第十話 アルマ流農作物
「よっと……」
アルマは《アダマントの鍬》で、小屋前の土を反して耕していた。
深紅の輝きを放つ鉱石が土を穿つ。
「そ、その仰々しい鍬に、意味はあるのですか?」
エリシアの疑問に、近くの切り株に座るメイリーがケラケラと笑う。
「ないよ。ただのアルマの趣味だもん。屋敷のもの、ぜーんぶ真っ赤なキラキラで統一してるの」
「……人聞きの悪いことを言うな。この鍬には、《農作物成長補正[Lv10]》が三つ、《耐久力強化[Lv10]》が二つ付いてるんだ。世界最強の鍬だぞ」
アルマは鍬の先端を地面に突き刺し、メイリーを睨んでそう口にした。
離れたところから村人達がアルマ達の様子を覗いていた。
「あの方が、噂の錬金術師……」
「なんであんな煌びやかな鍬を……?」
村人達も《アダマントの鍬》が気になって仕方ない様子だった。
アルマは遠くの村人達を見て苦笑し、再び《アダマントの鍬》を手で握った。
「本当に、今から日が沈むまでに収穫までするんですか?」
エリシアはとでもできるとは思えない、とでも言いたげな様子であった。
だが、アルマは言葉を曲げない。
「ああ、あの性悪領主さんは、どうにもすぐに出てくる結果が欲しいそうだからな」
アルマはそう言い、壁にランプを設置する。
「灯り、ですか?」
「ただの灯りじゃない。俺の手持ちのアイテムと、ここの土から抽出した物質を用いて造り上げた、《太陽石》を用いている。通常の日光より、何倍も効率的に育てられるのさ」
無論、肥料もアルマが《アルケミー》で造り上げたものであった。
家畜の骨や肉と、ここの土を材料にさせてもらっていた。
ただの土でも、成分を細かく分けて、植物の成長に役立つ成分を抽出して配合すれば、当然それは肥えた肥料になる。
錬金術師にとって、その程度のことは造作もないことであった。
アルマは四つに切り分けておいた《黄金芋》を手で抱え、《太陽石のランプ》に晒した。
黄金の輝きに緑色が混ざり、光へと芽が伸びていく。
これで種芋の準備が終わった。アルマは《黄金芋》を、地面へと埋めていく。
「さて、仕上げと行こうか。《ラピッドファーム》!」
アルマがスキルを行使する。
輝く魔法陣が畑の中央に展開され、あっという間に芽が出て、茎が伸びていく。
いくつもの葉が付き始める。
マジクラは様々な作業を熟し、ちょっとずつアイテムを集め、拠点を発展させていくゲームである。
だが、熟練のプレイヤー達は、徹底した高速化と自動化を行うために全力を出す。
「こ、こんな、植えてから一瞬で!?」
エリシアは目を丸くして声を上げた。
「手間を考えると、普通に待った方が楽なんだけどな。今回は、急いで量を作る必要があった」
アルマは育っていく《黄金芋》を眺めながら、そう言った。
「信じられない……夢でも見ているかのようです、こんな……」
「失くした資材があれば、耕作から栽培、収穫を完全に自動化できたんだけどな」
アルマはそんなことをあっさりと言ってのける。
マジクラではアルマは田畑の開拓をゴーレムの群れに任せてそのまま忘れて三か月放置し、うっかり国家規模の大農場が爆誕したことがあったくらいである。
植えてから三分と経たぬ間に《黄金芋》が育ち切った。
メイリーが《黄金芋》の茎を掴み、掘り返してくれた。
「見て見て主様! この芋、すっごい肥えてるよ!」
「よし、これ全部、また種芋にして植え直すか。五周くらいは繰り返したい。任せていいか、メイリー」
アルマは《アダマントの鍬》をメイリーへと手渡そうとした。
「ええ……面倒くさい……」
「働いたら、後でその分食わせてやるぞ」
