第十九話 不信のカラズ
アルマ達はフランカの案内で地下通路を進み、《瓦礫の士》の集会所を訪れた。
武器を持った男達が十数人ほどおり、奥には車椅子に座る人物がいた。
初老の男であり、厚手の衣を羽織っている。
わずかに覗く左腕は金属製であった。
どうやら義手らしい。
「へえ、アレがボスのカラズか」
アルマが口にすると、カラズの周囲の兵が、警戒するようにアルマを睨んで槍を構えた。
カラズが彼らへと目線で合図を送り、武器を引かせる。
「フランカ、お前は立場が立場だ。直接儂らと接触するのは控え、伝言があるなら他の者を使えと言っておったはずだが? それに、支部であるならばともかく、直接儂のおるところへ信用のおけるかどうかわからん者を連れ込むのもどういう了見か?」
カラズの言うフランカの立場とは、フランカがゲルルフの側近として彼に仕えていることである。
下手に《瓦礫の士》へ接触してゲルルフ側にそのことが筒抜けになれば、フランカの身が危ない上に、《瓦礫の士》としても有力な情報源を失うことになる。
「事情が事情でしたので、お許しを。アルマ殿は腕の立つ錬金術師でして、ゲルルフの討伐に協力してくださるとのことなんです。ただ、アルマ殿の領地がゲルルフに目をつけられていて急ぐ必要があり、あまり猶予がないのです。人柄については、私が保証いたします。ゲルルフと繋がっていないことも間違いありません。元々、私はゲルルフの命令で、アルマ殿の暗殺に向かっていたのです。信頼のおける人物です」
フランカがカラズへと頭を下げる。
「保証する……信頼がおける……か。ゲルルフは、そんなことを言っていられるような、生優しい相手ではない。元々、《瓦礫の士》を発足させた初代リーダーのシュガレは、ゲルルフの手先だったのだ。ゲルルフは反抗勢力が生まれることを予め予期して、集めて管理するために《瓦礫の士》を作ったのだ。シュガレは、誰もが信頼のおける男だと信じておった。こやつに、儂を信じさせられるだけのものがあるのか?」
カラズが目を見開き、アルマを睨みつける。
どうやら元々《瓦礫の士》を結成したのはゲルルフ当人であったらしい。
《支配者の指輪》の煽動効果の効き具合には個人差が大きいため、一定数から強い反感を買うことはわかっていたのだろう。
予め《支配者の指輪》の効果を検証しておけば、概算でどれだけの規模の反抗勢力が生まれ得るかも予測は立てられる。
先に彼らを集めて監視しておこうとしていたのだ。
「えげつない真似しやがる。趣味の悪い奴だ」
アルマはつい呟いた。
カラズが疑い深い理由にも納得がいった。
義手や車椅子もゲルルフ勢力との戦いで負ったものであるため恨みもあるのだろう。
ただ、それ以上に、ゲルルフのやり口が徹底的な上に陰湿過ぎる。
「ゲルルフはズリング一……いや、このリティア大陸一邪悪な男だ。奴の謀略に対抗するためには、徹底的に疑わしき者を排除するしかない」
カラズは目を見開き、射抜くような視線でアルマを睨む。
場合によっては、アルマ達の拘束や拷問も辞さないという覚悟が見て取れた。
フランカがいざとなったら逃げるように提言していたわけだと、今更ながらにアルマはそう実感した。
「趣味悪い、悪辣って……別に、それくらいならやってる人、いくらでもいなかったっけ? もっと性格悪そうな人いっぱいいたよね? 新アイテムのテストのためとか、賭博のためとかで戦争煽ってた人とか……呪いの実験のためだけに大都市ひとつ築いてた人とか……。あの人達に比べたら、ぶっちゃけ別にゲルルフなんてほとんど無害な……もがっ」
アルマは咄嗟に余計なことを口走ったメイリーの口を塞いだ。
「あの馬鹿共の話はややこしいから絶対に人前でするな、いいな?」
声を潜め、メイリーへと顔を近づける。
メイリーは不服そうな表情で頷いた。
いわずもがな、マジクラをサービス終了へと追い込んだ上位プレイヤー達のことである。
彼らの中にはNPCを人型資源と捉えている者も少なくなかった。
カラズも《瓦礫の士》の隊員達も、困惑した顔をメイリーへと向けている。
カラズはアルマと目が合うと、首を振って表情を引き締め、咳払いを挟んだ。
「ごほん、と……とにかく儂は、ズリングの未来と、隊員達の命を背負っておる。甘言に釣られ、昨日今日会ったような男を信用するわけにはいかん。話を聞く、聞かぬ、以前の問題なのだ。ここに踏み入って情報を見聞きした以上、安易に逃すわけにもいかん。フランカ、貴様の軽率な行動にも儂は失望したぞ」
「普通でしたら、私もこのような真似はいたしません! ただ、アルマ殿は、本当に規格外の御方なのです! 勝手ながら、急いでカラズ様とお会いしていただくべきだと判断させていただきました。どうか、話だけでも……!」
フランカが床に膝を突き、頭を下げる。
「お前がその男を個人的に信用し、連れてくるだけの理があると判断した要因は聞けば何かしら出てくるのであろうな。だが、《瓦礫の士》の掟を破り、規律を乱すということ。その意味をお前は軽んじておるぞ。その行いは、儂らを滅ぼし得るものなのだ」
「おやおや、ちょっと雲行きが怪しくなってきましたねえ」
ゾフィーが弾む声でそう口にする。
隊員達が不審そうにゾフィーを睨んでいた。
「……お前、本当にどっちの味方なんだ」
アルマは苛立った声を漏らした。
そのとき、外の通路より複数の足音が近づいてきた。
それに、妙に足音が大きい。
カラズが眉間に皺を寄せ、扉の方へと目をやった。
「儂がここにおることを知っている人間は限られている。こうも立て続けに、複数の者がこの場へ訪れる用事はないはずだが……」
「不審な人物が接近していれば、外の見張りが先に知らせてくれるはずなのですが。顔見知りの者が率いていたとしても、この数を看過したとは……」
隊員の男が狼狽えながらそう口にした。
次の瞬間、大きな打撃音と共に、入口の扉が拉げて弾き飛ばされた。
外から、銀色の巨人が屈み、扉の枠を掴んで砕きながら入り込んできた。
「な、なんだこいつは!」
隊員達が声を上げながら槍を構える。
「見ての通りですけれど、シルバーゴーレムですねぇ。相当技術がない限り、ただの安物の槍ではちょっとどうにもならないんじゃないですかね? 下がっておいた方がいいですよぉ」
ゾフィーがゆらゆらと外套の袖を振って警告を出す。
次の瞬間、壊れた扉より、五人の鎧を纏った男達が部屋へと入ってきた。
「貴様ら……ゲルルフの兵か!」
カラズが唇を噛みながらそう口にする。
ゲルルフの兵らの背後より、一人の男が悠然とした態度で部屋へと入ってきた。
暗色のシルクハットと礼服に身を包む、背の低い男であった。
睫毛が長く、薄気味悪い笑みを浮かべている。
「抵抗は無駄だ、大人しくしていたまえ。もっとも貴様ら《瓦礫の士》の現幹部共は、皆殺しにせよとのご命令が下っているがね」
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