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第十七話 ヴェインの襲撃

「なっ、なんであると! どういうことなのであるか!」


 アルマが順調に村の外壁を建設している最中、ヴェインは館の中で、部下達に怒鳴り散らしていた。


「で、ですから、ヴェイン様、その……北部の様子を見て、何故北部にあって南部に外壁がないのだと、ハロルド様の親戚筋の方々がお怒りのようで……」


「造りたければ勝手に造ればよかろうが! 吾輩の知ったことか!」


「中には、アルマ側につくことを匂わせている家もあるそうです」


「ハロルド様に頼んで、どうにか黙らせてもらわねば……」


 ヴェインが歯軋りを鳴らす。

 半年以上、滅びかけの地方村に尽くしてきたのは、信用を勝ち取り、村の若い娘を奴隷として都市へ売るためだったのだ。

 ハロルドと綿密に計画を立ててこれまでやってきたというのに、こんなところで台無しにされては敵わない。


「グフフ……だが、苦しいのは我らだけではないはずである。北部からはどうである? 何せ、井戸を潰してやったのだ。泣きついてくる村人共が……」


「……既に、造り直したそうです」


「なに?」


「あっという間に、これまで以上に便利な井戸を用意したらしく……むしろアルマの評判が上がったのだとか」


「そっ、そんな馬鹿な話があり得るか!」


「……ついでに、その件でハロルド様の親戚筋の方々が、南部に同じものを造れと」


「おのれ……! ハロルド様は聡明であるのに、連中はいつもいつも、大事な時期に文句ばかり零して、吾輩の足を引っ張りおって……! 奴らさえいなければ、計画もとっくに進んでいたというのに!」


 ヴェインは怒りのあまり、髪を掻き毟った。


「おのれ……あの男さえ、アルマさえいなければ……! ハロルド様は策があるというのが、吾輩には今は待てというだけで、ロクに教えてくれはせん。このままじっとしていたら、きっと奴に全て台無しにされてしまうのだ」


「……既に、状況はよくありません。北部では、泥棒を仕向けたことや、井戸にマイマイの死骸を撒いたのがヴェイン様の指示であると、ほぼ公然の事実のように語られているようです。南部ではこれまでハロルド様に遠慮して声を潜めている者が多かったのですが、ハロルド様の親戚筋の方が不平を訴えたのを切っ掛けに、それが崩れつつあるようです」


「う、うう、うぐぐぐぐ……おのれ、おのれ、アルマめ……!」


 ヴェインは自身の、太い親指を噛んだ。

 肉が抉れ、血が零れる。


「最早手段は選ばん! 今夜、襲撃を仕掛け、アルマを殺す! 奴さえ死ねば、どうとでもなる。村を惑わす悪魔だったとでも言えばよい! どの道錬金術師がいなくなれば、この村はいつ滅んでもおかしくはないのだ! 吾輩に従わざるを得ないに決まっているのである!」


「ヴェッ、ヴェイン様、それはさすがに、お考え直しを……! 失敗すれば、ヴェイン様はこの村にいられなくなります!」


「そんなもの、最早時間の問題ではないか!」


「あの、ハロルド様への相談は……」


「ならん、ハロルド様は慎重すぎる! それに、この一件でよぉくわかったが、あの方は徹底して保身の姿勢なのだ。吾輩がどうなろうが、自分が無事ならばそれでいいと思っておるに違いない! 吾輩は吾輩で動く!」


