかった。
ハロルドの見張りに金銭を握らせ、彼の館からの脱出に成功していた。
成功すれば奴隷売買で膨大な富を得られるはずだったのだ。
それが一文無しで村から追い出されるなど、到底受け入れられるものではなかった。
いや、下手をすれば追放では済まないかもしれない。
ヴェインは村内で嘲笑の対象となりつつあった。
それもプライドの高いヴェインにとって、受け入れがたいことであった。
「アルマァ……今度こそ、決着をつけさせてもらうぞ……!」
ヴェインは低い声で唸った。
「ヴェイン様、止めておいた方がいいのでは……? ハロルド様は、今までのことくらいなら、どうとでもなると……」
「何もしなければ、吾輩が追い出されるに決まっているであろうが! ハロルドは今の今まで、何もしてくれんかったではないか! 吾輩はやるぞ!」
ヴェインはそう言って手にした大きな髑髏型の水晶へ目をやり、邪悪な笑みを浮かべた。
「ヴェイン様、それは……?」
「《水晶髑髏》……範囲内の骸骨剣士を、集めるアイテムである。これをここに埋めておけば、アルマが壁を築いた側から魔物が侵入するというわけである。後は吾輩らが、適当に壁を壊して、魔物の仕業に見せかければよい。フフ、奴が自信を以て築いた壁から魔物が入り込み、死者が出れば、アルマを見る村人の目も変わるというものよ」
ヴェインはそう言って、大声で笑った。
「ヴェ、ヴェイン様、それだけはお止めください!」
「そうです! それは、本当に一線を越えてしまいます! もし対応が遅れれば、何十人死者が出ることか……!」
部下達が一斉に止めに入った。
「黙るのだ! どうせ死ぬのは北部の、吾輩を裏切ったクソ共に過ぎん。貴様らの家がひもじい思いをせずに済んだのは吾輩のお陰であるぞ! もしも吾輩が追放処分を受ければ、貴様らも、家族も、無事では済まんだろうなぁ……?」
「うっ、うぐ……」
「なぁに、バレはしない。それに、騒ぎを聞きつけた吾輩らが鎮圧すれば、被害は抑えられ、評判は上がる。いいこと尽くしではないか! ハハハハ! アルマ、全てはこの吾輩を追い詰めた、貴様が悪いのだぞ!」
ヴェイン達は《水晶髑髏》を地中に埋め、アルマの築いた壁を斧で打ち壊して穴を開けた。
そうしてことの成り行きが進むのを、村の高台より見守っていた。
「……ヴェイン様、北部の壁近くに骸骨剣士が集まっております。既に十近くは」
ヴェインの部下が、心苦しげに報告する。
「ハハハ! よいぞよいぞ! 思ったより集まったではないか! ほとぼりが冷めたら、明日の朝には掘り返しに行かんとな!」
骸骨剣士達は《水晶髑髏》の上をフラフラと彷徨った後、村の方角へと動き出した。
ヴェインが歯を剥き出しにして笑う。
だが、そのとき、異様な事態が起こった。
集まった骸骨剣士達は、ぐるりとアルマの築いた壁を遠回りするように動き、北部から南部へと大回りを始めたのである。
「なっなっ、何故……!?」
ヴェインはあんぐりと口を開けた。
「アルマのタリスマンを回避した結果、南部に向かったのではないでしょうか……?」
「そ、そんなわけがあるか! それでは吾輩のタリスマンが、アルマのタリスマンに圧倒的に劣るということではないか!」
「その通りなのでは?」
ヴェインは部下の顔面に裏拳をお見舞いした。
「ハロルド様に報告しましょう! このままでは、本当に大変なことになります!」
「ならん! そんな都合の良いこと、吾輩が何かしたと自白するようなものではないか! ただでさえ骸骨剣士ばかりが群れるなど、異様な事態であるのだぞ! このまま黙っておいて、ちょっと遅れて報告するのである!」
ヴェインの言葉に、部下達の表情が真っ青になった。
深夜、アルマの家の扉が激しく叩かれた。
アルマは眠い目を擦り、扉を開いた。
「なんだ急に? ……お前は」
扉の前にはヴェインの部下の男が立っていた。
男は顔を真っ青にしており、アルマを見るなり勢いよく頭を下げた。
「アルマ様、ヴェイン様が、村に魔物を引き入れたのです! 自分もその手助けを行ってしまいました。後でどのような形でも罪を償わせていただきます。都合の良いことを口にしているのは承知しておりますが、どうか、何卒お助けを!」
アルマは耳を疑った。
ヴェインが短絡的な上に他人を一切顧みない馬鹿なのはわかっていたが、しかし流石にここまでだとは思っていなかったのだ。
「奴は本物の馬鹿か!」
「はい、ヴェイン様は本物の馬鹿です。そして、私はそれ以上の馬鹿でした」
男はおいおいと泣き崩れてしまった。
「起きろメイリー!」
アルマは大声で叫んだ。
白竜状態のメイリーが、ごろんとベッドから転げ落ちた。
『……夜中にどったの、主様ぁ?』
やや不機嫌そうにメイリーが零す。
「メイリー、馬鹿のせいで魔物の襲撃だ! とんでもないことになったぞ! おい、案内してくれ!」
「はっ、はい!」
男は応え、大急ぎで拠点の外へと出た。
アルマとメイリーもその後を追った。
村の南部では、大騒ぎになっていた。
「助けてくれぇえっ!」
「ハッ、ハロルド様! ハロルド様に報告を!」
骸骨剣士の集団が、周辺の建物を打ち壊している。
既に悲鳴が飛び交い、村人達が逃げ惑っていた。
「馬鹿にしてるのか、あの馬鹿は! ここは墓場でもないのに、突然骸骨剣士が群れを成すわけがないだろうがぁっ!」
アルマは思わず声を荒げて叫んだ。
メイリーが翼を広げて低空飛行し、二体の骸骨剣士の頭蓋に手を添え、同時に首を捩じ切った。
骸骨剣士達の身体が崩れ落ちる。
「な、なんだこの子は!」
「アルマの横についていた娘だ! 滅茶苦茶強いぞ!」
メイリーは騒ぐ村人達を振り返ると、ちょっと照れたように微笑んでピースを作った。
「照れてる場合か! とっとと敵を減らしてくれ!」
アルマがメイリーへと叫ぶ。
そのとき、近くの家屋が崩れ、中から骸骨剣士が現れた。
逃げる子供の背へと迫っていく。
「チッ!」
アルマは飛び出し、骸骨剣士の刃を前腕で受けた。
髑髏が顎を震わせてカタカタと笑う。
だが、刃はアルマの身体に通らなかった。
「ダメージは、ローブが肩代わりしてくれるんでな!」
アルマは《魔法袋》より、一本の武器を取り出した。
無論、《アダマントの鍬》である。
これまで武器を作る余裕はあったが、中途半端な素材で剣やら斧を見繕うより、《アダマントの鍬》でぶん殴った方が遥かに効果的なのだ。
「土に還りやがれ!」
鍬を横に薙ぎ払う。
骸骨剣士の剣がへし折れ、骨が砕け散って地へと崩れていく。
アルマとメイリーの活躍により、骸骨剣士の群れの鎮圧はあっという間に終わった。
周囲には骸骨剣士の残骸の山が転がっていた。
「あれだけいた魔物を、たった二人で!」
「お、おお! やはり、アルマ様こそ、この村の英雄だったのだ!」
村人達が歓声を上げる。
アルマは溜息を吐きながら、《アダマントの鍬》を地へと下した。