第十四話 ハロルドの策謀
アルマが村にやってきてから五日が経過した。
アルマの小屋は改築され、今やその辺りの家よりずっと大きくなっていた。
アルマの《錬金炉》や《収納箱》も、石造りのものから鉄製のものへと変わっていた。
アルマの村内での影響力も日に日に増してきている。
昨日、ヴェインの手先らしき集団が畑泥棒に出てきていたが、設置した案山子に取り押さえられているのが発見されていた。
連中の妨害もその程度のものであった。
「エリシア、村人達と交渉して、金属類や木材をどうにか集めてきてもらえないか? 村を出て集めている猶予は、今の俺にはないからな。代わりに要望があれば聞き入れると、そう返しておいてくれ」
アルマは《錬金炉》で作業を行いながら、エリシアへと声を掛ける。
「はいっ! 任せてください、アルマさん。きっと、すぐに集まりますよ」
すっかりエリシアがアルマの助手となっていた。
「出てくるのである、アルマ!」
外から叫び声が聞こえてくる。
ヴェインの声だった。
「ア、アルマさん、ヴェインです。どうしますか?」
エリシアが不安げにアルマへと目を向ける。
「そろそろ来ると思っていたさ。出迎えてやろうじゃないか。メイリー、護衛は頼むぞ」
「んっ、主様任せてー!」
メイリーはベッドから跳ね起き、アルマの傍へと走ってきた。
ベッドには羽毛の毛布がついている。
生活の余裕ができたので、アルマがメイリーの機嫌取りにと造ってやったものである。
外に出れば、ヴェインだけではなく、ハロルドがいた。
そして彼らの周りには、金属鎧をガチガチに纏った武装兵達が守っている。
ヴェインは先日畑の襲撃に向かわせた者達が案山子に叩きのめされたのを知っているのか、顔を顰め、周囲を苛立たしげに警戒していた。
村人達も、武装兵の集団に怯え、何事かと彼らを遠巻きに見ていた。
「大層なお出迎えだが、何の用だ?」
「出たであるな、アルマ……!」
ヴェインがアルマを睨みつける。
「いや、領主として礼を言いたくてね、アルマ殿。随分と領地のために貢献してくれているみたいじゃないか。今は何をしていたところだったのかな?」
ハロルドは人工的な笑みをアルマへと向ける。
「《タリスマン》を造っていた。ここの村の従来の《タリスマン》じゃ、対応しきれない魔物も多い。先日、村の北部でマイマイが出てくる事件があった。後回しにできる問題じゃないと思ってな」
「ななっ、なんであると!」
アルマの言葉に、ヴェインが声を荒げた。
《タリスマン》は、魔物除けの効能のある、魔術式の刻まれた石である。
どこの村でも、魔物除けとして村の外周に並べたり、家の近くに置いていることが多い。
錬金術師が創意工夫を凝らす自由度が高く、また、どこの地も魔物災害には頭を悩ませているため、《タリスマン》の出来栄えは錬金術師の質を如実に表すとされている。
従来の《タリスマン》とは、無論ヴェインの造ったものである。
その《タリスマン》の否定は、つまり製造者ヴェインの否定でもある。
村の周りの《タリスマン》を置き換えるなど、ヴェインの実力がアルマに劣るのだと喧伝し続ける行為に等しい。
「きっ、貴様! この吾輩を愚弄するのも大概にするのだ!」
ヴェインは肥え太った指をアルマへ突きつける。
「村人の命より、自分の自尊心の方が大事だってか?」
アルマはヴェインの言葉を鼻で笑った。
そのとき、ハロルドは手を叩いて鳴らした。
「落ち着いてくれ、二人共。特にアルマ殿よ、錬金術師が自身の評判を守ることは、時に村を守ることにも繋がるものだ。ヴェイン殿は、かれこれ半年以上この地に尽くしてくれている。当然のことだが、村の求めている錬金術師は、純粋な腕だけでなく、人格と、村との信頼関係も重要というわけだ。それを徒に貶されたヴェイン殿の怒りも、道理に適ったものだと思わないかい?」
ハロルドは笑顔を崩さずに、錬金術師の在り方についてそう語った。
間違ったことは口にしていないが、ただの詭弁だ。
何とでも言えることを、何とでも言える範囲で自分達の優位な形で語っているに過ぎない。
「……第一、お前達がそれを言うのか」
アルマはそう呟き、溜息を漏らして自身の額を押さえた。
「アルマ殿、確かに君は秀でたところのある錬金術師のようだ。しかし、正しいことをしているつもりでも、結果的にそれが村を惑わせるだけに終わることもある。わかるかい? 自己満足で、あまり出過ぎた真似をしないことだ。僕達には、僕達のやり方がある」
ハロルドが人差し指を左右に振りながら口にする。