 こうして夜、ヴェインは部下十人を引き連れてアルマの許へと向かった。


「奴の造ったものは全て打ち壊せ! アルマを、あの悪魔を殺すのだ! 奴の家に火を放て!」


 壁の一部を壊し、畑を踏み荒らし、井戸……あらため、アルマの造った水道を砕いた。

 そうしてアルマの拠点へと向かった。


「グッフッフ……アルマ、よくぞこの吾輩をここまで追い詰めたものだ。これが最後の決戦だ、アルマ! 貴様が滅ぶか、この吾輩が滅ぶか!」


『そこまでですぞ、悪党共』


 ヴェイン達の頭に、声が響く。


「なっなんだ!」

「今、声が……」


 部下達が慌てふためく。

 ヴェインは周囲へ目を走らせた。


「こ、これは、高位の魔物が扱えるという、《念話》なのか……? いったい、どこに……」


『ここですぞ』


 ヴェインは目線を下げる。

 黄金の体毛を持つ、鶏がその場にちょこんと立っていた。

 鶏はぐいっと首を伸ばし、ぴしっと翼を広げる。


『これ以上の狼藉は、このホルスが許しませんぞ!』


 ヴェインは部下達を振り返る。

 彼らは、石でできた剣や斧を手にしていた。


「おい、やれ」


 部下の一人が黄金の鶏、ホルスへと斧を構えて歩いて行く。

 ホルス目掛けて、ゆっくりと斧を振り上げた。

 ヴェインはそれを見て、先へと進もうとした。


 だが、次の瞬間、部下の斧が弾き飛ばされていた。

 ホルスが素早く宙に跳んで回転し、斧の刃を側面から蹴り飛ばしたのだ。

 部下の男もその際の衝撃で吹っ飛ばされ、地面に身体をぶつけていた。


「がはっ! い、今、何を……!」


 ヴェインは茫然とホルスを振り返る。

 ホルスは華麗に片足から着地すると、クイクイとヴェインを挑発するように翼を動かした。


『一人ずつとは紳士的ですな。ですが、纏めて掛かってきてもよろしいですぞ』


「この化け物をぶっ殺すのだ!」


 ヴェインが叫ぶ。

 残る部下達が一斉にホルスに掛かっていく。

 だが、素早く繰り出されるホルスの足技に対応できず、あっさりと武器を奪われ、弾き飛ばされていた。


「ばっ、化け物だ!」

「逃げろ! こんなのに敵うわけがない!」


 部下達が一斉に逃げていく。


「ぶぁっ、馬鹿者! ここで退けば、吾輩に後はないのであるぞ! 戻ってこい!」


 ヴェインは必死に部下達へと声を掛けたが、しかし彼らが戻ってくる様子はなかった。


『後は貴方一人のようですな』


 ホルスがジリジリとヴェインへ迫っていく。


「なな、舐めてくれるでないぞ、魔物風情が! 吾輩とて若い頃は、無数のダンジョンに潜り研鑽を積んだ、冒険者であったのである!」


 ヴェインが《魔法袋》から、白銀の輝きを放つ、一振りの剣を取り出した。


「一流の錬金術師は、自身の足で素材集めを行ってこそのもの! 吾輩の剣技を見せてくれるわい!」


 ヴェインは吠えながら剣を構え、ホルスへと突撃していった。

 ホルスの蹴りが、ヴェインの顔面に突き刺さった。


「ブヒッ」


 ヴェインは吹っ飛ばされ、剣を手放して数メートルほど転がった。

 そのまま起き上がり、ドタドタと必死に逃げていく。


「ここっこ、殺される! 吾輩は、こんなところで死んでよい人間ではないのである!」


『殺しはしませんが、少々痛い目に遭ってもらいますぞ!』


 ヴェインの背をホルスが追い、嘴を何度も突き出した。


「おぶっ! あぶっ!」


 ヴェインは痛みに悲鳴を上げながら、夜の村を走り回った。

 豪奢なローブが破れ、脱げ落ちていく。

 最終的にヴェインは、裸になって駆けて行った。

 ホルスはその背を眺め、大きく一人頷いた。



 その後ヴェインは館に戻り、三階の寝室にて、毛布に包まって震えていた。


「お、お終いである。こんな、こんなはずではなかったというのに……。いや、まだだ、まだである! まだ何か、逆転の手があるはずである! ハ、ハロルド様も、策があると仰っておられた! 吾輩にもまだ、できることがあるはずである」


「ヴェイン様……」


 部下の一人がヴェインの許へと戻ってきた。


「き、貴様……よくおめおめと、日の変わらぬ内に戻ってこられたものであるな……」


 ヴェインは眼を細め、部下の男を睨みつける。


「そ、その実は、壁や水道を壊した際に、気になったアイテムを集めておりました。ヴェイン様の役に立つのではないか、と」


「ほほう! それはでかしたぞ! 奴の錬金術を吾輩が再現できれば、まだ好機はある……!」


 部下の言葉を聞き、ヴェインは表情を和らげる。


「これは水道に使われていた、水晶玉です。しかし、一体どう使えばよいものなのか……。ただの装飾ではないはずなのですが」


「早く寄越せ。こういうものは、魔力を流して、変化の切っ掛けを作ってやればよいのだ」


 ヴェインは部下から水晶玉を奪い取り、魔力を流した。

 水晶玉から水がゆっくりと溢れ出してきた。


「おおっ!」


「なるほど、これを使ったのであるな」


 ヴェインはニヤリと笑い、それから眉を顰めた。


「はて、しかし、どう止めればよいのだこれは?」


 ヴェインが水晶玉に魔力を込めながらひっくり返したとき、水晶玉から溢れる水の勢いが強まった。


「ヴェッ、ヴェイン様! 早く止めてください!」


「言われんでもそうしたいのだ! こ、こうか! こうか! わかった、こうであるな! うぼおおおおぉっ!」


 一気に溢れた水に、ヴェインと部下は部屋の反対側まで押し流される。

 水の重みで床が抜け、三階から一階が貫通し、館の壁が崩れ始めた。


「おぼおおおっ! 溺れる! 溺れる! 誰か、誰か吾輩を助けよおおおおっ!」


 この日、謎の水害によってヴェイン邸は崩壊した。

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(2020/4/22)

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