「ボクに任せてっ! 主様っ!」
メイリーがぴしっと額に手を当て、勢いよく《アダマンタイトの鍬》を手に取った。
アルマの宣言通り、夕暮れの頃には、小屋の周囲は《黄金芋》畑が広がっていた。
畑の規模が広まるにつれて、アルマの様子を遠巻きに見守る村人の数が増えていった。
彼らは明らかに異様なアルマの畑を前に、驚愕していた。
「な、なんだあれ、目に見える速度で育っていくぞ!」
「有り得ない、こんなこと……! たった一日足らずで作り上げたというのか!?」
アルマは騒めく村人達へと歩み寄っていき、悪い笑みを浮かべた。
「錬金術師なら、これくらいは容易いことだ」
「だ、だが、ヴェイン様は、我々をこき使って、毒芋畑を管理させるのが限界だったのに……」
村人の一人が答える。
「おいおい、そいつは本当に錬金術師なのか? そんなの、その辺のおっさんでもできるだろうに」
「そ、そうかもしれませんが、しかし、スキルでの補佐は行っていただいていました」
「ほう? その芋は何か月で収穫できたんだ?」
「ひ、ひと月半は……」
「ふうん? 俺なら一時間で終わるけどな」
「い、一時間……!」
村人達が呆然と《黄金芋》畑を眺める。
「ま、まさか、ヴェイン様は、ただのペテン師なのか……? 村を救ってくれるというから、苦しい生活にも堪え、あの暴虐な振る舞いも許してきたというのに」
「いや、そんなことは……」
「だ、だが、旅のお方は、一時間もあれば可能だと言っておられるぞ?」
アルマはニヤリと笑みを浮かべた。
元々、露骨に比べさせてもらうが気を悪くするなと口にしていたのは、ヴェインと共謀して村を牛耳る、領主ハロルドの方である。
「種芋を残したいから数に余裕はないが、皆さんにいくつか配らせてもらおう。どっかの馬鹿が広めた《ポック芋》のせいで中毒症状が広まっていると聞いたが、《ポック芋》の中毒は、腹いっぱい食って寝ればすぐに完治するものだ。だが、放置していれば状態が悪化することもある。この《黄金芋》は栄養価が高い、こいつを食えばすぐに治るはずだ。重病者は小屋に連れてきてくれ、俺が治療する」
アルマの言葉に、村人達が歓声を上げた。
「本当ですか!」
「こっ、この方はまるで、現人神だ!」
ここで錬金術師としてやっていくのであれば、いずれヴェインと対決することになるのは明らかだった。
だが、それは恐らく、正面からの戦いにはならない。
ヴェインに対抗するためにも、村人達からヴェインを切り離し、かつ自身がその隙間に取り入っていく必要があったのだ。
アルマの背後で、メイリーが頬を膨らませる。
「主様ぁ、大盤振る舞いだけど、ボクの分、ちゃんと残るの……?」
「……足りなくなったら、手持ちの鉱石をばらして食わせてやる。約束だからな」
「やったぁっ! ボク、これがいいっ!」
メイリーが目を輝かせて、《アダマントの鍬》を構える。
「アッ、アダマントは止めろ! 非常事態には武器にもなるんだからな!」
アルマはメイリーを押さえていたが、ふと遠くに見覚えのある、でっぷりと肥えた顔が見えた。
豪奢なローブに身を包むのは、錬金術師ヴェインである。
ヴェインの左右には、地味なローブを纏った二人組の男がいた。
ヴェインの部下のようであった。
錬金術師が自身に補佐を付けるのは、そう珍しいことではない。
「なんだ、あの奇術は……?」
ヴェインは茫然と目を丸くし、口をぽかんと開けてアルマ達を眺めていた。
メイリーがひらひらと手を振れば、ヴェインは顔面に青筋を浮かべながらも身を翻し、去っていった。
「すっごい怒ってそうだった」
メイリーが他人事のようにそう言った。