「で、何が言いたいんだ? 今更そんな曖昧な脅しで、俺が動くと思っているわけじゃないんだろ? 具体的な提案があってきた、そのはずだ。意味のない前置きはやめろ」
「ふむ、だったら、そうさせてもらおうか。船頭多くして船山に上るとは、よく言ったものだ。指導者が二人いて意見が食い違えば、大きな争いに発展する。割を食うのは巻き込まれた民だ。世の多くの不幸はそれが発端なんだよ。僕は、そのような事態を引き起こしたくはない」
「……話の長い奴だな。短く、直球で言うんじゃなかったのか」
「アルマ殿にはヴェイン殿の下について、ヴェイン殿の指示によってのみ動いてほしい。村人との接触も制限させてもらう」
「ほう?」
「僕の言っている意味はわかってくれるかな? 錬金術師は、村の方針に大きく関わりすぎる。領主である僕以上に、指導者としての側面を持つものだ。指導者同士の対立はよろしくない。君には、村に長くいて信用のおけるヴェイン殿の下に付いてもらうか、そうでなければ去ってもらうしかないんだよ。村の支配者になって旨い汁を啜りたいわけではないのだろう?」
厄介な言い分だった。
村内に悪戯に争いを招くのを防ぎたいと正義面をしながら、アルマの行動の封殺に掛かってきた。
頭ごなしに否定すれば、ハロルドに様々な強硬策を取らせる大きな口実を与えることになりかねない。
ハロルドの背後で、ヴェインがニヤニヤと笑っている。
「言い分はわかるが、断らせてもらう。生憎だが、俺にはとてもそこのデブ……ヴェインが、信用のおける奴だとは思えないんでな」
「なっ、何であると!?」
ヴェインが歯茎を見せて激怒した。
ここで退けば、ヴェインに飼い殺しにされ、都合のいい道具にされるだけだ。
相手に強硬策を取らせる口実になるとしても、断る以外には有り得なかった。
「なななな、生意気な小僧である! こっここ、このヴェインを、そこのデブであると!」
「落ち着いてくれ、ヴェイン殿。アルマ殿が納得してもらえないならば、仕方ない。それじゃあ、こうしようか。アルマ殿は、ヴェイン殿は充分な信用を得られていないから錬金術師には不適切だと、そう主張したいわけだ」
ハロルドはアルマの言葉に、一切動じる様子がない。
恐らく、最初から断られることが前提だったのだと、アルマはそう察した。
「村人達を巻き込むようで悪いけれど、彼らには、アルマ殿かヴェイン殿、どちらか一方にしか頼ってはいけないことにしてもらう。鞍替えは構わないけれど、例えばアルマ殿とヴェイン殿の、双方から《タリスマン》を受け取るような真似は禁止させてもらうということだ。そして、どちらの派閥なのかは明言してもらうことにする」
「……要するに、人気投票で決めさせるってことか?」
「ああ、そうだよ。大差がついた時点で決着とさせてもらう。対立を煽るようだけど、目に見える形で結果を出さなければ、禍根が残るというものだ。これで大敗した方は、村での面子を完全に失うことになるだろうけれど……まさか、ヴェイン殿には村との信頼がないと言った君が、今更止めるとは言わないだろう?」
「わ、罠です……。アルマさん、止めておきましょう。順当に進めばアルマさんが勝つでしょうが……ハロルドが、負けるとわかっていてこんなことを言い出すはずがありません」
アルマの背後で、エリシアがそう小声で口にした。
「わかった、いいだろう」
「ア、アルマさんっ!?」
「どの道、ヴェインは手っ取り早く村から叩き出す必要がある。表立って面子を潰せるなら、いい機会だ」
「し、しかし、しかし……!」
エリシアが不安げにハロルドを見る。
「大丈夫だ。何されたって、どうとでもして見せるさ。それに……ほら」
アルマが前を指差す。
エリシアは指先を追って前へと顔を向けた。
「ハッ、ハロルド様……そっ、そこまでは聞いていないのである! あんなのと正面からぶつかったら、吾輩が、吾輩の立場が、その……わかるでありましょう、その! その!」
ヴェインは必死な形相で、ハロルドへと詰め寄っていた。
明言こそしないが、如何にも自信なさげな様子であった。
「案ずる必要はない、ヴェイン殿。貴方はいつも通りにやっていてくれれば、それでいい。僕に策がある」
ハロルドは子供をあやすように、猫撫で声でヴェインの肩を叩いていた。
【お願い】
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
面白いと思っていただけましたら、この下にある【☆☆☆☆☆】よりポイント評価を行っていただければ創作活動の原動力になります。
ポイントは作品の今後を大きく左右するので、評価を行っていただけると本当に助かります……。
(2020/4/21)